41. 気持ちは固く、思いは強くもって
「ここだね」
風精の国の王宮から少し離れた場所、そこにある木造の建物。
所々にステンドグラスがはめ込まれた石造りの宮殿と比べると、小窓には鎧戸が取り付けられておりとても質素でありきたりだ。
ユキは扉を開け、床をきしませながら建物の奥へと入っていく。
「失礼します」
「どうぞ」
そして病室に到着したユキは、窓から差し込む日の光に反射してきらきらと輝く金髪が印象的な、腹部が包帯でぐるぐる巻きになっている凛々しい女性と出会う。
女性は退屈だったのだろう、ユキに気づくと遠くの景色を物思いに耽りながら見ていたのを止め、言葉には出さないが笑顔でユキ達を歓迎する。
「あなた達は?」
「私達は魔術師団所属のユキ、こちらが私のパートナーのルリフィーネとホタルです」
「聞かない名前だが、新人か?」
「はい。昨日付けで入団しました」
「私はサーラだ、よろしく」
サーラと自称する女性は、ユキに対して手を差し出して握手を求めてきた。
ユキはサーラに答えるため、彼女の手をぎゅっと握る。
サーラの手は騎士として働いているせいか、とても女性のものとは思えない程に皮は厚くてかさつき、そして力強かった。
「ところで、ただ見舞いに来たとは思えないが、今日は何用で?」
「えっと、サーラさんが被害あった通り魔事件について聞きたいのです」
握手を交わした後にユキは、ここに来た本来の目的である通り魔事件についてサーラに聞いてみる。
するとサーラの今まで笑顔だった表情が曇り、ユキは厳しい眼差しを向けられてしまう。
「……失礼だがユキ殿。あなたの魔術師団ランクはいくつだ?」
ランクってなんだろう?
魔術師団内でそんな位があるのかな?
私は……、ラプラタ様は何も言ってなかったけれどもいくつになるんだろ……。
「ランク……?」
「横から失礼します。我々は入団して間もないので、まだランク付けされておりません。後日連絡があると宮廷魔術師長から聞いております」
回答の見えない質問に対して困惑してしまう中、ルリフィーネが助け舟を出した。
「ふむ……。私はこう見えてもランク七だ。稲妻の騎士と言う称号も国王より賜っている」
それが相対的にどの程度なのかがまるで掴めなかったが、この人の言い様から察するに高い方なのだろうとユキは思いながら、険しい表情を崩さないサーラの話を聞く。
「私の剣は光の速度で相手を叩き切る。稲妻と呼ばれている所以はそこにある。この剣術を今まで生きてきた中でずっと磨き続け、自分でも腕に自身はあった。だが、あいつには全く手が出せなかった……」
自分の事を語った後に恐らくは通り魔の事を話したであろうサーラは下唇をかみ締めながら、足にかけられていた布団をぎゅっと強く握り締める。
その様子から相当に悔しい思いをした事は、ユキにも十分に伝わった。
「通り魔の事ですか?」
「ああ、夜の街の巡回中に遭遇した。暗くて姿は見えなかったが、実際に手合わせして解った。相当の腕前だ。風精の国の騎士団内でも勝てる者は極僅かだろう……」
「使った武器や流派は解りますか?」
「得物は短剣だった。だが流派は解らない。まるで夜の闇が形となって襲いかかってくるような感覚だった」
「ほお……」
有名轟く猛者である火竜の国の王と同じ体術を使うルリフィーネは、相手がどのような攻撃手段を用いるか、どのような身のこなしをするのか、そしてルリフィーネ自身が太刀打ち出来るのかを知るためにサーラから詳しく聞く。
ユキにはサーラが話している以上の事を理解出来なかったが、ルリフィーネには何か思うところがあるらしく、ほんの少しだけ驚きの声を口から漏らした。
「そこのメイド服の……失礼、そなたはかなりの使い手と見た」
「ルリフィーネと申します。以降お見知りおきを」
「失礼。ルリフィーネ殿、奴は夜の町中で出没する。もしもこの任務に取り掛かるのならば、くれぐれも気をつけてくれ」
「はい、情報ありがとうございます」
話に区切りがついたと解ったサーラは、話し疲れたのかベッドの上で体を横にして目を閉じる。
必要な情報を得る事が出来、かつこれ以上この場所にいては怪我人であるサーラが休めないだろうと思い、一行は兵舎を出た。
そして作戦を練るためにユキの部屋へと向かう。
その道中にて。
「しかし、古風と言うか堂々とした人だったねえ」
「サーラさんはかなりの剣の使い手ですね、お話をしていて伝わってきました。そんな方に手傷を負わせるとなると、こちらも覚悟をしていかないと駄目ですね」
改めて通り魔が危険な存在である事を認識した三人は、自然とそして必然的に真剣な顔つきへ変わっていた。
「ユキ様」
「うん?」
「行くなとは言いません。私もユキ様のお傍にいるうちは命を落としません。ですが万が一危なくなったお逃げ下さい。私からのお願いです」
サーラの剣の腕をも凌駕するであろう通り魔。
ルリフィーネも必ず勝てる戦いではないと悟ったのか、厳しい表情のままユキの方を振り向くと、深々と頭を下げて懇願した。
「ごめんなさい。やっぱり約束出来ないよ。もうルリと離れるの嫌だもの」
「ユキ様……」
そんな懸命な願いでも、ユキは受諾出来ずにいた。
また離れ離れになって、寂しくて辛い思いをしなければいけないの?
使用人時代の時の苦しい日々がまた始まるの?
もう嫌だ、あんな過去なんて……。
だから……。
だから!
「ルリ、この任務絶対にやりきろう。勿論みんな無事で帰ってくるの!」
ユキは泣き出しそうになるのをこらえながら、全力の笑顔を作って少しオーバーリアクション気味に両手を広げながら、生き残ることを二人に告げた。
そうだ。今の私は昔の私とは違うんだ。
変身する力があれば自分の身も、きっと大切な人達の身だって守れるはずなんだ。
もう、大好きな人と離れるのは嫌だ!
「……はい、かしこまりました。ユキ様の願い、必ずこのルリフィーネがかなえてみせましょう」
「おー! やるぞー!」
ユキの決意が二人にも伝わったのだろう。
神妙な面持ちだった二人も笑顔になり、この任務を前向きに遂行する事を宣言しあった。




