77. 一縷の望み
「あの、こんな事を聞いてもいいか解らないのですが……」
「王女殿下、私に答えられる事でしたら包み隠さずお答え致しますよ」
「組織に改造されてしまった友人を救いたいんです。改造前に戻すような、何か良い方法はありませんか?」
ココは御用商人にジョーカードール・アーテスタと呼ばれていた。
セーラちゃんもジョーカードールと自分で呼んでいた事から、ココもセーラちゃんと同じ様になってしまった。
ココには誰かを傷つけるんじゃなくて、綺麗な絵を描き続けて欲しい。
だからココを戻したい。
「改造と言う事は……、噂の人体兵器ですか?」
「はい」
そんな願いでユキは、ブカレスへと質問する。
ブカレスの表情は険しく、どこか暗い。
「残念ながら、一度でも接合したアーティファクトを切り離す事は、その少女の命を絶つと同じ意味」
「ココ……」
もう、戻らないの?
ココはもう、普通の女の子にはなれないの?
一緒に笑ったり、おしゃべりしたり、絵を描いたり……。
ココは何にも悪くないのに!
どうして……、どうしてなの……。
「これは確証が無く、あくまで伝聞なのですが……」
やりきれない思いと、理不尽な現実が心中を交差する。
そして、ユキは深い深い暗闇へ落ちようとしている中、ブカレスはさらに話を続ける。
「風精の国の宮廷魔術師長、現在はラプラタと言う女性がその地位にありますが、その地位の前任者はかつて時間に関する魔術を研究されていたと聞いたことがあります」
「時間……?」
「はい。その研究が成功したか否か、またその者が今はどこで何をしているのかは正教でも解りませんが、仮にその魔術が完成していたならば、王女殿下の願いも叶えられるかもしれません」
時間を操る魔術。
そんなことって……、本当に出来るの?
でも、本当にそんな夢のような魔術があるのなら……。
ココを人間だった頃に戻せば……。
「ふぅ、次で最後にしましょう。私も年でしょうか、少々疲れてしまいました」
ユキが僅かな希望の光に委ねようとしている最中、ブカレスは一つだけため息をつき、最後の話にしようと提案する。
「ごめんなさいね、じゃあこれで最後よ。秘密結社トリニティ・アークの起源と、本拠地の場所を教えて欲しい」
「残念ながら、本拠地の場所はわかりません」
「正教でも捕捉が難しいというわけね」
「いや、そういう意味ではなく、彼らは特定の本拠地を持っていないのです。支部的な場所をいくつも抱えてそこを移動していて、かつ普段は平民を装って生活しているのでしょう」
国の高官を取り入れている程に大規模な組織な割には、意外と定められた本拠地は無くて、まるで新世界のような事をしているのだなとユキは思った。
「あれ、じゃあ魔術兵器の研究施設とかは?」
「元々、大戦時に各国がアーティファクトの新規開発や製造をしていた場所を流用しているようです。閉鎖はされていても、壊している場所は少ないでしょうからね」
という事は、魔術兵器はいろんな国の施設で作られている?
セーラちゃんやココのような何の罪もない子供達が、世界のいろんな場所で増えつつある……。
そう考えたユキは自分でも気がつかないうちに、雪宝石のペンダントを強く握り締めていた。
「組織のルーツは、かつて世界大戦時に活躍した傭兵団グランドクロスが元となっているみたいですね」
その名前を聞いてもユキは、あまりピンとこなかった。
しかしこの場の年長者であるマリネは頷いている事から、有名な組織なのだろうとユキは思った。
「もっとも、組織の形態も中に居る幹部達も大きく変わってしまったため、過去のグランドクロスの人事情報はほぼあてにならないでしょう」
世界大戦から数十年が経っている。
きっと、そこに所属していた人々や理念は移り変わり、傭兵団時代に稼いだ資金と大貴族や王族達のつながりだけが変わらず残って、今の組織になっているのかもしれない。
「ありがとう、いろいろ参考になったわ」
「お役に立ててなによりです。それでは私はこれにて失礼します」
一通り話し終えたブカレスは、スイートルーム内にある寝室へと入っていき、新世界の人らへ軽く頭を下げた後に扉を閉める。
「まさか、ブカレスは組織外の人間だったとはね……」
全員がオルクスのような展開を予想していただけに、あまりにも予想とかけ離れた現実を間に当たりした一行は動揺を隠し切れずにいる。
「水神の国に到着したら、すぐにアジトへ戻りましょう。サクヤやハーベスタにこの事を早く報告しなきゃだからね」
「……はい」
ブカレスが組織に関与してない事や総帥の人数と名前、得た情報はどれも貴重だ。
これで新世界の目的成就に役立てれれば良いけれども……。
そう思いつつもユキはつばを一つだけ大きく飲み込み、マリネに対して返事をした。




