199. 燃える感情、燃え尽きる感傷
青年剣士は幾度も剣を振るう。
あまりにも速いせいか、ユキ達の目にはその剣筋が一瞬光るだけしか見えなかった。
だがルリフィーネは違った。
組織の長フィレやサラマンドラ元国王といった、強い意志と力を持つ猛者達と渡り歩いてきた彼女の前では、獣人を無残に殺害してきた憎悪の剣は通じない。
「お前の事は知っている。火竜の国で元国王を倒し、現在は水神の国で女王の身の回りの世話をしているルリフィーネとかいう使用人だろう?」
彼女はユキやサクヤと違い、錯覚の魔術を使っていない。
人が集まるあの場所で、あれだけの戦いを繰り広げれば、当然名前が知れていてもおかしくないと思っていたからだ。
だからこそその言葉を聞いても、ルリフィーネは気持ちを乱さず、冷静さを失う事は無かった。
「何故使用人がこんな場所で一人ふらふらとしているかは解らないし、興味もない」
そして、ユキ自身の正体がまだばれていない事に安堵すると、ルリフィーネは剣の軌跡を掻い潜り、青年剣士を手の平で強く突いた。
突いた場所は、胸から腹部にかけてやや窪んでいる部分であり、そこに強い衝撃を与えれば呼吸障害を引き起こして動きが止まる。
その隙に青年剣士を捕らえて、今後どうするかを決めていく。
ルリフィーネはそう思っていた。
「むっ……」
だが、彼は数歩後方へ下がっただけで、表情や様子に変わりは無かった。
「残念だったな、お前が来ると思って対衝撃用の魔術を鎧に施したんだよ! ほらほらどうした! 自慢の格闘術はもう終わりかァ?」
青年剣士は、ルリフィーネの一撃を受け止めた理由を得意げに話すと、再び詰め寄って自身の攻撃の射程内へと入り、素早い剣撃を再び繰り出してきた。
ルリフィーネが全力を出せば、この青年が自負して止まない対衝撃用の魔術を突破する事が出来る。
しかし、それは青年の体を完全に破壊する事を意味しており、獣人にとって脅威とはいえ彼の背景を知っていた使用人は、これ以上青年に攻撃する事が出来ずに防戦一方になってしまう。
「解放する白雪女王の真髄!」
そんな中、スノーフィリアは使用人のピンチを救うべく、解放の言葉を発した。
強い願いは眩い光となり、その光によって女王は包まれていくと、今まで着ていた衣装や髪型が変化していき……。
「雪花繚乱! スノーフィリア聖装解放!」
スカートがふわりと広がった水色のドレスでその身を纏うと、光は粒状となって散らばり、獣人達の集落を明るく照らした。
「お前……」
「ルリ、私も戦うよ」
「なるほど、既に女王が居たのか」
青年剣士は今まで攻めていた手を止めて後方へ素早く跳躍し、ルリフィーネとの間合いを開ける。
今まで冷静に、そして冷徹に相手の命を奪ってきた青年剣士も、ただの村娘ユキが女王スノーフィリアである事に対しては驚きを隠せずにいた。
「なあ、何故獣人の味方をする? こいつらは悪だ、お前ならば解るだろう?」
「彼らが過去にした事は許されない。でも今あなたがしている事も許してはいけない」
「どいつもこいつもメスという生き物は、つくづく愚かで反吐が出る!」
だがその驚きも、スノーフィリアが獣人達を庇う発言をした途端、枯れ草のようにあっけなく舞い散ってしまい、代わりに醜悪な黒い感情が荒々しく訪れる。
「女王と使用人、二人まとめて斬り捨ててやる! 死ねえッ!!」
相手が一国の主であったとしても、憎悪に身を焼かれている青年には関係が無い。
彼の持つ剣は、一切の躊躇も無くスノーフィリアへと振りかざされる。
「スノーフィリア・アクアクラウンが命ずる。彼方なる時よりいずる者よ、復讐に――」
この青年剣士のやりきれない思いも解る、しかし獣人を全滅させて本当に終わりなのか?
しかも、今殺めようとしている獣人は、青年剣士とは関係の無い者達だ。
彼の思いを酌む手段は、命を奪う事以外にもあるはず。
必ず解り合える、青年剣士だって考えを改めてくれるはず。
そんな思いを胸に、スノーフィリアは召喚術を発動させようとしたその時だった。
「ぐっ……」
青年剣士の死角となっている場所から一本の矢が飛来し、彼を射抜いたのだ。
それは、彼にとっても想定外だったのだろう。
剣を振りかざしたまま動きが止まり、目線だけは胸に広がる赤い染みの方へ向く。
「えっ?」
「これは……」
当然、青年剣士と対峙していた三人とっても突然の出来事だった。
スノーフィリアは変身を解除し、胸の雪宝石のペンダントを握り締めながら、彼を恐る恐る見つめた。
マリネは手を口に当てて、彼と矢が飛んできた方向へ交互に視線を向けた。
ルリフィーネは、射抜かれた場所が急所である事を察知すると、彼の人生の意外な結末を悟った。
「もうやめにしましょう。こんな事をしても無意味です」
三者三様、それぞれが驚いている中。
青年剣士に致命傷を与えたと思われる、弓を持った別の青年が現れる。
「輝きの国を襲った獣人一味は、既に別の裏組織の手で全滅しています」
「それでも……俺は……!」
青年剣士の傷は酷く、血が体をつたって流れ落ちていく。
だが彼は、体を震わせながら剣を強く握り締めて動き出した。
彼の圧倒的とも言える執念と復讐心が、彼を突き動かしたのはこの場に居る誰もが解っていた。
「ぐあっ……」
そんな青年剣士に対して、弓士の青年は無言のままさらなる追撃を加える。
至近距離、かつ急所による射撃は、彼の生命活動を確実に止めようとした。
「へ……、陛下……。姫……様。かあ……さん……」
結局青年剣士は、自身の終わりまで復讐の業火を絶やすことが無かった。
彼は最後に、自身を育ててくれた人や将来を約束した相手、そして忠誠を誓った主人の名前を叫びながら、動かなくなってしまった。




