37. 宮廷魔術師長との出会い
「あ、あれ? ここは?」
都のはずれにある小屋へ入り、そこで不思議な光に包まれたユキ達は、気がつくと違う場所に居た。
分厚くて背表紙を見ただけではどんな内容か解らない、たとえ解ったとしても中身を理解するには困難な本がおいてある棚や、重厚な作りの机や、多分この風精の国の偉人であろう人々が描かれた古そうな肖像画が壁に掲げられている事から、そこが身分の高い人の執務室なのだろうというのはユキにも理解出来た。
しかし、そんな事よりも……。
「うわあ! な、なにするんですか!」
「スノーフィリア姫……。やっぱり間近で見ると可愛いわね。このまま囲いたいわ、むしろ囲っちゃおうかしら」
私を包み込むように覆い被さって、手で体を撫で回しているこの人は何なの!?
凄く危ないこと言ってるし、こわいこわいよう……。
「ひぃっ!?」
耳元で話しかけられた後、生暖かい吐息が首の付け根にかかったユキは、思わず体を飛び上がらせてその場から離れる。
「可愛い子は直接触りたいよね? なんならもっと楽しい事も……」
「ひぇっ、け、結構です! それよりもあなたは誰なのですか!」
そして、こんな不埒な事をした者の正体を露にするべく、彼女の”好意的な”誘いを強い口調で拒絶しつつ何者か問いただした。
「あら、ルリちゃんから聞いていなかったのかしら? 私はラプラタ。宮廷魔術師長をやっているわ」
「えぇっ!? あなたがルリの言っていた人なの!?」
妙な色っぽさとたたずまい、群青色のショートボブと濃い口紅から察するに、ホタルお姉さまやルリよりも大分年上なのかもしれない。
彼女が着ているスカートが何段にも折り重なったロングドレスも、よく見れば魔術師のローブだと言われたら確かにそれっぽく見えなくは無いけども。
でも、こんな人がルリも認めている宮廷魔術師長なの……?
「ルリちゃんご苦労様。来てくれて嬉しいわ」
ユキが困惑している中、ラプラタはルリフィーネの方を向いて労いと歓迎の言葉を伝えると、ルリフィーネは何も言わず、笑顔のまま頭を下げて答えた。
「それにしてもお姫様」
「はい」
「メイドにシスターなんて、結構いい趣味じゃない?」
「えっ? ……そ、そんなんじゃありませんよ!」
ユキは、ラプラタの話した言葉の意味が一瞬理解出来なかった。
しかしその真意を掴んだ瞬間、顔を真っ赤にして両手を横に振りながら全力で否定した。
「あれ、そういえばシスターって……。あなたは話に聞いていなかったけれども、どなたかしら?」
ラプラタは、どうやらホタルが来る事を知らなかったらしい。
ユキを散々からかった後にホタルの方を向き、ユキと同じ様にホタルの頬を触ろうとしつつ問いかけたが。
「あー……、ランピリ……、いいや、ホタルです」
彼女の行為を察知したのか、ホタルは触れられる寸前で身を引き回避しながらも、少しよそよそしく自身の名前を名乗った。
「どうしたの? ホタルお姉さま」
「んー、あんまし見知らぬ人と話さないからね……。緊張かな……」
いつもなら、適当で砕けた感じのホタルお姉さまが妙にかしこまっている。
どうして?
その態度の意味が解らなかったユキはホタルへ問いかけるが、いつもと雰囲気が違う様子に、思わず首をかしげてしまう。
「ホタルお姉さま! お姉さまですって! そんな関係だったなんて! お姫様もやる事はやってるのね!」
「は、はぁ……」
しかしラプラタは違っていた。
”お姉さま”と呼ばれている事に妙に食いつき、目を輝かせて興奮している。
ユキは、この人は私が想像している事よりも遥かにすごいことを考えているのだろうと、何となくだが察しつつも、これ以上余計な事を言っても彼女の誤解が広まるだけと悟って、ため息を一つだけついた。
「ラプラタ様、そろそろ本題の方を話された方がよいと思われます」
「そうね、まずはやる事を終わらせましょう」
この場の奇妙な空気を振り払うかのように、ルリフィーネが話題の転換を勧めると、ラプラタは前のめりになっていた体を戻し、姿勢を正し、ユキを真っ直ぐ見つめながら。
「ようこそ王女殿下、風精の国に」
ユキ一行の来訪を歓迎した。
その姿は、今までふざけていた人のものとは思えない程に凛としており、まさに宮廷魔術師の長として相応しかった。
「あなたの今置かれている状況の、おおよそは理解しているつもりよ。若いのに苦労しているわね」
何時したかのは解らないけれど、多分ルリとこの人でやりとりはしていたのかな。
ラプラタの話を聞きながらユキはそう思いつつ、労いの言葉に対して軽く頭を一つだけ下げた。
「結論から言うと、あなたは私が管理している魔術師団に入り、しばらくここで魔術師として過ごしなさい」
あまりにも唐突すぎて、ユキは理解が追いつかなかった。
正直軟禁されるくらいは覚悟していた。
それなのに魔術師団なんてあまりにも自由というか、どう考えても人目がつくと思うのに大丈夫なのかな?
「安心しなさい。悪いようにはしないわ」
「風精の国の魔術は他の国より進んでいると聞きました。そのような場所に私なんかが入っても大丈夫でしょうか?」
しかも、私は姫として嗜む程度の魔術しか知らない。
それなのに、専門機関である魔術師団に入るなんて。
家事も何もした事無いのに使用人をやらされる以上に無理だと思うし、仮に入ったとしても無事に任務がこなせないかもしれない。
「スノーフィリア王女殿下」
「はい」
「隠しても無駄よ。あなたが凄まじい力を持っていることくらいお見通しですもの」
ユキのそんな不安をラプラタは察し、そして払拭しようとした。
今までの真面目な表情を緩めると、穏やかな笑顔でユキ自身について語る。
「見ただけなのに解るのです?」
「ええ、さっき触ったときに確信したわ。羽化直前の蛹を見ているみたいよ」
あの行為に、ちゃんとした意味があったなんて。
てっきりそういう趣味なだけだと思っていた。
……確かにルリの言うとおり、この人は凄い人なのかも。
いろんな意味で。
そう思いながら、ユキはある一つの決心をする。




