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1. 祭事の中で出会う二人


挿絵(By みてみん)




 漆黒の空に月と星がまるで競い合いながら燦爛と輝く夜、少女の新たな人生が始まる……。


 ここは世界を四分割する大国の一つ、水神の国。

 その中枢である首都アウローラ、王宮内の迎賓館。


 そこでは、王女であるスノーフィリアが今まさに結婚しようとしていた。


「スノーフィリア王女殿下、およびのコンフィ公爵のご来場!」

 一人の兵士の通った声が館内に響くと、今回の祭事に招かれた王族、上級貴族、有名芸術家、他国内外問わず一流と称される人々が、水流の模様が彫られた白磁の扉の方を向く。


「おお、これは美しい……」

「さすがは国石である雪宝石に喩えられるだけのお方。実に素晴らしい」

 間も無くして扉が悠然かつ仰々しい音をたてながら開いてゆくと、燕尾状に広がっている金縁の刺繍が施された白いマントを羽織り、同様の加工がされたジャケットとズボンを着こなした紳士と、ノースリーブで胸から切り返されているプリンセスラインのウェディングドレスを身に纏い、みつあみを月桂樹の冠をかぶる女神のように結った少女が、手を取り合いながら館内の赤いカーペットの上をゆっくり歩いてゆく。


「しかし、あの漁色家で有名なコンフィ公を婿に迎え入れるとは……」

「これ、殿下の御前で滅相な事を言うでない」

 これから二人は誓いを交わして永遠の伴侶となる。

 本来ならば無条件に祝福される儀式のはずだったが、一部参列者は良い反応を示さなかった。

 その理由はいくつかあった。


 一つ目は、婚約に至るまでの期間の短さと互いの関係の深さ度合い。

 この婚約は短期間に決められ、新郎新婦がお互いの事を”存在している”程度でしか知らない。

 そのせいで、冷たい政治的な印象が強いのである。


 二つ目は年の差。

 新郎のコンフィは三十代後半だが、新婦のスノーフィリアは今年で十歳になったばかりである。

 政略結婚とはいえ二十以上も離れており、かつ新婦が成人の儀を終えていない少女という組み合わせは、長い水神の国の歴史上初めてだった。


 三つ目は新郎の素行の悪さ。

 新婦であるスノーフィリアは水神の国の姫君で、王位継承権を持つ正真正銘の王族である。

 物腰も王族としては柔らかく、いかなる階級や位の人物にも分け隔てなく接するお陰か、身分や年齢や性別を問わず人気が高い。

 新郎のコンフィは行政面において多数の功績をたてた優秀な人物であり、水神の国を財務官にして代々内政面を支えている名門貴族セントゥリア家の現当主の座に就いている。

 一方で国内随一の漁色家であり、気に入った女性は見境なしに自分の物にしてしまい、飽きたら鼻をかむ布のように雑に扱い、最後はごみの様に捨ててしまうという噂がたっている。


「まぁ良い噂は聞かぬが、彼の政治手腕が確かなのは事実だ。成人の儀も終わっていない十歳の”何も知らない幼子”にこの国の命運を委ねるよりかはまだ良いと国王も判断したのだろう」

「そなたも中々言いますな」

 水神の国には男児の跡継ぎがなく、国王と王妃の年齢はどちらも五十後半と老齢だ。

 このままではアクアクラウン一族の血が潰えてしまうと危惧したのだろうか、十二歳の誕生日に行う成人の儀を待たずして婚約を急いだという背景もある。


 これらの理由のせいで二人の結婚は、愛の結実というよりも”国や大人の為に都合よく売られた少女と、その少女を買った下賎な男”という印象がどうしても払拭できずにいる。

 貴族の間では、”高貴な雪宝石を泥と煤で磨く行為”と揶揄されているくらいだ。


 そんな悪い噂が絶えない中、彼女は新郎の手を離すとロングトレーンが椅子に絡まないよう使用人に手伝われながら、館の一番奥にある主賓席へついた。

 スノーフィリアはそんな悪い噂が聞こえなかったのか、はたまた気にしていないのか、表情を一切変えずうっすらと笑みを浮かべたまま、何気なくこの祭事に参加している人々を見る。


「あれ、あの方は……?」

 立場上、祭事や園遊会、パーティの類には昔から数え切れない程参加しており、たとえ今回がイベントの当事者、かつ自身にとって特別な日であったとしても見慣れた風景に変わりは無い。

 事実、参加者の多くはほぼ固定されており、スノーフィリアが知っている顔も多い。

 そんないつもの光景の中で、ふと目を留めた。


「姫……、あの女性が気になるのですか?」

「ええ。とても綺麗な方ですし、変わったデザインのドレスを着ておられますね」

 スノーフィリアの目線の先に居た少女。

 年齢は一回りくらい上だろうか。

 腰まである長い黒髪は綺麗に切り揃えられており、釣り目とも垂れ目ともいえないスカーレットの瞳には強い意思が宿っている。

 服装はスカートや飾り帯は良くみるドレスのシルエットと同じだが、大きく広がった袖の上着やドレスの柄はスノーフィリアが今まで見た事がない物だった。

 しかしそれらが奇妙なまでにマッチしているのは、着ている人の見た目のせいなのかもしれない。


「彼女をお呼びしましょう」

 姫の興味に答えようとコンフィは、笑顔のままそう言いながら傍にいた召使いへ目線で合図する。

 召使いは何も言わず頭を軽く下げると、スノーフィリアが気になった少女のもとへ向かい、彼女を呼んだ。


「お初にお目にかかります王女殿下。私はブロッサム家当主です。サクヤとお呼びくださいませ」

 水神の国は元々単一国家ではない。

 かつて世界を襲った大洪水から人類を救うべく箱舟を建造したノア一族を核とし、他の小国や集落を併合して出来た国である。

 ブロッサム家もそんな”併合された国”の一つであり、かつて花の国と呼ばれていた国家を統治していた女王の一族であった。

 女系家族であり、その容姿の美しさから併合と同時にノア一族の遠縁の家に嫁いだが、家の当主が不慮の事故に見舞われて命を落としまい、以降その家の資産と領地を受け継いでいる。

 若くして未亡人となったサクヤは旧姓であるブロッサムの名前を復活させ、そして現在に至るというわけだ。


「サクヤ……?」

 サクヤと自称する少女の家柄は、国の歴史を勉強していく過程で知っていた。

 しかし、彼女の本名はチェリーのはずなのに、何故サクヤと自称しているのかが解らなかったスノーフィリアは、不思議そうな顔で彼女を見た。


「はい。ここより遥か東方にある島国では、私の名前にまつわる神がいるらしく、その名を借りております」

 その事を察したサクヤは、自身の愛称の由来を高くも低くも無いが通った声ではっきりと伝えた。


「今着ているこの衣装も我々が祭事で身につけるドレスのデザインを流用しつつ、上着の形や柄は東方の国の衣装を模してます」

 さらにサクヤはスノーフィリアが気になっているであろう、自身が身につけているドレスに関しても同様の口調で答えた。


「とても素敵です」

 サクヤの”スノーフィリアが姫だから特別媚びるわけでも、知識をひけらかし優位に立つために威張るわけでもない対応”に、とても好感を抱いてしまう。


「王女殿下にそのようなお言葉をかけていただき、とても嬉しく存じます」

 サクヤはそんなスノーフィリアの満足した様子を確認すると、笑顔でスカートを軽くたくし上げて会釈し、真っ直ぐに整った横髪が僅かに揺れる程度の速さで、向きを変えて去っていった。


「あんな綺麗な人が居たなんて……」

「姫は彼女の事が気に入ったようですな。今度我々の家に招いてみてはいかがでしょう?」

「ええ、そうですね。来てくれるとよいのですが」

 ほんの少し言葉を交わしただけだった。

 話した内容もごく平凡だった。

 それでもサクヤの印象は強く、彼女の凛とした態度が心地よい余韻として頭の中から離れずにいた。


 主役である姫に呼び出され、会話をしていた時以外はサクヤの事を見ている者など誰もいなかった。

 事実、他の貴族や著名人は皆スノーフィリアに注目しつつ、他の参加者との親睦を深めている。


 しかし花嫁本人が、かつて小国を統治していた一族とはいえ、いち参加者でしかないサクヤの方を気にしているのである。

 そんなスノーフィリアの思いを察した新郎のコンフィ公爵は、なにも言わずに小さな子供をなだめるような笑顔を見せるだけだった。


 スノーフィリアとサクヤの出会いから間も無く、主賓席で待っていた国王が立ち上がる。


「此度は、わが娘スノーフィリアの婚約の儀に参列していただき誠に感謝する。諸侯らには、娘の新たな門出を祝福していただきたい」

 ざわついていた会場は咳払いやくしゃみをするのも申し訳ない程静かになり、全員が国王の方へと体を向けて直々の挨拶に耳を傾ける。


「では乾杯の……」

 簡易な作りだが紛れも無く一級品であろう乳白色の杯を高らかに持ち上げ、国王が娘の第二の人生を祝福しようとしたその時――。

イラスト:だらぶち

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