51. 悲しみと決意の序章
「え、どういう事?」
ユキは、何とか平穏を取り戻して事情を聞く。
「私のお父様は御用商人で、国の偉い人達もそうだけども町の人達にも信望の厚い自慢の人よ。たった一代で自分の商会をここまで大きくしたの」
「ほおほお」
「でもね、最近変な人達と付き合うようになってからおかしくなっちゃったの」
御用商人が凄い商人なのは解った。
しかし、どうして救って欲しいのかな?
変な人達って一体誰だろう?
もしかして、ラプラタ様の予想通り組織との係わり合いが……?
「変な人?」
「私もよく解らないわ。でも明らかにガラが悪かったり、黒い仮面をかぶってたりしているから、間違いなく変な人達よ」
変な人の特徴を聞いた瞬間、ユキの全身は雷が落ちたかのように震えてしまう。
自身の両親の命を奪い、こんな境遇へ追いやった連中と特徴が酷似しているからである。
「ねえお願い、変な人達を追い払って!」
もしも、あの人達と同じなら……。
もう二度と、あんなことを繰り返しちゃいけない。
あんなに辛いことはもうたくさん、自分だけでいい!
「うん、解ったよ」
そう思ったユキは、過去のトラウマを払拭しようと目をわざと何度か雑にこすった後に、少女の願いを受諾した。
「ありがとう!」
「ううん、でもまずは仲間や上官に相談しないといけないから――」
「駄目!」
この一件は危険でユキだけでは解決出来ないと判断し、ルリフィーネやホタルやラプラタに相談する旨を伝えようとしたが、少女の必死な声と形相により阻止されてしまう。
「大事にしたくないの。大事になってしまえば、無実のお父様まで巻き添えになってしまう」
「うーん、でも……」
「お願い! あなた達二人で何とかして欲しいの!」
危ない人と手を組んでいて、その事が公になればただじゃすまない。
そうなった場合、この女の子はどうなるの?
私と同じ惨めな境遇に落とされる……?
「……解った。何とかしてみる」
本当は相談しなければいけないと思いながらも、ユキは少女の未来を考えてセーラの二人だけで問題を解決する事を伝えた。
「ありがとう! 嬉しい!」
いい返事を貰った少女の顔は、とても明るい。
「それで、不審者を追い払うって具体的にどうすればいいの?」
「あのね、私お父様の書斎をこっそり調べたの。明後日の夜中に商館へ来るみたいだから、その時にあなたの魔術で脅かして欲しいの。そうすればきっと、お父様に付きまとう事も無くなるわ」
「う、うーん。上手くいくかな……」
ユキは魔術師団に所属してから日も浅く、解決した事件もセーラの一件だけで、当然ながら他の魔術は使えない。
変身して召喚術を使えば、この女の子が言った通りの事が出来るかもしれない。
けれども、変身してしまえば私が死んだはずの水神の国の王女スノーフィリアだという事がばれてしまう。
どうしよう……、どうしよう……。
「大丈夫よ! 絶対に上手くいくもの! じゃあ待っているから! 明後日、ここでまた会いましょう!」
「あ、あの……!」
ユキのそんな思いを無視し、少女は再会の約束を無理矢理取り付けて満足げな笑みを見せながら去っていってしまう。
「行っちゃった……」
残されたのは半ば無理矢理に要求だけを伝えられたユキと、無言のままつき慕うセーラだけだった。
「どうすればいいと思う? セーラちゃん」
「……解らない」
日中だというのに路地裏はどこか薄暗く、日当たりが悪いせいなのかじめじめした感じがする。
ユキの心中も、まさにそんな路地裏のように白黒はっきりとせず、セーラに答えを求めても適切な答えが帰ってくるはずも無い。
「そうだよね。うーん……」
ユキには明確な迷いがあった。
この個人的な依頼を受けるのに躊躇もあった。
万が一に失敗した場合、自らだけではなくラプラタ様にも迷惑がかかってしまうのも解っていた。
でも女の子を放っておくことも出来なかった。
それ故にユキは悩み、苦しみ、そして……。
「やるしかない、こうなったら私とセーラちゃんだけで……!」
葛藤の中でユキは、そんな灰色の気持ちを追い払うかのように、少しだけ声を大きくして少女の願いに答えることを宣言する。
「ねえセーラちゃん、この事は誰にも言わないでね」
「うん」
ルリやホタルお姉さま、ラプラタ様にはこの事を内緒にしておかないと。
そんな思いでユキは、セーラに口止めをする。
セーラはユキの考えが解ったのか解らないのか、表情を変えずにただ一つだけ弱々しく頷いた。
――そして日は暮れ、各々はラプラタの執務室にて調査の結果を伝えるべく集まる。
「近隣の村の人々や城の外を警備していた兵士さん達に御用商人に関する事を聞きましたが、特に目ぼしい情報は無かったです」
「ルリさんも駄目かー」
「その様子ですと、ホタルさんも収穫はなさそうですね」
「ああ、パンの値上がりに嘆いてはいたけれど、御用商人の悪い噂はまるで聞かなかったね。それどころか苦しい状況でも頑張っているいい人って話があるくらいだ」
どうやら二人は有用な情報を得られなかったらしく、難しそうな顔をしながらも調べた結果を共有する。
「ユキ様はどうでしたか?」
「う、うーん。商館に入ってみたんだけども……」
「ほー、随分大胆に出たね? 意外と度胸あるじゃない。流石は妹だ」
「ご、ごめんなさい、でも忙しかったのか誰も相手してくれなくって……。何も解らなかったしお話も出来なかったの」
「あちゃー、ユキも駄目だったかー」
三人とも何ら収穫の無い事に、ホタルは全身を使って残念さを表現し、そんなホタルを見たルリフィーネは苦笑いをした。
「あ! でも、御用商人には娘がいるみたいです!」
御用商人は年齢もそこそこいってたし、経済的にも安定しているから自分の子供が居てもおかしくはないだろう。
そう思いながらユキは個人的なお願いに関しては伏せつつ、少女の存在だけを皆に伝える。
それは収穫の無かった二人に対する気遣いか、それとも隠し事をしている後ろめたさか。
「……既婚者なのか? まぁ、居ても変ではないとは思うけども」
「あるいは、小間使いのための使用人という可能性もありますね」
綺麗な格好をしていたから使用人や従業員じゃないのかも?
ユキは女の子に対してそう感じたが、これ以上喋ってしまうと余計な事も話してしまいそうだと思い、ルリやホタルの考察に対しては敢えて何も発言をしなかった。
「うん、みんな情報集めお疲れ様。今日はもう暗いし、また明日にしましょう。ゆっくり休みなさい」
「はい」
「そうだなー」
「かしこまりました」
とりあえずの情報共有は終わり、今まで三人の話を聞いていたラプラタは手を一つだけ鳴らし、この閉鎖した空間を解放した。
「あ、ルリちゃんはちょっと話があるから残ってね」
「はい」
ルリだけ残るの?
二人で何を話すのかな?
ユキは気になりつつも部屋を出て行き、ホタルと一緒に軽い食事を終えると、自らの部屋に戻って眠りについた。
傍から見れば、いつものユキだった。
しかしユキの内心は、自分とセーラだけで少女の依頼をやりきろうという決意に満ちていた。




