217. 人形を超えた人形
「……」
セーラーカラーの服を着た少女が、無言のまま立っていた。
その姿は紛れも無く、組織内ではジョーカードール・キリングと呼ばれ、スノーフィリアの間ではセーラと呼ばれている人形だった。
「ねえ、あなたは誰?」
しかし、今までのセーラとは雰囲気はまるで違っていた。
髪型はツインテールのままだが全体的に長くなり、胸こそ小ぶりではあるが体型は大人びていて、背にはエンジェリアのように一対の白い翼が生えている。
「私はジョーカードール・ノーブルグレイス。血と生命の力と、光と秩序の力を携えた人形」
セーラはそう言いながら、サクヤの方を振り向く。
今までは無色だったその顔色と顔つきは、何かを悟ったような感覚を漂わせており、胸にはエンジェリアに取り付けていた煌く宝石があった。
「なるほど、エンジェリアのパーツを取り込んで自己強化したわけね」
セーラの容姿を見たサクヤはそう確信すると、窮地にも関わらず目を閉じて口角をあげた。
サクヤの思ったとおり、セーラは後継機であるエンジェリアと一つになったのだ。
それは、大樹ラファエルが降臨した時までさかのぼる。
降臨の際の爆発は、水神の国全土のおおよそ三分の一を巻き込んだ。
そのあまりにも大きなエネルギーの膨張と炸裂の中心に居た仲間達は、ただでは済まなかった。
「……」
爆発には、当然セーラも巻き込まれた。
セーラは純粋な人間では無かったため、神樹ラファエルが言うような腐敗や逆翼の天使化はしなかったが、火傷のような傷を全身に負ってしまい、とても戦える状態では無かったのだ。
「……」
それでもセーラは、スノーフィリアと共に戦うために、主君を助けるために何度も立ち上がろうとした。
「……」
そうやってもがいている中、セーラの近くに一人の天使が落ちてきた。
彼女は胸に奇妙に煌いている宝石をはめ込まれた、新型のジョーカードールである事を、セーラは即時に理解する。
「もう、動けないの?」
どうにか立ち上がると、落ちた人形にそう話しかけた。
「あなたは……、ジョーカードール・キリング……」
エンジェリアもセーラの事を確認し、首から上だけを向けて問いかけに答えた。
「私はもう動けません」
「そう……」
その言葉を聞くとセーラは、エンジェリアの胴体へと目を向ける。
胸の宝石は傷一つなく、今もなお煌いていた。
だが、本来あるはずの二本の足がそこには無かった。
傷口から、何か強い力で叩き斬られていると察すると、エンジェリアはもう助からないと思い彼女を見捨てようとした。
「だから……。私を連れて行って」
「うん」
その言葉が何を意味するのかを理解したセーラは、足を止めると再びしゃがみこみ、エンジェリアの胸についていた宝石を強引に引きちぎり、そして自身の胸へと無理矢理埋め込む。
宝石は再び強い輝きを見せると、セーラの全身の血管が大きく脈打ち、全身が小刻みに震えてその場に倒れて気を失ってしまった。
そして目覚めたセーラは自身の変化した姿と、既に物言わなくなった姉妹機を見つめ、窮地のサクヤが居る場所へと向かったのだ。
「あなたの主人が窮地なの、取り返す為に手伝って」
ジョーカードール・ノーブルグレイスはセーラの性能も、エンジェリアの性能も遥かに凌駕していると、直感で解ったサクヤはそう命令する。
「解ったよ。サクヤ」
今までのセーラならば、主人がたとえどんな姿になろうとも、頑なに主人を守ろうとしてきた。
しかし、エンジェリアと一つになったお陰なのだろうか。
今がどんな状況で、誰を守り誰を救うべきかを見誤らずに済んだ。
「スノーフィリア様、私はあなたを守る。ううん、あなただけじゃない。私は私が大切にしている人達を守る」
生まれ変わったセーラは、胸の宝石を今まで以上に強く輝かせながら、人形には絶対に宿る事が無かった強い感情と意思を携えて、主人である逆翼の天使スノーフィリアへと向かって行った。




