182. サクヤとユキの旅 ~憤り、行き止まり、立ち進む~
「あのおぞましい男は母だけでは飽き足らず、私を側室として迎え入れると、私にも夜伽を強要してきたわ」
「ううっ……」
「勿論、私は拒絶したわ。そうしたら何をしてきたと思う?」
彼女の話を聞けば聞くほど、食べた物が逆流してしまうくらいに気持ちが悪く、血液も凍りつくくらいの寒気がユキを襲った。
「私の母を父と同じ様に事故死に見せかけて殺害し、私を正妻にして、今度は領民を人質にしてきたわ」
サクヤの話す過去と、ユキの習った花の国の歴史が交わった瞬間だった。
ユキは泣いていた。
声をあげないように必死に両手で口を塞ぎながら、涙を数粒こぼした。
「私は大切な家族を失った。何もかもを奪われ、唯一与えられたのは汚らわしいあいつの相手という役割だけ!」
「じゃあ、サクヤは……」
「……従ったわ。そうするしか無かった」
少し昔、ユキはサクヤに酷い事をされてきた。
父親と母親を目の前で殺され、ココとの友情を嬲り、ユキ本人を洗脳して都合のいい手駒に変える。
本当ならば、女王の権限を使ってその場で即刻処刑されても文句は無い程の相手だった。
仮にそうしても、民衆は誰一人サクヤの味方をしないし、ユキは誰にも咎められない。
そんな相手であるにも関わらず、ユキは本気で悲しみ、彼女の境遇を憐れんだ。
「フランティーノの相手をするうちに、今まで軽蔑していた母の気持ちが解ってきた。そして親子二代、あいつの虜になってしまった。本当に情けないし、何も救われないわね……」
サクヤのした事は許されない。
どんな話を聞いても、何があったとしてもユキの中の気持ちや考えは変わらない。
「ううっ……」
でも、それでも!
こんな仕打ちなんて!
じゃあサクヤは何のために生まれてきたの?
何でここまで苦しい人生を歩まなきゃいけないの?
理不尽すぎる……、酷いよ!
ユキは何度も自問自答した。
両目の色が異なる大きな瞳からは涙がとめどなく流れ落ちた。
「もう私はこの甘い地獄から抜ける事は無いと絶望し、全てを諦めきった時だった。どこからか謎の声が聞こえたのよ」
「えっ、それって」
「その声に従った私は変身し、武器を呼び出す力に目覚めて、気がついたら私達家族を滅茶苦茶にしたゲス男が無残な姿になって死んでいた」
ユキは、サクヤの人生を踏み躙った男の呼び方が、だんだんと口汚い物に変わっている事に気づく。
「決して、”正義の味方”が助けてくれたわけじゃない。あいつが子供のように泣き叫びながら、私に許しを請う声が耳に残ってたから……」
仮にもしも自身の力の発現が遅れたら、サクヤと同じ人生を辿るのだろう。
だからこそユキは、彼女の不遇な人生に共感していた。
「……今日はこのくらいにするわ」
「うん」
自身の過去を話したサクヤは、一つ大きくため息をつくと、目を閉じて静かな寝息をたて始める。
ユキはサクヤの影が色濃く残る整った顔に様々な思いを抱きながら、涙を手で拭った後、椅子の上に体を横にして休息をとった。
翌日の朝。
船は目的の場所である東方の国へと到着する。
「ここが東方の国……」
ユキの目の前に広がる異国の地。
藁葺きの屋根と土壁で出来た家が並び、通り過ぎていく人々はサクヤが変身した時に身に纏っている服と似たようなデザインの服を着ている。
それらの人々が話している言葉は、ユキにとってまるで馴染みが無く、何を言っているのかさえ解らない。
しかし、世界共通の言語を使用してきた者にとっては、それら真新しい光景と体験は、不安と同じくらいの好奇心を駆り立てた。
「さあ、ついてきなさい」
「うん」
そんな中、いつもと変わらないサクヤは、ある小屋へと向かう。
小屋の主人とは見知った仲なのか、特別何も言葉を交わさず、視線だけでやり取りを済ませると、主人は木で出来た引き出しのたくさんついた家具から、二着の服を取り出してサクヤへ手渡す。
「普段の格好では目立ってしまうわ。これに着替えなさい」
異国では、格好がまるで違う二人。
たとえ雪宝石のペンダントによって身分を隠しきれても、普段のワンピース姿では不審がられてしまう。
だから、見た目を他の住民と合わせる必要があった。
サクヤのそんな計らいにユキは一つ頭を下げると、渡された服を見よう見真似で着替えていく。
「何だか変な感じ」
ユキは、サクヤから受け取った服に着替え終えると、近くにあった鏡で自身の姿を見ながらそう言う。
「着慣れていないから、最初はそうよ」
「なんて言うの?」
「服の名前? 着物っていうの、この国では身分問わず普段着にしているわ」
そして貰った衣装の名前が解ると、着物姿の自身を見ながら、銀色の明るい髪を手で触った。
「んー、サクヤは似合ってる。なんかずるい……」
明るい髪色と瞳の色と比べ、サクヤはこの国の住人と同じく黒い髪だ。
そのせいなのか、変身後の姿を見ているせいなのか。
着物を見事に着こなしているサクヤを見たユキは、自身の姿を何度か比較した後に、ぼそりと不満を一つ漏らした。
「そんな事はないわ。さあ、行くわよ」
「うん」
そんなユキに対して、サクヤは素っ気なくそう告げると、早々に建物から出て行く。
ユキは、着物を纏う自分の姿に違和感を覚えながら、サクヤの後を追って行った。




