48. 血濡れの手に握手を
「ユキ。一つだけ考えがあるんだ」
「なんだろう?」
「ユキが私を救ってくれた時に呼び寄せた奴、あれ呼び出したらどうにかしてくれるんじゃないか?」
この風精の国に行く前、ホタルお姉さまは謎の力によって獣のような姿になった。
私は変身して召喚術で何とか切り抜けたけれども、あの時とどんな関係があるのかな?
「やってみるね。解放する白雪姫の真髄!」
ユキは、ホタルのただならぬ様子が気になりながらも、変身をするための解放の言葉を発する。
「雪花繚乱! スノーフィリア聖装解放!」
ユキの放つ言葉によって、自ら一時的に清廉で可憐な姫へと戻り、そして不思議な力である召喚術が使用できる。
どうして姫へ戻る事が出来るのか?
何故この力が使えるのか?
スノーフィリア自身も解らない未知の力はラプラタの手助けによって目覚め、今では自在に操る事が出来る様になっている。
「ううっ……」
「大丈夫ですか? スノーフィリア様」
そう誰もが疑わなかった時。
変身を終えたスノーフィリアはその場でよろめいてしまう。
幸い、近くに居たルリフィーネが咄嗟に体を支えて倒れる事は無かったが……。
「うん、ちょっとふらっときただけだよ。大して時間置かずに変身したから、疲れたのかも」
「ご無理をなさらないで下さい」
「心配かけてごめんねルリ。でもね、私はこの子を助けたいの」
自由に変身出来るようになってから、明らかに変身する頻度は増えていた。
スノーフィリアは力の解放による疲労が原因と伝え、最愛のメイドが心配しないように笑顔を見せながら体勢を整えた。
「スノーフィリア・アクアクラウンが命ずる。永久の闇の中で蠢く魔の眷属よ、我の下に姿を現し、血の祝福にて消えゆく命の灯火に新たな輝きを宿せ! 白雪水晶の鮮血王!」
そして精神を集中させ、ホタルを助けた時に呼び出した召喚体の姿を頭の中でイメージさせながら、気持ちの赴くままに口を開いてゆく。
するとスノーフィリアを中心に光り輝く魔法陣が展開されていき、ある一定の大きさになるとスノーフィリアは指を何もない空間へ指し、そこから一粒のユキの結晶のような光が零れ落ちていき地面に落ちると、落ちた場所から水晶を削って作られたような貴族風の初老の男が現れた。
「久しぶりだね。マドモアゼル」
「おお、呼び出せた! ユキすげー!」
自分でも成功する自信は無かった。
しかし、今目の前にはホタルを救った時と同じ初老の男が居る。
男は帽子を取り、スノーフィリアへ挨拶をすると、相変わらずの余裕な態度を崩さないまま何も言わず召喚者の命令を待っていた。
「お願い、この子を助けて欲しいの」
スノーフィリアは懇願した。
どうにかしてこの子を助けたい、その一心で初老の男へ願った。
「ふむ、よかろう」
そんな懸命な気持ちを察したのか、初老の男は脱いだ帽子をスノーフィリアへ渡すと、顔色がひどく悪い衰弱した少女のもとへ向かう。
そして男は、何ら躊躇い無く右手の人差し指と中指を少女の胸へと突きたてた。
二本の指は少女の体内へとめり込んでいき、第二関節まで深々と刺さってしまう。
「な、何をする!?」
「早まるな人間の娘。手元が乱れればそれこそこの者の命は終わってしまうぞ?」
ホタルはそのただならぬ様子に対して、初老の男へ掴みかかろうとしたが、男の言葉によって動きを止めてしまう。
そんなやり取りの中、通り魔の少女の体は打ち上げられた直後の魚のように何回か大きく跳ねた後……。
「私の力の一部を与えた。数日の後に目が醒めるだろう」
苦しそうだった少女の表情が穏やかになる。
最初はどうなるかと思った一行も、明らかな表情の変化に思い通りの結果が得られた事を実感した。
「ありがとう!」
「他に用はあるかね?」
「もう大丈夫だよ、本当にありがとう」
「ではさらばだ。またお会いしよう」
自分が出来る事をやり終えた初老の男は、スノーフィリアから預かっていた帽子を受け取るとそれを深く被りなおして消えてしまった。
召喚が終わると同時にスノーフィリアの全身は短い時間だけ再び光に包まれると、元の魔術師姿のユキに戻ってしまう。
どうやら少女の一命は取り留めたようだ。
その事を理解した一同は、お互いに安堵の表情を見せた。
「召喚術……、かなり凄い力ね。こんな近くで、あれだけ見事な術を見れるなんて中々貴重な体験よ」
ラプラタはただただ、ユキの秘められた力を驚き感心していた。
ユキは多少眩暈を感じながらも、褒められた事に対して少し俯いて照れた表情を隠す。
「さて、目が醒めるまでに数日はかかるらしいから、ユキちゃんの変身疲れもあるだろうしゆっくりと休んでいなさい」
「はい」
「この町はいろいろあるから、休むのに飽きたら見回ってみるものいいかもね。うふふ」
「う、うん」
これで本当に事件が解決した。
良かった、本当に良かった……。
ユキは喜びをかみ締めながらも満足げに執務室から出ると、ルリフィーネやホタルに労いと感謝の言葉を伝えた後、自室のベッドですぐさま眠りについた。
それから数日後の朝。
「うーん……」
誰かが居る……?
ルリかな……、それともホタルお姉さまかな?
ユキは部屋の中に自分以外の誰かが居る事に気づくが、眠い目が開かずにいる。
待たせては悪いと思い、眠気の残る重い体を何とか起こし、目をこすってどうにか状況を確認出来る様にした。
「えっ、あなたは……?」
そして目の前が見えた時、ユキは純粋に驚いてしまう。
「目が覚めたんだね! 良かったー!」
なんと、通り魔の少女がユキの目の前で、じっとユキの方を見ているのだ。
「ねえ、体の具合は大丈夫? どこも痛くない?」
通り魔の少女はユキの質問に対して何も答えなく、瀕死だった頃と変わらず顔色はあまり良くない。しかし、血のように真っ赤な瞳に生気の光が宿っているのを見たユキは、無事に回復したのだろうと察した。
「早速ラプラタ様のところへ行こうー」
でもどうして眠っていたこの子が私の部屋に居るのかな?
もしかして、ラプラタ様が私を呼んでいるのかな?
ユキはそう考えながらも少女にそう言うと、少女は口を開かず一度だけ頷く。
少女の手を取り、体温の低さを気にしながらもユキは部屋を出て、ラプラタが待っている宮廷魔術師長の執務室へと向かった。
道中の城内を見回っている兵士や、騎士団、魔術師団、他の兵団の人らの視線が気になる。
通り魔の正体がユキ一行以外知られていないとはいえ、セーラーカラーの服を着た、血色があまり良くない少女を連れている事は、怪しく思われたのだろう。
そして、大した間もおかずして執務室へ到着したユキは、ノックの後に部屋の中へ入る。
「おはようございます」
「おはようございます、ユキ様」
「よっ、可愛い妹よー、よく寝れたかー?」
ルリフィーネやホタルも既に執務室の中に居ており、ラプラタの手伝いをしているのだろうか、机の上へ雑に置いてある分厚い数冊の本を棚へと戻している最中だった。
「おはよう。その子、起きたらすぐにユキちゃんの部屋はどこか聞いてきたのよ」
「え、そうなんですか?」
「ええ、ユキちゃんにすっかり懐いているわね」
「う、うん……」
実は執務室へ向かう道中、あまりの冷たさに握っていた少女の手を離してしまった。
それ以降ユキの羽織っているマントの裾を掴んだままなのだ。
「もうあなたからは離れないから、手を離しても大丈夫だよ?」
動きにくいと感じたユキは、少女から離れない事を優しく伝えると、少女は察したのかぎゅっと強く握った手を解く。
「えっと、あなたのお名前は何ていうのかな?」
そして自由になった事を確認したユキは、少女の名前を聞いた。
「名前……無い」
「無理もないわね。元々魔術兵器として存在しているわけだから、”製造番号”とか”識別コード”くらいならあると思うけれども、人としての名前はつけられていないのかもね」
見た目はどうみても可愛らしい女の子なのに。
ただ人を傷つけるだけにしか、存在しないなんて……。
誰かを傷つけてきたこの少女も、やはり不憫な存在である事をユキは再認識させられてしまう。
「識別名はジョーカードール・キリング。jkと呼ばれている」
そんなユキの気持ちに呼応するかのように、今まで寡黙だった少女が無機質的に自分の呼び名を伝える。
「うーん、変わったお名前ね……」
「そのままの名前では、目立ってしまいますね」
「じぇーけーとか、ありえんもんなー」
ラプラタもルリフィーネもホタルも、その場で沈黙してしまう。
全員がこの少女の境遇を察したのだろう。
この場の空気が重くなっていく中、ユキはめげずに考えて悩んだ。
この子を救ってあげたい、その為にはどうすればいいのか?
今の私が出来る事は……。
それは……。
「セーラちゃん!」
「ん?」
「ほら、セーラー襟の服着てるから、どうかな……?」
ユキが悩んだ末に思いついた答え、それは名も無き通り魔の少女に名前を付けることだった。
渾身の思いで考えた、少女の新たな名前を声を張り上げて言う。
「ちょっと安直な気もするけれど、いいんじゃないかな? 呼びやすいし」
「解りやすくて良いですね」
「可愛らしい名前じゃない。私はそう呼ばせて貰うわ」
「じゃああなたはこれからセーラちゃんって呼ぶね、よろしくね!」
「うん」
通り魔の少女セーラは、ユキの満面の笑みに対して表情を変えずに一つだけ小声で返事をする。
いつもと変わらない少女の表情。
しかしユキはそんなセーラの顔に、今までには無い温かさが宿ったような感じがした。




