200. 儚くも空虚な手向け
圧倒的な憎悪を抱いた青年剣士の、あっけない幕切れを目の当たりにして動けずにいた時だった。
「陛下の身辺を騒がせてしまい、まことに申し訳ございません」
弓士の青年が武器をしまうと膝を折り、水神の国の女王へ謝罪をする。
この時、ユキの変身は解けており、村娘の姿に戻っていた。
だが錯覚の魔術は既に効果を失っており、この場に居た全員にユキの正体がばれていた。
「あなたは……?」
「申し送れました。私は輝きの国の騎士団に所属していた兵士のヘンリーと言います」
彼もまた悲劇に見舞われた一人なのだという事を知ると、ユキはとても悲しそうな表情をしながら、しゃがんで彼に愁いの眼差しを向けた。
「ねえ、どうして?」
ユキは、何故青年剣士に止めをさしたのかを聞いた。
「先ほどもお伝えした通り、輝きの国を襲った者達は既にこの世にはおりません。……私の上官は、不毛な復讐心に駆られており、その様は最早人のものでは無かった。彼を止めるには……、こうするしか方法は無かったのです」
弓士の青年は声のトーンを変えずに、淡々とユキへ報告していく。
そんな彼の言動は、周囲の人々には冷徹で殺風景な印象を与えた。
だが、一番側にいたユキだけは違っていた。
何故なら、俯いていて他の人から見えなかった彼の顔には、悲しみとやりきれない思いが満ちており、それを見たからだった。
「これからどうするの?」
「輝きの国の跡地に墓地があります。そこで彼を埋葬します。かつて彼が親しんだ者達と共に……」
本当にこれで良かったのか?
青年剣士や無実の獣人達を救う手立てが、実はあったのではないか?
全てが幸せになる世界は、傲慢にすぎないのか?
ユキはそう思いながらもこの納得のいかない結末に胸を痛めつつ、弓士の青年に対して何も言う事が出来ずにいた。
「あの、あなたはどうするの……?」
「解りません。それを探す為に各地を回ってみるつもりです。では、私はこれにて失礼します」
そして彼も、女王に答えを求めるような事はせず、ゆっくりと立ち上がり物言わなくなった青年剣士を担ぐと、この場から去っていってしまった。
「あの、女王様……」
気まずい雰囲気の中、今まで静観していた獣人がユキへ話しかけてくる。
「ユキでいいよ」
「あんた……、あなた様が我々を救おうとして下さったのは感謝します」
獣人はおぼつかない敬語で、なるべく失礼が無いようはからいながら、ユキに接しようとする。
「だが、もう俺達には関わらないでくれ。さっきの剣士を見て改めて思い知ったよ、やはり人とは理解しあえない」
同族の死によって今はまだ憔悴しているから、何かをする事は無いだろう。
しかし、もしも彼らの気持ちが変わって青年剣士のような凶行に出たなら、人と獣人の双方に無視できない被害が出るのは解りきっていた。
「俺達は、俺達で静かに暮らす。それでいいだろう?」
復讐は復讐を呼ぶ。
それを止めるには、悲しみを堪え、理不尽な行為に及んだ相手を許さなければならない。
結局青年剣士はそれが出来ず、極端な考えに至ってしまった。
今はまだ明確な答えは出ない。
双方の痛みを癒す術を、ユキは思いつかない。
「……今すぐは無理かもしれない」
「えっ?」
「でも、必ず解る時が来る。私がそうさせて見せるから」
それでも必ず解決してみせる。
誰も不幸にさせない。
ユキはそう思いながら、とても強い決意を一言だけ獣人達へ告げた。
「いこっか、ルリ、マリネ」
「はい」
「そうね」
普段は助言をする二人も、女王の言葉を否定も肯定もしないまま、獣人の集落から去るユキに付いていった。




