55. 見捨てられたもの
「あなたは親友よりも、強姦魔の方が大切なんだね」
そんな事は無い!
絶対にそんな事はないんだから!
「あたしはこんな酷い境遇に落とされてしまった。それでもこんなに頑張った。なんて私は可哀想で健気なのでしょう。そんなあたしが悪人も許しちゃうなんて、あたしって凄くて優秀」
いやだ!
その話はやめて!
「強姦魔を懐柔して、あたしにどう顔向けしようと思ったわけ? あたしはアレフィを助けた、救ったと笑顔で言うわけ?」
違う!
私は違う!
「ユキ、あなたが本当に救うべきはアレフィじゃない、あたしや被害にあった人だった。それを自己陶酔の自己満足で被害者そっちのけでアレフィに手を差し伸べるなんて、しんじられないしありえない」
もうやめて!
お願いだから、もうやめてよ!
「そうやってすぐ泣けば誰かが助けてくれる。そしてあなたの周りには必ずあなたを支持して助けてくれる人がいる」
いやあ!
いやああぁ……。
「ユキ、あなたのような人。大嫌い」
「うわああああ!!」
ココに言われた決定的な一言が、頭の中でこだますると同時にユキは飛び起きる。
「はぁ……、はぁ……、夢……だったのかな」
窓から差し込む日の光が、ユキの白い肌へ降り注ぐ。
天気は快晴、すがすがしい朝と言っても過言ではない。
「ううっ……」
しかし、ユキの心中は土砂降りのままだった。
両手で頭をかかえ、体を震わせながら涙を流し続ける。
「ルリ……」
ふと気づくと、同じ部屋内にあった机でルリフィーネが伏せて寝ている姿を見つける。
このとき、自分は寝ている時もうなされ続けていて、ルリがずっと付きっきりで見ていてくれたことに気づく。
「はっ、いけない。思わず寝てしまいました。申し訳ございません」
ユキの視線に感づいたであろうルリフィーネはむくりと急に起き、立ち上がった後にずれたカチューシャを整えて一言謝った。
「ううん、一緒に居てくれてありがとう」
私はいろんな人に迷惑をかけてきた、取り返しのつかないことをしてきた。
今だってそう、ルリは”私なんかに”懸命に尽くしてくれる。
「少し気晴らしに街へ行ってみませんか? 任務とか関係無く、ただの観光として」
鬱々としたユキの様子を気遣ってか、ルリフィーネは気分転換をさせるべく街へ行く事を提案する。
「ごめんなさい……、気分じゃないの」
しかしそんな心境ではなかったので、俯いたまま力なく返事をした。
朝日すら苦痛に感じたユキは、立ち上がって窓のカーテンを閉めようとするが。
「いいえ! 行きましょう! さあユキ様!」
「えっ、えええええええっ!?」
ルリフィーネは強引に手を引き、部屋の外へ連れ出そうとする。
ここまで力ずくで来るとは考えてもいなかったユキは、ただよろめきながらルリフィーネに連れられてしまう。
そして寝ていたホタルを叩き起こし、無言でずっとユキの側に居たセーラも含めた四人は、早朝の風精の国の観光をする事となった。
「さあ、皆さんで風精の国の観光をしましょう」
「ルリさん、こんな朝早くにかい……?」
「そうなんです! 今じゃなきゃ駄目なんです!」
「ひぇっ」
「ふぅ。ここへ来てすぐに任務を割り当てられましたからね、折角のんびり出来る機会なので今の内にしておきたいのです。ユキ様は魔術で隠れているとはいえ、命を狙われている身ですから……」
「狙われているんなら、もっと大人しくしてた方がいいような?」
「ですが、今しか出来ないのも事実」
風精の国観光を今にした理由は、ユキを励まして気分転換を図ろうとしただけではない。
修道院に居た頃は、謎の力を持った審問官に襲われて命を狙われている事が解った。
そして今回は、ユキの不注意とはいえ”ユキ”という存在が組織に知覚されてしまった。
ユキは、ユキになってからも時間が経てば経つほどに、危険な状況へと追い込まれつつある。
この時ホタルは、そんなルリフィーネの思いとユキの背景を理解したのだった。
「で、でもさ、だったらやっぱり大人しくした方がいいんじゃないかな?」
「ホタルさん。ユキ様は”ユキ様”でおられる限り、そして”スノーフィリア様”であられる限り、この運命からは逃れられないのです」
「思わせぶりすぎて解らないぞ」
「申し訳ございません」
「ふーん、ルリさんも何か知ってそうだね?」
何かに気づいたホタルは、目を薄く開けながらルリフィーネの距離を少しだけ縮める。
「はい、知っていますよ」
しかしルリフィーネは、一切隠さず誤魔化さずにホタルの質問へとすんなり答えてしまう。
「……その様子だと、教えてくれなさそうだね」
「ええ、国王陛下からのご命令です。こればかりはたとえユキ様であってもお答えできません」
お父様に直接下された命令って何?
私の身を守って欲しいって感じのお願い以外にもあるの?
私には言えない、お父様とルリだけが知っている何か……。
でも今は考えるのはいいや……。
それに、私はもう誰かに守られるような人じゃない。
最低で、どうしようもないから。
「ユキ様、自分を責めてはいけません」
「う、うん……」
ユキが暗い気持ちに流れているのに感づいたルリフィーネは、いつもの優しげな笑顔でユキの右手を包み込むように握りながら言う。
……ルリの手のぬくもりが、こんなに頼もしいと思えた事は無い。
「よし! まずは腹ごしらえをしましょう。イチゴパフェという珍しいデザートを扱ったお店がありますので、そちらへ行きましょう」
そんなルリフィーネの手にユキは再び引かれながら、半ば無理矢理に風精の国が始まった。
最初にデザートを食べ、タイミングよく来ていた大道芸人のパフォーマンスを見て、街の中にある名所を巡ってゆく。
それらはユキにとってとても貴重であり、心から楽しめる時間であったのは間違いなかった。
しかし、地下水路でココがユキへ向かってぶつけた言葉のせいか、ユキの笑顔が戻る事は無かった。
「最後に風精の国の建国者、ブリーズティアラ一世の像がある広間へ行きましょう」
それでも何とか嫌な事を忘れさせよう、楽しませようとしたルリフィーネ主導の観光も、いよいよ残す所最後となる。




