40. 魔術師ユキの初任務!
「おはようございます」
「やーん! 似合ってるじゃない! 可愛い~」
ユキが部屋へ入ってラプラタが放った一言目がそれだった。
「ひぇっ」
朝早いにも関わらず、昨日と大して変わらないラプラタの調子に、ユキは思わず身を引いてしまう。
「ここに来た時の格好でもいいんだけれど、ちょっと村娘っぽすぎるからね。防御の魔術を付与したマントと帽子を付け加えたらどうかなって思ったのよ。予想以上に可愛くて思わず興奮したわ」
「は、はぁ……」
ユキが朝目覚めた時、部屋の机の上にはいつの間にかマントと帽子が置いてあり、魔術師としての服装だと思い、着替えてきた。
その時は、まさかこんな反応が返ってくるだろうとユキは思っていなかったが……。
「ユキ様、お似合いです」
「修道服のときも可愛かったが、魔術師姿もイケルね。マントと帽子だけなのに凄くそれっぽく見える」
既に執務室に居たルリフィーネとホタルも、ラプラタ程には趣味と感情を前面には押し出さないものの、意外にも魔術師姿が似合っているユキに対して率直な意見を言った。
「あれ、二人の格好はそのままなの?」
ユキは、褒められた事に対して嬉しさを感じていた。
しかし、自身とは違い二人の服装が変わらない事に疑問を抱く。
「あの後、別途騎士団長とお話をしまして鎧を支給して下さったのですが、着たら動けなかったのでお返しました」
「な、なるほど……」
ルリの体術と、騎士が身につける重装備とは相性が悪いのかもしれない。
実際に身につけて試したみたいだし、ルリがそういうのならそうなのだろうとユキは思いながら、専属使用人の言葉に同意した。
「じゃあホタルお姉さまは?」
「私はほら、単純に準備がされていなかっただけかもよ?」
「確かに……」
修道院で突発的にユキとルリフィーネの旅に付き合う事を決めた時の場面を思い出したユキは、ホタルの言うことも概ね間違いではないと思いつつ同意する。
「ホタルちゃん。ちょうどいい機会だから聞くけれども、魔術師としての格好はフリフリ多めがいい? それともふわふわがお好み?」
「……このままでいいです」
「折角似合うと思ったのに惜しいわね」
その話を聞いたラプラタは、ここでの服装をホタルに聞いてみたが、出された選択肢はどちらも趣味じゃなかったのか苦笑いしながら断られてしまい、ラプラタは鼻をひとつだけならして残念そうにした。
どうしてそこでえっちい系の格好を勧めないのだろうとユキは思ったが、敢えて口には出さなかった。
「さてと、それでは昨日の続きをしましょうか」
服装の件がひと段落したのか、ラプラタは椅子を深く座りなおして三人の方を見ながら口を開く。
「今の時代、この風精の国に限らず概ね世界は平和なの」
かつてこの世界は、小国同士の領土や宗教問題による争いが絶えなかった。
戦争で命と安全は脅かされ続け、争いに乗じた略奪や暴行が日常茶飯事で、人々は貧困と流行り病に苦しむ、まさに暗黒の時代だった。
数十年前、そんな動乱の時代を生き抜き巨大化した四つの大国が、互いに呼びかけて今の平穏な世の中が実現している。
「それでも魔術師や騎士を解任せずにおいてあるのは、まだ争いの火が完全には消えてはいないため、万が一に備えての自衛という理由もあるのだけれども、実戦の感覚を失わないようにしつつ、各兵士たちの訓練もかねつつ、任務と言う形で今はいろんな仕事に従事して貰っているわ」
和平に納得しない属国や属領の反乱が完全に鎮圧されたわけではないし、世界的にメジャーな宗教である正教の布教による土着民からの反感も残ったままである。
ラプラタの話を聞いたユキは、昔そう習ったのを思い出す。
「国民の困った事を解決したり、要人の護衛をしたり、他国の紛争の手助けと、本当にいろいろな事をしているの。ユキちゃんも経緯はどうであれ魔術師団に所属する以上は、任務をお願いしなければいけないわ」
そうだ、私も今から魔術師団の一員なんだ。
もう姫じゃないから、安全な場所で待っているなんて出来ない。
今の私なら、少しは役に立てるかもしれない。
立てれたら……いいな。
「そこで早速だけども、三人に任務をお願いするわ」
そんな思いの中、穏やかな笑顔で話すラプラタの目をしっかり見て一言も漏らさないようにする。
「最近、風精の国の首都でおかしな事件がおきているの。それを解決して欲しい」
「おかしな事件とはなんでしょう?」
「夜出歩くと通り魔に会うの。被害者はもう十人以上いるわ」
「野党や山賊の仕業ではないでしょうか?」
「その可能性も無くは無いけれど、少し気になるところがあってね」
ユキが真剣にラプラタへ事件の詳細を聞くが、それでもあまり具体的な事は言わないせいか、ルリフィーネは少しだけ表情を曇らせた。
「あ、あの、それって凄い危険な仕事ですよね? 私達で大丈夫なのでしょうか?」
「ホタルちゃんのいう事も間違いではないけれども……」
ざっくりとしか聞かされていないが、それでも命の危険性があると感じたホタルはラプラタに遠慮しつつもユキを別の任務にあてる事を提案する。
「この任務は必ずやって良かったと思える。私はそう確信している」
「何か知っているのです?」
「さあね。ふふ」
しかしルリフィーネの時と同様に、ラプラタは確信に至ることは何も言わず、ただ意味深な発言をするだけであった。
ルリフィーネとは違ってホタルは不満げな表情を前面に出して訴えるが、ラプラタはそれに対してまるで取り合おうとはしない。
「まずは被害にあった騎士に話を聞くと良いわ。彼女が療養している兵舎の場所は、外に居る兵士から聞いてね。それじゃあ私は会議があるからまたね」
そしてラプラタはさっさと話を切り上げてしまうと執務室を出て行ってしまった。
このまま居ても仕方が無いと思った三人は、しぶしぶと執務室を出て、ラプラタが言っていた被害を受けた騎士の所在を外に居た兵士に聞き、兵舎へと向かった。
「なあルリさん」
「はい」
「あの人、絶対何か隠してるよなー?」
兵舎に向かう道中、ホタルがルリフィーネへラプラタについて話かける。
「それは私も感じました。ですが私たちが損するような提案をしたり、危害を加えるような事は無いかと……」
「ああ、それは私も信じてる。嘘ついているようにも見えなかったからね」
ルリフィーネもホタルも、ラプラタがユキや自身らを陥れようとしていたり、身柄を売ったりするわけでは無い事は信じていた。
「でもな、現役の騎士も被害にあってるとかヤバイぞ?」
しかし、これから取り掛かるであろう任務の危険性を話した瞬間、ルリフィーネの表情が気難しくなってしまう。
「たとえどんな相手であったとしてもユキ様をお守りする。たとえこの体がどうなったとしても――」
ルリフィーネの覚悟を聞いた瞬間、ユキは少しだけ涙目になりながら首を横に何度も振って抱きついて言葉を遮る。
王宮で騒動があり、自らの両親を目の前で殺された時。
大好きなルリフィーネとも離れ離れになってしまった事を、ユキは思い出していた。
ルリフィーネもそんなユキの寂しさを察したのか、何も返さずただユキの背中を撫でて慰めた。
「ユキ様を不安にさせてしまいましたね。申し訳ございません」
「ううん大丈夫。泣いてばかりでごめんなさい。ルリは私の事を心配してくれてああやって言ってくれたんだよね?」
「はい」
「大好きだよルリ」
「ありがとうございます。私もユキ様が好きです」
「本当仲いいねえ」
「ホタルお姉さまだってルリと同じくらい大好きだよ? いつもありがとうね」
「このー! 本当に可愛いなあもう!」
ユキはルリフィーネとホタルに自身の素直な気持ちを伝えた。
そんな無邪気さが心をくすぐったのか、ホタルもユキに抱きつき髪がくしゃくしゃになるくらい撫で回した。
そんな考察とじゃれあいのひと時を経て三人は移動を再開し、大した時間も置かずに通り魔にやられた騎士が療養している兵舎へ到着する。




