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ゆきひめ ~六花天成譚詩曲~  作者: いのれん
Fourth Part. 魔術師から賊を経て
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73. 乙女のきまぐれ

 一行は大主教の誘いを素直に受けてしばらくの間、この世界メイド協会の本部に身を寄せる事を決める。

 ブカレスも彼女らが自らを陥れようとは想像も思っていないらしく、皮肉にも客品として扱われた一行は、世界メイド協会本部の中にある人数分の部屋と会議場を貸される。


 新世界のメンバーは各自、自分の使う部屋に荷物を置いて、会議場でこれからについて話し始めようとしていた。


「ねえマリネさん」

「なぁに、どうしたの?」

 最初に口を開いたのは、意外にもユキだった。

 普段はメイドのルリフィーネや他に饒舌な人が居たお陰で、率先して話す必要が余り無かったというのもあったが……。

 それ以上に、ずっと気になっていた事を解決したかったというのもあるからだ。


「大主教ブカレスは、本当に組織と関わりがあるのでしょうか?」

 そしてユキは気にしていた事を直接、何の言い回しもせずに問いかける。


「さあね、サクヤから得た情報だから、実際のところは本当かどうか確かめる術は無いわね」

 新世界の幹部として、また部隊のリーダーとしての責務を負っている人だったら何か知っていると思っていた。

 そんなユキの思いとは裏腹に、マリネは情報源がサクヤという事以外はまるで知らない様子だった。


「前に戦った宰相オルクスが、組織に関与しているという情報もそうだったのですか?」

「ええ、基本はサクヤが独自で調べているのよ。私達も調べているのだけれど、大半は失敗しているわね」

「それは危険ですね」

「ええ、危ないからやめなさいとは言ったけれど、新世界の目的の為には仕方ないってさ」

 サクヤはかつて国を治めていたブロッサム家の現当主だから、組織側も中々手が出せない。

 大貴族だからこそ、組織の事について調べられるというのも解る。

 だけど、一国の宰相すらあんな姿へ変えられるのだから、いつかサクヤの身も危ない。

 もう被害者を出すのは嫌だ、サクヤまで居なくなったら……。


「大丈夫よ、何とかするからそんな心配しないで。私達だって無能じゃないわ。サクヤばっかり危険な目にあわせ続けるのも気に入らないしね」

「はい」

 そうだよね、みんな優秀な人たちばかりだもの。

 きっと何とかしてくれるし、私も落ち込んでばかりいないで何とかしなきゃ。

 普段は多少ふざけているようにも見えるマリネの言動が、今だけは不思議とユキの気持ちを前向きにしていく。

 サクヤの言うとおり、新世界の人たちはみんな凄い人ばっかりだと実感しながらも、さらに彼ら彼女らへの興味も強くなっていく。


「あの、こんな時に聞くのも何ですが……」

「私がどうして新世界に入っているか知りたいのね?」

「はい」

 そんな気持ちに気がついたのか、マリネは頬杖をしながらユキが質問を言い切る前に、答えを伝え始める。


「……つまらないじゃない」

「え?」

「片方がとっても強い武器を持っていてさ、相手を一方的にやっつけるなんて面白くないじゃない?」

「は、はぁ……」

「まあ、乙女のきまぐれよ。ウフフ」

 この感じはホタルお姉さまやラプラタ様のように、何か別の想いがあるパターンだと言うのは直感で察したが、こういう場合はそれを深く聞いてもはぐらかせてしまうので、ユキはこれ以上聞くのをやめた。


「じゃあ他の人は?」

「さあ? そういうのに興味無いから聞いた事ないわね。でも皆ろくでもない目にあっているのは事実でしょうね」

 一応、知っていたら程度で聞いてみたけれど、やっぱり他の人が新世界に身を委ねた理由は知らないみたい。

 そういうのに興味がありそうな人には見えないから、聞くのは間違いだったかもしれないとユキは思ってしまい、何だか申し訳ない気分になってしまう。


「うーん、じゃ、じゃあジョーカードールについて何か知っていますか?」

 そんな気持ちを紛らわすのと自身の今までの疑問を払拭する為に、魔術の道具に詳しいマリネならば知っているかもしれない質問をする。


「組織が秘密裏に研究している人体ベースの魔術兵器ね。あなたが連れてきたのはその第一号機よ」

「そういえば、ハーベスタさんも言ってたような……」

「でも、まさかあんな自然に動けている者作ってくるとは思っていなかったけどね。生体ベースの魔術兵器はどの国も研究してきたけれど、実際は上手くいかない例が多くってね」

「そんなに作るのが難しいんですか?」

「専門家の目線から見ても、かなり難しいわね」

 そんな作るのが至難な者を、私が知っている限りではセーラちゃんと、改造されてしまったココと二人知っている……。


「生体と魔術の道具の相性、拒絶反応の対策、人体とエーテルのバランス……、他もろもろ課題が山ほどあるわ。でも、セーラちゃんだっけ? あなたが連れてきたお人形さん」

「はい」

「とても自然に動けているところを見ると、組織側は完成品を作れる技術は持っていると思っていいわね」

 確かにそうかもしれない。

 セーラちゃんは私の召喚術の力もあるかもだけど、ココがあれだけ動けていたのを見ると、組織は既に完成体を作れるだけの技術と知識と財力を持っているに違いない。

 となると次は……。


「これで量産されたら……」

「量産って!」

「ユキちゃんの想像通りよ」

 前にラプラタ様も言っていた。

 人体ベースという事は、セーラちゃんやココのように何も知らない子を捕まえて、何も知らないまま人体兵器にされてしまう。

 そして組織の操り人形、駒になってしまう……。


「いたいけな少年少女が犠牲になるのを黙って見ていられる程、私も酔狂じゃないからね。どうにか止めて見せるわ」

「私も……、絶対にそんな事はさせない」

 そんな事、許されるわけがない。

 私は決めた、もう誰も被害者を出さないって!

 だから、だから……、何としてでも止めなければいけない。

 組織をこのまま好き勝手にさせてはおけないんだ。


「ふー、熱くなってきたわね。ちょっと頭冷やすために外歩いてくるわ。ユキちゃんもあまり根詰めないにね」

「はい、……いってらっしゃい」

 場の空気とユキが熱くなってきたのに感づいたであろうマリネは、一度温度を下げるために会話を中断し、小休止をいれるべく会議場から外へ出て行く。

 他に聞いていたくろは何も言わずに座り続け、ルリフィーネはユキにお茶を出す準備を無言で始めた。



 ――メイド協会本部内、渡り廊下にて。


「おや、あなたはマリネ殿か。ごきげんよう」

「ごきげんよう」

 マリネは、ちょうどメイド協会の視察をしていたであろう貴族と出会う。

 お互いに簡素な挨拶を交わす。


「まさかあなたがここに居られるなんて、どおりでサクヤ殿も居るわけだ」

「サクヤも来ているの?」

「ええ、てっきりご一緒かと思ったのですが……」

 サクヤとマリネが新世界の仲間である事は、関係者以外は知らない。

 だが、二人は古くからの付き合いがあるというのは貴族達には知られていたため、二人が一緒に居ても不信がられることは無い。

 しかし、サクヤは今回の作戦に関しては参加しておらず、自身は新たな情報収集の為に別の場所へ行くと新世界のメンバーにはあらかじめ伝えていた。


「……まあ、サクヤとは必要があれば合流するでしょう」

「そうですね、では私はこれにて」

 たまたま、メイド協会に用事があったのかもしれない。

 そうマリネは思いながら、この他愛のない会話に区切りをつけると、散歩と協会本部内の探索をしつつ、ユキ達の待っている会議場へと戻る。



 会議場へ戻ると、長いすの上で薄手の布をかけて眠るユキと、そんなユキの傍らに居て優しく背中を撫で続けるルリフィーネと、視線を外の景色に向けたまま微動だにしないくろの姿があった。


「ユキ様は眠ってしまいました。余程疲れていたのでしょう」

「まだ子供だからね。そのまま寝かせてあげなさい」

 ユキは静かに寝息をたてている。

 そんな無防備な寝顔からは、幼さが窺える。


「何かありました?」

「綺麗な場所ね。そう思っただけよ」

 ルリフィーネは何かに感づいたのか、外に出たマリネに何があったかを聞く。

 しかしサクヤの事は言わず、質問に対してはありきたりな回答で濁した。


「ところでマリネさん、作戦の方ですが……」

「ハーベスタは従来どおり、催眠の魔術で無理矢理聞きだす方法でやろうとしてたけれども」

 これ以上は話を聞けないと察したルリフィーネは、次にこれから行うであろう新世界の作戦について尋ねる。


「オルクスの時、随分な目にあったわけじゃない?」

「ええ……、そうですね」

「幸い、客員講師としてしばらく居ても違和感は無いから、もっと穏便に安全で、そして美しい作戦でいきたいわね」

 オルクスのようなさわぎになれば、こんな狭い場所ではすぐ人の目についてしまい、ましてやユキがまたあの時のような存在を呼び寄せてしまえば、島ごと消えてしまいかねない。

 そう思いながらもマリネはハーベスタの作戦案ではなく、独自に大主教ブカレスから情報を聞こうと画策していた。


「かしこまりました。それでは私も普通に過ごしていますね」

「頼むわ」

 だが、具体案はまだ決まっていなかった。

 とりあえずは各自は客品を演じ続ける事を決めると、それぞれの部屋へと戻っていく。

 ユキはルリフィーネに担がれて与えられた部屋のベッドの上に寝かせたが、余程疲れていたのだろうか、その時もずっと平和な寝顔のままだった。

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