69. 過去を語り
サクヤ邸で起こったオルクスとの戦いから日にちを経て、傷も癒え、体力や気力も回復した時。
新世界のアジト、ミズカの小屋にて幹部らが集まる。
目的はアジト残留組と情報の共有、そして各自が得た情報の整理だ。
まずはハーベスタがサクヤ邸で起きた出来事の一部始終全てを、アジト残留組だったマリネとくろへ簡潔に話す。
「それは凄いわねえ……」
「ふむ……」
オルクスとの一戦を聞いた、性格も容姿もまるで違う二人は、同じ様に視線を落として深く考え込んでしまう。
「そんな罠が仕組まれているなんて、組織も慎重ね……」
「まあな。名前がばれてしまえば秘密裏の活動も出来なくなるからな」
「じゃあ、もう催眠術にかけて秘密と因果関係を聞き出すのは、やめた方がいいわね」
今回の物質的な被害はサクヤの屋敷だけで済んだ。
だが次はどうなるか解らないのも事実だった。
マリネはこれ以上被害を増やさないように考えたのか、従来の作戦方法の見直しをハーベスタに伝える。
「いや、続ける」
しかし、ハーベスタは真っ直ぐな眼差しで、このままやりぬく事を宣言する。
「どうして? また辺り一帯が焦土になるかもしれないのに?」
「催眠の魔術をかけても頑なに口を割らない奴が、平常時に話すと思うか?」
あの時は召喚術でどうにかなったけれども、ルリすら手こずってしまう敵を相手にしていたらいつかは取り返しのつかない事に……。
「それに、オルクスが変化したのは総帥の名前を聞いた時だ。国王殺害の手引きという、普通ならば絶対に隠したいことは喋っても何とも無かった」
「特定の言葉が引き金になっていると?」
「ああそうだ、組織の中でも特にばれて欲しくない情報が漏れそうなった時に、あの力が発現するのだろうな」
確かにハーベスタの言うとおり、オルクスが変身したのは組織の総帥の名前を聞き出した時に起こった。
お父様やお母様の事よりも、総帥の名前の方が重要なんて……。
ユキはそんな事実に対して、複雑な心境だった。
「でも、その言葉が解らないのに対応しろと? 完全に運任せじゃない」
「だったらどうしろと言うんだ? このまま手をこまねいていろと? 分が悪い方法なのは解っている。だがな、立ち止まっている時間が長ければ長いほど不利になっていくぞ」
最初は冷静に会話をしていた二人がこの行き詰った状況のせいか、お互いに声を荒げ始める。主張を譲らず、ついには口論に発展するんではないかと思われた時。
「そ、それにしてもユキさんの召喚術と、ルリフィーネさんの格闘術は凄かったですよねっ!」
何とか話題を逸らそうと、ロカがユキとルリフィーネの活躍について強引に話へ割り込む。
「ほんとだよ。はぁ、私の立場無くなっちゃう……」
二人はそんなロカの気持ちを察したのだろう。会話を中断してロカの話題の方へ興味を向ける。
その二人とは別にミズカは、自身最高の魔術でもオルクスに対して効果が無かった事を思い出し、頭を下げてうな垂れてしまった。
「専属メイド、お前さんのあれはサラマンドラと同じか?」
「はい」
「ひええ、あの王様と同じ流派だったんですね。それは強いわけだ」
ルリフィーネの体術が、歴戦の猛者であるサラマンドラ国王がルーツなのを知ったロカは、身を軽く仰け反らせて驚く。
「拳を振るえば大地が割れ、足を振るえば空を切り裂く、力強くもしなやかで、大胆かつ華麗なる格闘術の究極にして頂点ってか」
「なにそれ?」
「専属メイドや火竜の国の王が使っている体術の伝説さ。魔術に拠らずあれだけの力を出せるから本当なのだろうな」
ユキは姫だった頃、サラマンドラ国王とは一度も会わなかった。
話の上でしか聞いたことが無く、”すごく強い人”という程度の認識しか無かった。
しかし、今までで火竜の国王の名前を出せば誰もが驚いていた事実を思い出し、かつルリの格闘術のルーツであったことから、実は予想よりもさらに凄い人だったのかもしれないという新たな考えを持つようになってきた。
「俺はお前さんに興味があるな。何故その体術を会得したのか、どうしてそこまでの力があって使用人をしているのか」
「私もルリの過去を聞いたことが無いかも」
ルリが私のところへ来る前は、サラマンドラ国王に仕えていたと言うのは知ってた。
世界メイド協会を首席で卒業した、とても賢くて何でも出来る人なのだというのも解っていた。
でも、生まれた場所や故郷はどこなのか?
メイド協会に入る前は何をしていたのか?
学生だった頃はどんな生徒だったのか?
私以外にも親しい人はいるのか?
長年一緒に居た筈なのに、ルリフィーネの事を全く知らなかった。
「それではお話しましょう」
「おう、頼むぞ」
そんなユキの疑問を察したのだろうか。
ルリフィーネは笑顔で自らの過去を語り始める。
「今から十数年前ぐらいでしょうか、私は気がついたら水神の国の都に立っていたのです」
「どういう事だ?」
「私には血を分けた家族がおりません。孤児なのです。一人で途方に暮れていた時、メイド協会の長であり大主教様に拾われたのです」
「ルリ……」
守ってくれる大人が誰も居ない、最悪さらわれて酷いことをされるかもしれないのに……。
意外なルリフィーネの過去を知り、ユキは思わず考えこんでしまう。
「なあ専属メイド、次のターゲットはその大主教だがいいのか?」
「大主教様は私にとって父親も同然の存在。ですがお気遣いならさずに、父親の過ちを正すのも子の定めですし、何よりもユキ様のご命令とあれば背くわけにはいきません」
そうだ、元老院の組織と関わり合いがある人物の中には、ルリを拾ってくれた大主教がいる。
……自分の育ての親を敵にするなんて。
そんなのいけない、駄目だよ!
「ね、ねえルリ。今回はアジトで待っていても……」
ユキは、咄嗟にルリフィーネへと自身の思いを打ち明ける。
「ユキ様。それが本当のご命令ですか?」
しかしルリフィーネは、ユキの気持ちを上回る強い思いを秘めた眼差しでそう問い返す。
ユキはそんな眼差しを直視出来ず、思わず目を背けてしまった。
「お気遣い感謝します。ですがユキ様と共に歩むと決めております、どうか私の事はご心配ならさずにユキ様が真に成すべき事を成されてください」
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
ルリフィーネの尊い献身と自己犠牲は、ユキの心を強く打つ。
結果、ユキの目からは涙が零れ落ち、何度もそれを拭いながらルリフィーネへと謝る。
その後に泣きじゃくるユキはルリフィーネへと抱きつき、ルリフィーネもそれを拒む事をせずに笑顔のまま抱きしめた。
「ふむ、格闘術はどこで身につけたんだ? まさかメイド協会とやらは肉弾戦も教えてくれるのか?」
「メイド協会ではありません。メイド協会は給仕としての基本、社交界でのマナー、他生きてゆく上で必要な雑学を基本に、希望があれば医療や魔術等を孤児である生徒たちに教えておりますから。格闘術も多少は習いましたが、今使っている拳法ではありませんね」
「じゃあどこだ?」
「ユキ様の筆頭使用人になる前、火竜の国王の付き人をしておりまして、そこで国王の動きを見よう見真似でやっているのです」
「見よう見真似って……、そんな簡単に出来るものなのか……?」
ルリフィーネはユキを抱きしめて慰めながらも、ハーベスタの質問にテキパキと答えていく。
「……なあ、もしかして火竜の国王の付き人を辞めた理由って、追い出されたからか……?」
「ねね、どういう事なの?」
「ミズカ、例えばな、お前さんが使う魔術が次々と盗まれていくんだぞ?」
「げっ、それは側に置いておきたくはない……」
「だろう? サラマンドラもそんな気持ちだろうな」
何故何でも出来る万能超人のルリフィーネを、火竜の国王が手放したのか。
ミズカは明らかに嫌がり、ハーベスタも遠くを見ながら机の上に置いてあった水の入っているコップを持ち、中身を一気に飲み干す。
しかし、そんなユキには、いまいち二人の気持ちが解らずにいた。
「しかし、ミズカの物言いじゃないが、お前ら何者なんだ……? って聞いても姫と従者としか答えられないとは思うが」
私もルリも、たぶん普通の人では想像もつかない程の力を持っている。
元姫とその従者とは別の何か。
他の何らかのが働いていてもおかしくはない……かもしれない。
そんな考えても埒があかない事に対して、ユキは何故だが少し真剣に思考をめぐらせてしまう。
「まあいい、考えてもどうしようもないからな。少し休憩だ」
「それでは、飲み物をとってきますね」
「ああ、頼む」
どう考えても明確な結論に至らない話題へ発展してしまったこの場を一旦リセットするため、そこにいた人らは休憩をとり始める。
全員の飲み物が入ったコップが空だった事を察したルリフィーネは、お盆に各々使っていたコップを乗せて台所へと持って行った。




