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ゆきひめ ~六花天成譚詩曲~  作者: いのれん
Third Part. 修道女から魔術師へ
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42. 真夜中の襲撃者

 ラプラタからの任務を受けたその日の夜。

 ユキ、ルリフィーネ、ホタルの三人は自分たちの部屋がある兵舎を出て、城内のエントランスに集合すると、風精の国の都へと向かう。


「真っ暗だなー」

「うん」

 本当にここは四大大国の都なのかな?

 ユキがそう思うくらいに街中は人がおらず、窓は鎧戸が閉められているせいで建物から明かりも漏れず、たまたま空も曇っていて月や星の光も地上に届かないため、驚くほど暗い。

 各々の足音と持っているオイルランタンが無ければ、三人は間違いなくこの漆黒の闇の中の一部となってしまうだろう。


「先が全然見えないけれど、本当に大丈夫なのか?」

「通り魔事件のせいで夜は外出禁止令が出ているのでしょう。風精の国の都は本来、夜中でも人が居ますからね」

 誰一人と歩いている様子もないし、人の気配も感じない。

 ルリの言うとおり、兵士以外の外出は固く禁じられているのかな。

 まあ、通り魔が出ているなんて知ったら、普通は好き好んで出ようとは思わないけども……。


「もう少し散策してみましょう」

「はい」

「ああ、でもこうも暗いと何だか怖いねえ……」

 三人は特別意識してはいなかったが、全員が固まってなるべくはぐれないように夜の都を歩いていく。

 それはまるで夜の暗闇と、自身の恐怖という見えない魔物に立ち向かう勇者達の一行ようだ。


 だが、彼女らの勇気ある行進はルリフィーネの一言によって止められてしまう。


「ユキ様、ホタルさん。ただちに私から離れてください」

 ルリフィーネはユキとホタルに自分から離れるように伝えた。


「え、どういう事なのルリ?」

 しかし、突然そんな事を言われしまったユキはただ戸惑い、悠長にもルリにその言葉の理由を聞く。


「……致し方ありません。姫様、無礼をお許し下さい」

 説明する時間が無いと察した、ルリフィーネはユキの胸に手を当てて突き飛ばす。


「きゃあっ!」

 その拍子にユキは、持っていたオイルランタンを手放してしまい、床に落としてしまう。

 オイルランタンは壊れてしまい、漏れたオイルが引火して道の真ん中が炎上すると同時に、暗い闇から人一人分の影が物凄い速度で現れ、ルリフィーネへと襲い掛かった。


 ルリフィーネはすかさず後ろに跳躍し、影から離れた。

 しかし……。


「ルリ!」

 ユキは、ルリフィーネのメイド服のエプロンが何か鋭い刃の様な物で切られている事に気づき、頼れる従者であり、最高の理解者であり、今までもこれからも慕うであろう友のもとへ駆け寄る。


「大丈夫ですよ。怪我はしておりません。服はまた縫えば良いのですから」

 それでもルリフィーネは一切慌てず、ただおろおろとするユキをなだめようとするためか、緊急時にも関わらず笑顔を見せながら答えた。


「また来ますよ。姫様どうか離れていてください。ホタルさんは姫様をお願いします」

「お、おう! まかせとけー!」

 多少驚きながらも辛うじて自らの心の手綱を離さなかったホタルは、動揺し続けるユキを抱きながら民家の建物の壁と背中をくっつけてなるべく死角を無くそうと努める。

 それを見たルリフィーネは、笑顔は崩さないままホタルと目で何度か合図をした後、再び襲い掛かってくる黒い影が現れるであろう方を向いてかまえた。


「なあルリさん、こんな暗闇で敵の位置が解るのか……?」

 ルリフィーネの体勢はそのままで視線だけを動かしている。

 ランタンが床に落ちて壊れ、僅かに燃え広がったお陰で多少は見えるが、それでも少し離れれば真っ暗闇だ。


「相当速いですね。少しでも隙を見せれば負けてしまうかもしれません」

「解るのかよ!?」

「ええ、明るければ尚良かったのですが……」

 ルリフィーネが隙を見せないせいか、通り魔も攻撃してこない。

 戦っている様子から、まだ近くにいるとは思うけれども……。


 そうユキが思っていると、通り魔が再び建物の死角からルリフィーネの方へと飛び掛ってくる。

 ルリフィーネは体を逸らしてぎりぎり通り魔の攻撃を避けるが、この暗闇のせいなのか、少し前に戦った化け物審問官でも傷つかなかった純白のメイド服に、再び切られた痕跡が出来てしまう。


「このままでは埒があかないですね」

「くっそー。もっと明るければなー!」

 ルリは攻勢に出る事も出来ないし、逃げる事も無理そう。

 このまま通り魔の思い通りにされてしまうの?

 何か、何かこの状況を打開する方法……。

 例えば、ここを明るくする術……。


「あ、そうだ! 良い方法があるよ!」

 窮地に陥ったユキはある案を閃き、そして即座に実行するべくホタルから少しだけ離れて、意識を集中させる。


解放する(リリースオブ・)白雪姫のホワイトスノープリンセス・真髄エッセンス!」

 ユキはラプラタの執務室で覚えたあの感覚を思い出しながら、解放の言葉を宣言し両手を広げた。

 すると、自らの体からは膨大な青白い光が溢れ出た後に着ていた服が細い光の糸へと分解され、スノーフィリアは生まれたままの姿となる。

 自ら放った青白い光は、スノーフィリアの裸体を足先から体へと順次纏っていき、真っ白な長靴下、水色のプリンセスラインのドレスへと変化し、頭を覆っていた光は青と白の縦にグラデーションがかかっている艶やかな背中まである長い髪になる。


「雪花繚乱! スノーフィリア聖装解放!」

 スノーフィリアの変身の影響により、周囲は照らされ暗闇が払われていく。

 今まで目を凝らしても黒かった世界に、輪郭と色が戻ったその時だった。


「え、女の子!?」

 道の真ん中で、両サイドで結った黒い長い髪と真紅の瞳を持つ、セーラーカラーの服を纏った不健康なまでに色白な少女が、年不相応なくらいに肉厚な刀身のナイフを右手で持ってこちらを無表情に見ている姿が露になる。

 まさか通り魔の正体が私よりも年下の女の子だったなんて!

 スノーフィリアは勿論、ルリフィーネやホタルも驚きを隠せずにいた。


 しかし、通り魔の少女は彼女らの驚きを無視し、表情を一切変えないままにルリフィーネではなく、光を放っているスノーフィリアへと向かって来る!


「危ない! ユキ様!」

 通り魔の少女はあまりにも速く、そして圧倒的な速度でスノーフィリアの体を切り裂こうとする。

 流石のルリフィーネも体を動かそうとするが、距離があるせいか追いつけない。

 このままではスノーフィリアが少女のナイフの犠牲になり、各々が望まれない結果を迎えるであろうのは明白だった。

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