198. 怒りの炎が向かう先
三人は地霊の国にある、三番目の獣人の集落へと向かう。
村の人達に事情を説明し、馬車を借りて目的の場所へ可能な限り急いだ。
「どうやら間に合ったみたいですね」
「良かった……」
その甲斐あってか、ユキの眼下にはのんびりとした日常生活を営んでいる獣人達の姿が見えた。
「人間……、ここに何の様だ?」
集落に入ってすぐ側に居た、体格のいい男の獣人が農作業をしている手を止めて話しかけてくる。
その攻撃的な口調は好意的とは程遠く、眉間にしわを寄せている彼らからは、敵意しか感じられない。
「実は――」
ユキはそれでも怖気づく事は無く、これ以上の犠牲を増やさせないという強い信念を胸に、自分達が敵では無い事と、他の場所に住んでいた獣人達がどうなったかを必死になって伝えた。
「そうか、他の集落が全滅……」
「ねーねーとーちゃん、ぜんめつってなぁに?」
「ふむ……、この人達と大事な話をするから向こうへ行ってな」
「ぶーぶー、つまんない」
彼の子供と思われる、ユキよりも小柄な獣人の子が話に割ってくる。
しかし、その話は子供が聞いて愉快な内容では無かったので、獣人の男は適当にあしらった。
「あんた達も既に知っていると思うが、うちらの中の一部が酷い事をしたのは事実だ」
子供が遠くへ行き、この場所には四人しか居なくなった事を確認した獣人の男は、近くにあった適当な大きさの石へ座ると、ため息交じりに語り始める。
「でもな、ここには子供も居る」
その言葉と共に、ユキ達は遠くの景色を見る。
そこには、先ほどあしらわれた子供が、他の同年代の獣人の子らと仲良く遊んでいる様子があった。
「別に許せなんて言わない、共存も望まない」
獣人の男は、首にかけていたぼろぼろの布で汗を拭う。
「ただ、そっとしておいて欲しいだけなのだ……」
そして、その布を強く握り締めながら、どこかやりきれない様子でそう言った。
獣人と人間は、対立関係にあった。
二本の足で歩く事は人と同じだが、人とは到底思えない醜悪な見た目によって、彼らは差別されてきた。
中にはその差別を無くそうとした者もいたが、それも逆効果となってしまった。
その結果、人も滅多に寄り付かない辺境の地で、細々と過ごしている者が大半である。
「……」
ユキはこの時、自身の胸に手を当てて考えた。
苦しんでいる人達には、当然この獣人達も入っている。
なら、その人達を救うにはどうすればいいのか?
長い年月をかけて育まれたわだかまり、そこから生まれた憎悪を乗り越えるのは途方も無く険しい。
それでも、このままではいけない……。
「自分達の犯した罪から逃げて安寧の日々を求めるか、つぐつぐ救われないな」
深く、ゆっくりと熟考している中、三人の後ろから声が聞こえてくる。
「あなたは!」
そこには、青年剣士が立っていた。
彼は既に腰に下げていた剣を抜いており、今にも獣人達を襲うとせんばかりの気迫を放っていた。
「またお前達か」
「ユキ様、ここは私にお任せ下さい」
変身や召喚術は間に合わない。
それを察したルリフィーネは、青年剣士の前へと立つと、腰を落として彼の襲撃に備えた。
「何だ、俺に立ち向かうのか? そいつらをかばうのか? ははっ、ははははっ!!!」
青年剣士は首をかしげながら、呆れた笑顔でそう告げると、幾度か乾いた笑いをした。
その時もルリフィーネは、ただじっと相手を見据えたまま警戒を解かない。
「ううっ……、ぐぐっ……」
突然、今まで笑っていた青年剣士が、頭を抱えて苦しみだす。
彼のあまりにも突拍子も無い行動に、ユキとマリネは戸惑ってしまうが、それでもルリフィーネは一切気持ちを緩めたりはしない。
実はこの時、獣人達によって辱めを受けた女王や王女、そして自身の母親や妹の姿をユキ達に重ねていたのだ。
過去のトラウマが蘇り、彼は酷い精神的苦痛と嫌悪感に苛まれていたのだ。
「殺すッ! 俺から何もかもを奪った獣人達を、一匹残らず根絶やしにしてやるッ!!!」
それら負の感情は、彼の怒りの炎の火力をさらにあげる燃材となる。
青年剣士はゆっくりと顔を上げて髪をくしゃくしゃに掻き毟ると、その端麗な顔つきに似合わないくらいに表情をゆがめながら、ルリフィーネへと襲い掛かった。




