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ゆきひめ ~六花天成譚詩曲~  作者: いのれん
Third Part. 修道女から魔術師へ
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47. 通り魔少女の正体

 翌日。

 休息を終えた三人は、身支度を済ませてラプラタが待つ執務室へと向かう。


「おはよう。よく眠れたかしら?」

 もしかして、ラプラタ様は寝ていないのかな?

 ユキにそう思わせるほど、いつもの元気が無いような気がする。


「さてと、通り魔の女の子の事だけども……」

 ユキの心配する思いに気づいたのだろうか。

 ラプラタは何気なくユキと目線を合わせると、話の途中にも関わらず笑顔を見せてくる。

 その笑顔を見て、これ以上は気にかけてはいけないと思い、執務室内の椅子に座って話を聞くことに集中した。


「私の予想通り、人体ベースの魔術兵器ね。具体的には、体のありとあらゆる部分に特殊な魔術の媒介を埋め込んであるの。ここまで見事に肉体と魔術の媒介が融合しているなんて、この魔術兵器を作った魔術師はかなりの技術力と科学力を持っているわ」

「そのおかげで、超人的な速度で動けるってわけか?」

「ええ、ホタルちゃんの言う通りね。速さだけじゃなくて、筋力や五感も人並み外れた状態よ」

「ひえー……」

 どうして彼女が暗闇の中でも動けたのか。

 その謎が解けると、ホタルは体を細かくぶるぶると震わせながら感嘆の声をあげた。


「あの」

 表には出さないにしろ、驚きはユキにも勿論あった。

 しかし、それ以上に気にしている事をラプラタへと話そうと、敢えて話を割る。


「どうしたのかしら? ユキちゃん」

「この子を捕まえた時、この子の様子がおかしかったんです」

「……と言うと?」

「動きが妙に鈍いというか、ルリでもおいつくのがやっとなくらい速く動けるはずなのに、全く動かなかったり……」

 どんな敵でもひとひねりにしてきた格闘術の達人であるルリフィーネが、暗闇の中とはいえ手こずる相手だったはずなのに、どうして何もしてこなかったのだろう。

 その事がずっと気になっていた。


「ユキ様が呼び出した生き物の攻撃が、効いたのではないでしょうか?」

「そうかもしれないけれども、それ以前にも何か様子がおかしいなって思ったの」

 ラプラタ様から、借りた本に書いてあった生き物のお陰なのは事実だった。

 でもそれ以前にも、私が変身して周囲が明るくなった時もまるで動こうとはしなかった。

 それだけ速く動けるなら、私が召喚術を使っている最中にでも攻撃できたはずなのに。

 何故、それをしなかったの?

 その理由が、ユキの中で消化不良をおこしもやもやとした何かをずっと残していた。


「なるほどね、ユキちゃんの話を聞いて納得したわ」

 ユキの説明を聞いたラプラタは頷きながら、ぐったりと横たわっている通り魔の少女の頭を何回か撫でた後に、ユキの方をゆっくりと向く。


「この通り魔の女の子は、常人離れした動きが出来るけれども、その代償として大量の血が必要なの」

「血って、人の……ですか?」

「そうね。通り魔をしていたのは、多分血を集めようとしてたんじゃないかしら? もっとも、上手く集められていなかったみたい。手当たり次第に人を襲っていた理由はそれかもね」

「それと何の関係があるのですか?」

「んー、今の通り魔少女の状態を普通の人間で例えると、空腹と渇きに耐えながら雨粒程度の水分しかとらずにずっと活動していた。というべきかしら?」

「つまり、飢えていたと……?」

「ええ。極度の栄養失調が続いていたせいか酷く衰弱している。彼女の命はそんなに長くないわね」

 通り魔の少女が何故ルリフィーネに対抗しうる力を持っていたのか。

 どうしてそれだけの力があるのにも関わらず、ユキ達を仕留めきれなかったのか。

 ラプラタから語られる事実により、ユキの心の中のもやもやは晴れていった。


「ラプラタ様、血を与えるなんて出来るのか? まさか口に入れるのか?」

「彼女はそうしてたみたい、でも肉体に直接入れなければ駄目ね。もっとも、今の医療技術では到底不可能だけれども」

「魔術でも駄目なのか?」

「ええ、人体の構造そのものがまだ完全に解明されていないから駄目なの。治療の魔術という手もあるけれど、そもそも傷の回復を促進させるものであって無から血液を作るものではないから無意味ね」

「なす術無し……か」

「だからこそ、彼女は棄てられた。自らが生きる術を教えられる事も無く……かしら。ふぅ」

 科学大国風精の国、その国の魔術機関の長でもどうしようもないのならば、この世界では無理なのはユキもホタルもルリフィーネも解っていた。

 執務室内は、生きるためとはいえ無差別に人に危害を加えてきた幼き少女の命が消えゆくのを、見守るしか無い諦めの空気で包まれていく。


「あの! 私この子を助けたいです!」

 しかしそんな中、ユキだけはその空気に飲まれなかった。

 まるで他の大人たちを鼓舞するかのように、あるいは室内のどんよりとした空気を振り払うかのように、声を張り上げて通り魔の少女を助けたい思いを叫んだ。


「私も可愛い子は是非助けたいのだけども、大量の血なんてどうやって与えるの?」

「う、うーん……」

 ユキの諦めない気持ちが、どうにもならない現実によって陰る。

 もうこのままどうする事も出来ないの?

 多くの人を傷つけたとはいえ、まだこんなに小さな女の子を見殺しにするしかないの?


「それに、彼女が多くの人々を傷つけたのは事実よ。そんな存在を形はどうであれ救済すると言う事は……どういう意味か解るわね”スノーフィリア姫?”」

 通り魔の女の子は間違いなく重罪人として、このまま処刑される。

 それが、本来の習わし……。

 だけど……!


「……はい、解っています。それでも私は助けたいの!」

 通り魔の少女は生きるために必死だった。

 そもそも通り魔の少女だって、本当なら普通の女の子だったのかもしれない。

 それが無理矢理に組織へ連れて行かれて改造されてしまい、結果こうなったなら……。

 このまま見殺しなんてあんまりだよ……!


 被害者の人達、全員が納得するとは思えない。

 それでも助けたい、このまま放ってなんておけないよ。


「そこまでの覚悟があるなら、これ以上は何も言わないわ。あなたが信ずる道を進みなさい」

「ありがとうございます……」

「お礼を言われる理由なんてないわ。でも苦労するわよ?」

「……はい」

 ユキの気持ちが中途半端なものでは無い事を確認したラプラタは、多少困りげな表情を見せながらユキを認めた。


「あ!」

「どうしたの? ホタルお姉さま」

 そんなやりとりを終えた時、ホタルの暗かった表情が急転する。

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