52. ふたりだけの戦い
女の子との出会ってからも、私やルリ、ホタルお姉さまは愚直な聞き込みを続けた。
風精の国の王都を隅々まで調べ、御用商人に関する情報をいろんな人達に聞いた。
しかし都の地理を覚えるほど歩き、聞きまわっても有用な情報は一切得られず、任務は何の進捗も無いまま日にちだけ進んでいき。
「確か……、この辺りだったっけかな」
ついに、女の子と約束した日を迎える。
夜、誰にもばれないよう心がけながら兵舎を抜け出し、多少は活気が戻った町を抜けて路地裏へ到着したが、女の子の姿は無かった。
「まだ来てないみたいだね。少し待とっか」
「うん」
ユキはオイルランタンを床に置くと、壁にもたれかけて夜空へと視線を向ける。
きらめく星空、今日も快晴。
こんなに澄んだ夜空だもの、きっと私だけでも成功する。
「ねえセーラちゃん、組織ってどんなとこなの?」
「覚えていない」
ユキは何も言わずただ無表情でついてきたセーラへ、今まで気になっていた事を聞いた。
しかし、セーラは表情をほんの少しも変えず、自身は何も知らない事を小さな声で打ち明ける。
「何も解らないの?」
「うん」
「そっか……」
組織に関する事を、ホタルお姉さまやルリに聞いても答えてくれない。
それならセーラちゃんならどうかなと思ったけども……。
もしかして、組織以外の他の事も知らないのかな?
「じゃあ家族とか、友達とか、好きな人とかも覚えていないの?」
「それはなに?」
ユキは気になってさらに詳しく質問をするが、セーラはそもそも質問の内容が理解出来ていないらしく、ユキが言った単語の意味を表情を一切変えず小さな声で逆に問い返してしまう。
「う、うーん。この人と一緒に居たいって思える人かな?」
まさか家族とか友達とか、そういった誰でも知っているであろう単語が解らないだなんて予想もしなかったユキは、多少面食らいながらも彼女に解るよう説明をする。
「それなら居る」
ユキの質問を理解したセーラは、やはり無表情のまま返事をした。
「誰かな?」
「ユキ」
「えっ!? ありがとうね、嬉しいよ」
ここで自身の父親や母親と答えるのかなと思いこんでいたユキは、セーラの思いがけない言葉にどきっとしてしまいながらも、少し胸の中が温かくなる。
たしかにずっと私にくっついているし、助けたからそうなるの……かな?
そう思いながらユキは、笑顔を見せてセーラの思いに答えた。
でも、自分のお父様やお母様の名前が出ないなんて……。
組織に改造されて、記憶を失ってしまったのかな?
それとも、元々孤児だったのかな?
「ごめん! 待ったかな?」
ユキがセーラの半生について考えていた時、ユキに秘密の依頼をお願いした少女が走りながら待ち合わせ場所に到着する。
「ううん」
「よし、じゃあ早速行こう! さあさあ、こっちこっちー」
到着して間も無く少女はユキの手をとり、半ば強引に御用商人がいるであろう場所へ向かっていく。
ユキは少女の息が一切あがっていないことに驚きつつも、小走りになりながら少女に連れて行かれてしまう。
細い路地裏の通路を何度も曲がり、階段を下り、人の居る場所からどんどん離れ、今まで優しくユキを包んでいた月の明かりも届かないような街の奥の奥へ行き……。
そして到着した場所は、ユキが今まで行ったことの無い場所だった。
水が流れている音がするから、地下水路かな?
遠くに松明の火がゆらゆらとしているけれども、どこか心許無い。
「ここだよ、この床に乗ればお父様のいる場所にいけるの」
少女の言葉の後、ユキは手持ちのオイルランタンの明かりで床を照らす。
他の床の模様とは明らかに違う。
ちょうど人が二、三人乗れるくらいの大きさかな?
少女は手を離し、ユキは先陣をきって恐る恐る床の上へ乗る……。
「ひゃあっ!?」
「ああっ! 待ってー!」
ユキとセーラが床の上に乗ると、それを見計らったかのように床が静かに動き出してしまう。
乗り遅れた少女は追いかけようと試みるが、動く床はたちまち少女とユキ達を引き離していった。
「その先の小部屋が秘密の書斎になっていて、お父様は必ずそこにいるから! 私は他の道を探すから先に行っててー!」
「わ、わかった!」
追いつけないと悟った少女の姿は、いともたやすく見えなくなってしまう。
遠くで叫んでいるであろう少女の声にユキは返事をすると、逸れた事に不安を覚えながらも外に落ちないようしゃがんで動く床が止まるのを待つ。
この先に何が待っているの?
御用商人と密会している、怪しい人物って誰?
これからの先の不安と、自らが危険へ飛び込んでしまった後悔。
今いる場所がいかに不安定だったかをかみ締めた時、ユキは動く床の上でも平然と立つセーラの冷たい手を握っていた。




