38. 開花の前兆
「あの、実は私……。変身が出来るんです」
私は、他の人には無い力がある事を告白した。
この事を知っているのは、私の大切なルリとホタルお姉さまの二人だけ。
変身出来るのを言って良いとは思わなかったので、ほぼ初対面に近いラプラタ様へ伝えるにはほんの少しの勇気と決意が必要だったのだ。
「変身すると見た目が変わるだけじゃなくって、召喚術も使えるのですが……。でも、まだいまいち使いこなせなくて……」
ユキが自らの能力を漠然としか伝えられないのは、自分自身もまだこの力についてはよく解らないからだった。
しかし、ラプラタはその様子を察したのか、戸惑いながらも何とか伝えようとするユキをただ見守り続けた。
「見た目を一時的に変える魔術……、確かに珍しいわね。ちなみに、今その力は引き出せるのかしら?」
「うーん、やってみます」
今までも人が居ない場所でこっそりと変身しようと試みたが、一度たりとも成功した事はない。
今回も駄目なのだろうと思いながらも、ユキは目を閉じ精神を集中させ……。
「解放する白雪姫の真髄!」
そして目を見開き、解放の言葉を放つ。
「……何も起きないわね」
しかし今回もユキは変身する事が出来ず、部屋の中はただ虚しさと気まずい雰囲気に包まれてしまう。
「やっぱり駄目みたいです……」
「その変身する時の唱えているのは?」
「えっと、解放の言葉って言うみたいで、変身する時に言わないと駄目なのですが、ただ言えばいいって訳では無くって……」
「どういう事かしら?」
「私がピンチになったり、あとはこうしたい!って強い気持ちがある時しか変身出来ないみたいなんです」
「自由に制御できないのは仕方ないわ。そんなに自分を責めないで」
落ち込むユキをラプラタは優しく接し慰めようとしたが、ユキは自分自身の力が自由に出来ないもどかしさで少し涙ぐんでしまう。
「うーん、今私が研究している魔術に良く似ているわね。ひょっとしたら、あれが使えるかも……」
「どうしたのです?」
「あ、ううん。こっちの話よ。もしかしたら、あなたの悩みを解決出来るかもしれないわ」
「本当ですか!?」
「ちょっと待っていなさい」
ルリフィーネは魔術に疎くてホタルもそこまで詳しいわけではなかったので、身近に相談出来る人が居なかったのもあったが、それ以上にユキの秘めた力が特殊すぎて周りの理解を容易に得られるものではないと自覚していたからだ。
それでも自分自身でなんとか解決しようと考えてはいたが、ここに至るまでに明確な答えが一切見つからずにいた。
だからこそ、ラプラタの一言はまるで暗くて厚い雨雲から差し込む日の光のように、ユキの心に深く強く差し込んだ。
ようやく自分の力を、自由に出来るかもしれない。
そう思うだけでユキは嬉しかった。
この力があれば出来る事が増えるし、今まで救えなかった人も救えるようになるかもしれない。
ずっと自身の非力を悩んでいたユキにとって、またとないチャンスだった。
ラプラタが部屋の奥へ行って大した間もおかずに戻ってくると、もってきた水晶玉を机の上に置く。
「さあ、これに触れてみなさい」
ただの水晶玉にしか見えないけれど、何かあるのかな。
ユキはそう思いながらも、ラプラタの顔を何度か見つつ水晶玉に恐る恐る手を伸ばし触れる。
「な、なにこれ……?」
ユキの小さな手のひらが水晶玉の表面にぴったりとくっつくと、水晶玉は急に白と青と黄色の光を放ちながら激しく輝きだす。
「そのまま……、そのままで」
それと同時にユキの手から、何とも形容しがたい感覚が伝わっていく。
不思議な感覚は次第に腕に伝わってあっという間に全身へと広がり、その感覚は妙な高揚感となりユキの頭のてっぺんから足先までくまなく広がり満ちる。
ユキは今までに無い体験に恐怖心はあったが、このままの状態を続けたらどうなってしまうのかという好奇心の方が強いせいか、ラプラタの指示を守り手を離さずにいた。
「もう手を離しても大丈夫よ。どう? 気分は?」
「はぁっ、はぁっ……。なんだろうこの感覚。全身がそわそわしているし胸が苦しい……」
水晶玉の光がゆっくりと収束し、ただの透明な球体に戻る。
手を離したユキの息遣いは荒く、頬は紅潮し、机に両手を置いてふらつく体を何とか倒れないようにする。
「もう一度、変身してみなさい」
立っているのもやっとの状態でラプラタは、再びユキの変身を促す。
真っ先にユキは、こんな状態なのに変身なんて出来るのかなと考えた。
しかしラプラタの笑顔は決してユキをからかっているものではないと思えたので、苦しいながらも指示に従う事にした。
「は、はい……。解放する白雪姫の真髄!」
呼吸を整え、胸の苦しさが多少おさまったユキは、再び解放の言葉を高らかに言う。
すると過去の変身と同じ現象が起こり、自らの体からは膨大な青白い光が溢れ出た後に着ていた服が細い光の糸へと分解され、スノーフィリアは生まれたままの姿となる。
自ら放った青白い光は、スノーフィリアの裸体を足先から体へと順次纏っていき、真っ白な長靴下、水色のプリンセスラインのドレスへと変化し、頭を覆っていた光は青と白の縦にグラデーションがかかっている艶やかな背中まである長い髪になった。
「雪花繚乱! スノーフィリア聖装解放! ってあれ、私変身出来た!?」
「おお! ユキ様遂にやりましたね!」
「おー。ユキすげー」
気品と可憐さと、どことなく神々しさに満ちたスノーフィリアを見た二人は、目を輝かせて感動と感嘆の言葉を伝える。
スノーフィリア自身も、まさか自分が今変身出来るとは思っていなかったので、驚きを隠せずに何度も変わった自分を見直していた。
「ど、どういう事ですか?」
「詳しく話すと長くなるから簡潔に言うと、人為的にスノーフィリア王女殿下の気持ちを揺さぶったの。強い気持ちに呼応して変身出来るのならば、平常心をわざと大きく揺らしたらどうかなと思ったけれど、上手く行って何よりだわ」
「ほおほお……」
「今の感覚を忘れないようにね。その感覚を再現出来れば、きっとその力は自在に扱えるから」
「はい! ありがとうございます!」
スノーフィリアがきっかけを与えてくれたラプラタにお礼の言葉を伝えると、光の粒が飛び散ると同時に元のユキの姿へと戻る。
私はようやく力を扱えるようになったんだ。
もうこれで、ココのような人を出さなくて済むし、救う事だって!
ユキの心の中は喜びと決意に満ちていたが、この時ユキ自身も知らない感情が開花しようとしていた事が解るのは、かなり遠い未来の事となる。




