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ゆきひめ ~六花天成譚詩曲~  作者: いのれん
Second Part. 使用人から修道女へ
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30. ランピリダエの過去 ~復讐を約束した日~

 今までユキがホタル自身となって体感していた空間がピタリと動きを止めると、ホタルの記憶は物凄い速度で一枚の風景画となってユキの周囲をぐるぐる回っていく。


 それは、今までの記憶の回想に比べればあまりにも刹那的だった。


 記憶の風景も膨大な数が素早く流れていくせいで、全てを見るのは到底無理があったし、戸惑っていたせいもあってか実際に見れた場面は数える程だった。

 ホタルと共有していたはずの意識も気がつけば離れており、ユキ自身がまるで壮大な舞台の客人になったかのような目線で見られるようになっている事に気がつく。


 そんな数少ない風景からユキが理解出来た内容は、貧民街という劣悪な環境下で過ごすごろつき達と一緒に居るにも関わらず、上級貴族の家庭にも負けないくらいに温かいという事だった。

 ホタルを拾った男であり、このごろつき集団の頭であろう人物。

 名前はアッティラと呼ばれているが、本名かどうかは定かではない。

 その男は見た目にあわず、性別も年齢も価値観もまるで違う一人の少女に四苦八苦しながらも、懸命に打ち解けようと努め続けた。


 最初はごろつき集団の頭アッティラだけがホタルの心を開かせようと努めていたが、彼のひたむきな姿に影響されたのか、他の仲間達もホタルと会話をしたり、勉強の手伝いをしたり、他にもこの世の中で生き抜くスキルを学ばせる為に尽力するようになってきた。


 彼らの尽力の甲斐あってか、ホタルとごろつき集団の仲間達との絆も深まっていった。

 そのうち、ホタルはアッティラの事を親父と呼ぶようになっていた。

 

 それから、数年が経ったある日。


「ついに、ずっと待っていたチャンスが訪れたんだ」

 激しく流れる風景は勢いを緩やかにしていき、ホタルの記憶の物語は再びユキ自身が体感出来る速度へと戻っていく。


 ホタルの声が途切れると同時に、アッティラが一通の封書を手に持ち、息を切らせながら帰って来る。

 それから彼は、仲間達が集まっている事を確認すると……。


「お前らよく聞け! ギルド設立を支持してくれる大物音楽家とコンタクトが取れた!」

「おお! ついにやりましたねボス!」

「やるじゃない。まさか本当にやってくるなんて思って無かったよ」

「……ボスを信じた自分に狂いは無かったですね」

 数年、いやホタルが来る前から計画していたものだとすれば数十年に及ぶかもしれない。

 貧民街で生き、人生の逆転を虎視眈々と狙っていたアッティラの念願が遂に叶う時が訪れた事を告げる。

 仲間達も三者三様ではあるが、ボスのアッティラと同様に喜びを分かち合う。


「ホタル! ついに貧民街から抜けられるぞ。金が入るようになったら一緒に美味いものでも食いに行こうな! 可愛いドレスもたくさん着せてやるからな!」

 今では本当の父親とも言えるくらいホタルの中では大きな存在となっていたアッティラだが、いつでも陽気で暗い様子なんて見たことが無かったけれど、いつも以上に明るい。


「親父は年不相応なくらいに喜んでた、あの姿は今でも忘れないよ。勿論、私も自分の事の様に嬉しかったさ。その頃はもう、その男の事を本当の親父と思っていたからね」

 ホタルの声と同じようにユキも感じていたし、思っていた。

 自分の記憶ではないのに、何だか温かい気持ちが流れ込んでくるような感覚だった。


「あの人はさ、普段は部下の人達と悪い事ばっかりしてたけれども……。私には優しくて、私にとっては大事な家族そのものだった」

 その言葉を聞いて実際にホタルの記憶を体験したユキは、貧民街で生き抜くにはどんな事でもしなければいけないという現実を知る。

 王女だったユキにとって、そんな現実は古くさい神話や伝承、おとぎ話のような存在であった。

 今でも本当にそんな世界がある事を、にわかに信じ難いユキだった。


「そして大物音楽家と、貴族限定の会員制の酒場へ入っていよいよ話をつけようとした時さ。あの時の光景は今でも忘れない……」

 この国の暗部の中にある小さな光に触れ、様々な思いを感じている最中。

 景色が暗転し、そして明るさを取り戻していく。

 すると今までの薄暗い貧民街とは違い、見慣れた建物があった。


 そこは王女時代に何度かお父様やお母様と一緒に足を運んだ、上級貴族や王族が良く利用する酒場だった。

 勿論ユキは飲酒をする事は無かったが、他の貴族や芸術家、親戚縁者との会食で行った事は何度かあった。

 ホタルとアッティラの二人だけが、ユキもよく利用していた一際豪華な特別室へ通されていく。


 あなたは……!?


 ユキにとって想像しなかった人が、その部屋の中で待っていた。


「お待ちしておりましたよ。さあ座ってください」

 なんと室内には、修道院のとりまとめをしているシュプリー神父が居たのである。

 格好は神父の時にしているゆったりとした法衣ではなく、真紅の布地と縁が金糸で刺繍された上着を羽織った、とても派手な装いだ。

 ユキはそれを見て、ホタルに神父は過去音楽家として活躍していたという情報を教えてもらった事を思い出す。


「さて、話は事前にうかがっております。ギルド設立の件ですよね」

 アッティラとホタルは音楽家シュプリーに促されるまま、対面の席についた。

 この頃から口調も穏やかで物腰も柔らかく、著名な音楽家という立場でありながら高慢な印象は無い。


 何故こんな人をホタルお姉さまは命を奪いたい程憎むのだろう?

 そうユキが思った時だった……。


「ですがその前に……。僕を楽しませてみてください」

 その言葉と同時に、まるで今まで付けていた仮面を外したかのように、音楽家シュプリーの優しい顔つきが一変する。


「そうですね。そこにある高級ワイン……、一本数万ゴールドはするでしょうねぇ。飲んだ事あります?」

「いや、ないっす……」

「丁度いい機会です。じゃあそのワインをこの灰皿へ注ぎますので、お前が飲んで見せなさい」

 傲慢かつ驕りに満ちた表情をしながらそう言うと、近くに居た酒場の従業員にアゴで指示をする。

 店員は多少慌てつつも怯えながら、氷で冷やされていたワインを取り出して栓を抜き、そして音楽家シュプリーへ渡そうとする。

 シュプリーはワインの中身がこぼれるくらい雑に奪い取ると、燃えかすが残っていた灰皿の中へとワインを注ぎ、アッティラに下種な笑みを見せながら渡してきた。


「さあさあ遠慮はいりませんよ。二人の出会いと新たな門出の祝杯をあげましょう!」

「……勘弁してくださいシュプリーさん。そんな事出来ないっす」

 勿論、アッティラはそんな願いを断った。

 灰皿が既に汚れていてとても飲める代物じゃなかったし、そもそもそんな下種な真似をアッティラが出来るはずもない。

 相手が大事な人だからこそ下手には出ているが、普通の人間がそんな事をやろうものならば、ほぼ間違いなくアッティラの無骨で無作法でただ相手を痛めつける為だけの鉄拳が飛んでくるのは自明の理である。


「ああ? 今なんて言った?」

「勘弁してください。飲めません」

「はぁ? 僕のいれた酒が飲めないっていうの?」

「……すんません」

「なんで僕のいう事が聞けないんだこの間抜け!」

 アッティラは頑なに拒み続けた。

 するとシュプリーは、ワインが注がれている灰皿でおもむろに親父の頭を殴りつける。

 アッティラは鍛えており、ごろつき界隈では腕っぷしの強さを認められている程であった。

 しかし灰皿は重みがあり、かつ不意の一撃で防御も間に合わなかった、アッティラは椅子から転げて地面を這ってしまう。

 飛び散ったワインは壁や椅子へと飛散して地面へ流れて零れ落ち、アッティラの頭から流す血と混ざり合っていく。

 ホタルはその様子をただ、青ざめた顔をして見ているしか出来なかった。


「僕は国宝とまで言われている音楽家だぞ? お前と違って毎年百万ゴールドが国から貰える立場にあるんだ。解ったら言う事を聞けよこの三下がッ!」

 シュプリーは勢いよく立ち上がりながら罵声、怒声を浴びせ、体を丸めて痛みを堪えているアッティラの腹部を、先端が固い革靴で何度も蹴り続ける。

 その場に居合わせた従業員は、何故か見てみぬふりをしながら部屋の掃除をするだけだった。


 ホタルとユキはついにそんな光景に目を背けてしまうが、さらに衝撃的な言葉を耳にしてしまう。


「なんで僕がお前のような貧民街出身のクサイ生き物と一緒の空間に居なきゃいけないんだ? ギルド設立の為に仕方なく来ているのが解らないのかこのゴミ野郎!」

 ユキは使用人時代を経て、全ての人々は決して平等ではないと思い知らされた。

 貧民街で暮らすアッティラやホタルお姉さまと、音楽家のシュプリーでは住む世界が違うのも今まで見てきた風景から解っていた。

 けれど……、それでも!


「お前は非合法かつ他人に迷惑をかけながらどれだけ稼いでる? ま、僕は万人に愛され慕われてお前以上の収入があるんだけどね」

 初めて出会った相手に、ここまで言われる理由は無い!

 そしてユキは”今回の出来事はそもそもシュプリーの憂さ晴らしでしかない不毛な行為”と悟る。


 それ以降もシュプリーは、音楽家とは思えない程の酷い言葉を延々アッティラへ言い続けた。

 しかしアッティラは、その間もずっと我慢していた。


 やがてその行為にも飽きたのか、音楽家シュプリーは唾を吐きかけてその場から去っていく。

 高級ワインや料理が散らかった部屋、それを淡々と片付ける従業員、頭から血を流したまま突っ伏しているごろつき、泣きそうな表情で自分の父親を見つめる少女……。

 ユキの目に映る光景はどれ一つとして、正常では無い。


 騒ぎが収まり、我に返ったホタルはすぐに突っ伏したアッティラの様子を見にいった。

 今まで隠れて解らなかったが、アッティラの表情は今にも音楽家を殴り倒さんとせんばかりの怒気に満ちていた。


「クソが……!」

「親父……」

 アッティラは床の絨毯を強く握り締めながら、低く静かな声で一言だけそうつぶやく。

 仕事中は解らなかったが、少なくともホタルの前では今まで陽気な姿しかみせなかったアッティラが、初めて娘に見せた顔だった。

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