220. 犠牲の上に生まれ変わる世界②
――地霊の国にて。
兵士達がどうにか顔の無い天使の攻勢を受け止めている中、今まで国内で覇権争いをしていた二つの勢力の長が緊急の会談を開き、今後について話そうとしていた。
「ええい! こんな時にユニオンの連中は何をしている」
「ルナティックの者達こそ、要所を突破されたではないか!」
だが彼らが交わした言葉は、とても建設的で論理的なものとは程遠く、お互いの民が傷ついた怒りの矛先を向けるだけだった。
「なんだと!?」
「やるか……!」
元々、数十年単位で血の流し合いをしてきた。
長い年月をかけて育んできた憎しみと怒りは、人類の危機という局面であっても無視は出来ない。
「おやめください!」
「今はここで二人が争っている場合ではありません」
本来戦う相手は、顔の無い天使である事を誰もが知っていた。
ここで破談にしてしまえば、それこそ土霊の国は滅んでしまう。
故に本来は出張った真似を避けている側近も、長達が取っ組みあおうとするのを体を張って止めた。
「……だいたい、お前達がおかしな儀式や風習を重んじていた事が原因ではないのか?」
「我々が信奉するのは月の女神だけだ、あのような者なぞ知らん!」
「どうだかな……、居るかどうかも解らない古神なんぞを今もありがたっている者の、考える事は解らんからな」
「貴様……、もう許さんぞ!」
「二人とももうやめて!!」
そんな側近の行動も、二人の確執の前ではほぼ無力に等しい。
尚、土霊の国の民は、この間も傷つき命を落としている。
だが、彼らは人同士で争うことを止めようとはしなかった。
この状況を見ていた側近は、二人から離れると目を閉じて全てを諦めた。
――そして、水神の国の辺境部では……。
女王を救った英雄としてではなく、ただの修道女としての道を選んだホタルが、襲い掛かる顔の無い天使を迎撃すると、面倒を見ていた孤児達や近隣の村人を院内へと避難させる事に成功した。
「ホタル怖いよー!」
「変なのがくる……」
「名前に”お姉さま”をつけなさい! って今はそういう状況じゃないか……」
だが、それも僅かに命が延びただけに過ぎず、危機的状況である事には変わらない。
ホタルは子供の目線にあわせてかがみながらそう言つつ、頭を掻いた。
スノーフィリアから離れたホタルは、元居た修道院に帰る前にラプラタの下を尋ねた。
そして、彼女の手で悪魔化によって生えた角と翼を切り取り、服装を変えたのだ。
それによって、どうにか見た目だけは人と同じになった。
しかし、手術の痕までは隠す事が出来なかったので、不本意ではあるが肌の露出を避けた普通の修道服を着て、日々を過ごしていた。
「ランピリダエ!」
「セルマさん、この子らをお願い」
「あなたは……?」
「決まってるだろ? 戦えるの私だけなんだから、祈ってるより魔術ぶっ放してたほうが性に合うね」
ホタルが悪魔の力を手に入れた事は、修道院内ではセルマだけには告げていたので、そう笑顔で告げると建物の外へ通じる扉を勢いよく開いた。
「ホタル!」
「ホタルー!」
「お姉さまは無敵さ! ちょっといってくるわ!」
ホタルは、泣き叫ぶ孤児達を背にしたまま、利き手をひらひらと振りながら外へと出て行き……。
「……最後に、ユキと会いたかったな」
そして、誰も聞こえない声でそう告げると、修道院の扉を自らの手で固く閉ざした。
それぞれの国、それぞれの地域の人々は決死で顔の無い天使に立ち向かった。
しかし、天使達を打ち負かす事は出来なかった。
世界の終幕は、着々と迫ってきている。
人々の時代は終わりを告げ、神々しき不浄により世界は新たな形へと生まれ変わっていく……。




