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2. 始まりは、地に落ちた雪のように

 火薬の爆ぜる甲高い音と同時に、スノーフィリアの父親である水神の国の王の、シルクの白いケープが真っ赤に染まる。

 彼は白目をむいて無言のまま祝杯を落とすと、膝から崩れ落ちて動かなくなってしまった。


「キャアアアアアア!!!」

 祭事の参加者の一人の叫び声を上げると同時に、入り口や窓からは次々と黒いフードとマスクで目以外の全てを覆った明らかに怪しい人々が入ってきて、手に持った短剣で次々と参加者の急所を突いてゆく。


 その瞬間から花婿と花嫁の祝いの場は、恐怖と悲鳴、死と血が支配する地獄と化した。


「お父様!」

 会場内に居た貴族達が狼狽しながらこの場を無秩序に逃げようとしている最中、スノーフィリアは人ごみをかきわけながらも倒れた父親のもとへ行こうと試みる。


「な、何者……?」

 しかし、父を思う健気な王女の前には、無情な現実が立ち塞がってしまう。

 王女は立ち向かう術を知らず、また立ち向かおうとする勇気も無く、ただ戸惑うだけだった。


 そんな王女を嘲笑うかのように、貴族達を片っ端から殺害しているであろう黒フード男の血の赤に染まった刃が、スノーフィリアの体を貫こうとしてきたその時。


「スノーフィリア、逃げなさい!」

「お母様!」

 水上の国の王妃が、スノーフィリアと黒フード男の間に飛びこむ。

 彼女の身を挺した行動により、短い人生に幕が下りることは無かった。

 だが代償として体に刃を突きたてられてしまった母親が、悲痛な声を僅かに出した後に黒フード男へしがみつきながら力果ててしまう。


「お父様……、お母様……、あ……、ああ……」

 父親と母親が目の前で死んでゆく光景は、年端もいかない少女にとってあまりにも残酷で、そして彼女を戦慄させるには十分すぎるほどだった。

 スノーフィリアは自らでも気がつかないうちにその場で腰を抜かし、口元を震わせて大きな青色の瞳に涙をいっぱい溜めながら、花嫁衣裳のスカートと穿いていた下着を自らの小水で濡らしてしまう。


「スノーフィリア様、こちらへ」

 彼女が受けた衝撃は計り知れない程大きいせいか、日ごろからスノーフィリアの世話をしている、教師であり相談役でもあり最大の友でもある、宮廷のハウスキーパーのルリフィーネの言葉もすぐには届かない。


「……仕方ありません、今はこの場から逃げる事が先決。急場にて少々手荒くなります。罰は後ほど受けますので……失礼!」

 我を失い震える事しか出来ずにいるスノーフィリアを、ルリフィーネが強引に担ぎあげる。

 そして素早い身のこなしと群集のごたごたに紛れながら、悲劇の渦中にいる姫君の命を狙う者達の追撃を掻い潜ってゆく。


 かつて他国で体術を習得していた事と、参加していた貴族達が無秩序で逃げ惑った事もあり、水神の国の姫とその使用人は婚約の儀が行われた部屋を抜け、追っ手を上手くまく事に成功した。



「ここは……、宮殿の裏?」

「はい、普段は使用人の出入り口として使われている門です」

 そしてスノーフィリアが自身を取り戻した時、日ごろ水神の城で仕事をしている使用人や兵士達の出入りに使っている小さな門のある広場へ到着する。

 元々関係者しか知らない場所であり、仕事をしていた他の使用人達が逃げ遅れたせいもあってか、今は二人しか居ない。


 とりあえず、ごく僅かな一時の安全と姫君の意識が戻ったのを確認したルリフィーネは、スノーフィリアをその場で降ろすと、乱れていたホワイトピンクアッシュの長い髪を手ぐしで解き、歪んでいたカチューシャを整える。


「ねえルリ! 何故こんな事になってしまったの!?」

「私には何も解りません。……ですがこの婚約の儀が始まる直前、陛下直々に有事の際はスノーフィリア様を優先してお守りしろとの勅命を受けておりました。申し訳ございません。私が非力な故に陛下まではお救いする事が出来ませんでした」

 ルリフィーネは悲しげな表情をしながら、自身が知りうる情報を主君へ簡潔に伝えつつ頭を深々と下げて陳謝する。

 今回の急に起きた出来事は”結局誰も何も知らず、解らない不慮の事象”であると悟ったスノーフィリアは、今にも大声で泣き出しそうになってしまう。


「今はまだ大丈夫ですが、いずれここも危険となるでしょう。門を出たところで馬車を用意しておりますので、どうかお乗り下さい」

 そんなスノーフィリアをなだめつつも、ルリフィーネは半ば無理やり姫君の手首を握りながら門まで走る。



 門から出てすぐの道にはルリフィーネが説明した通り、馬車が待機していた。

 ルリフィーネは多少強引にスノーフィリアを馬車へ乗せると、御者の方を見て目で合図し姫君が乗った事を伝える。


「ルリ……、あなたは一緒に来てくれないの?」

「私は姫様の専属使用人、ですが同時に宮殿のハウスキーパーとしての責務も負っております。申し訳ございません、共には行けません……」

「ねえルリ、どうしてそんな顔を――」

 ルリフィーネは首を横に二度ほどゆっくり振りながら一緒に行けない事を残念そうに伝えると、決意の眼差しをスノーフィリアの方に向ける。


 何故そんな表情や眼差しをするの?


 その思いをルリフィーネへ伝えようとする。

 しかし、まるでスノーフィリアの問いかけをわざと遮るかのように、ルリフィーネは馬車の扉を勢いよく閉めてしまう。


「ここもいつ危険に晒されるか解りません。まだ安全なうちにどうか……!」

「いやあ! ルリまで離れないで!」

 馬車の扉が閉まった音を聞いた御者は、姫とその使用人が会話中であろうとも出発する。

 声が枯れるくらいに叫び、ルリフィーネと一緒に行きたい、離れたくない思いを伝えようとした。


「ルリ! ルリ! ルリーーーー!!!」

 しかしその願いが叶う事は無く、馬車は無情にもルリフィーネから、そして育ってきた宮殿からどんどん離れていく。



「どうかご無事で居てください。そしていつか……」

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