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ゆきひめ ~六花天成譚詩曲~  作者: いのれん
Sixth Part. 国から国へ
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174. ルリフィーネの旅 ~執念と信念~

「えー、それでは、勝者となったフィレ陛下より一言賜りたいと思います」

 全ての勝敗が決した審判は、目線で他の兵士に合図を送ると、血溜まりの中で少しも動かないサラマンドラを背に国王の座を維持したフィレへ話しかける。


「おい、お前は来ないのか?」

 しかし、フィレは彼のへりくだったな態度を無視し、この戦いを見守っていたルリフィーネの方を向き彼女と試合をするか尋ねてきた。


「……」

「……ふん、つまらん」

 その問いに対してルリフィーネは、一切答えなかった。

 そもそも戦いに来たわけではないというのもあったが、それ以上にあの五番目の構えをものにしたサラマンドラをいとも容易く倒したフィレに、勝てる気がしなかったからだった。

 仮にここで出て行っても、改めて”現国王”の強さを誇示するだけになるだろう。


 戦いは終わった。

 たとえそれが、どんな結末であろうとも。


 誰もがそう思っていた。

 あまりにも呆気ない幕切れに、熱の行き場を失くした観客は少し不満そうにしながら、コロシアムから出て行こうとした。

 その時だった。


「空が……、だんだんと曇って……?」

 今まで雲一つ無い青空に、みるみると暗雲がたちこめていく。

 大した時間をおかずに、黒雲で日の光は遮られてしまい、雷鳴が轟きだす。


「お、おい、あれ!」

 天候の悪化と共に、観客の一人が声を震わせながら中央の方を指で差す。

 ルリフィーネは、彼の言葉に導かれるままそちらを向くと……。


「グゥオオオオオオ……」

「血が、蒸発している?」

 今までぐったりとしていて、生きているかどうかすら危うい感じだったサラマンドラが、まるで獣のように低い唸り声をあげながら立っており、彼の体から流れ出ている血が蒸発すると共に五番目の構えの時のような赤黒い波動が、陽炎のようにゆらゆらと彼の周囲の景色を歪ませている。


「”あなた”は、偉大な存在だった。私の目標であり、人生だった」

 サラマンドラが今どういう状況で、これからどうなってしまうのか。

 彼の様子を見て瞬時に理解したフィレは、審判を務めていた高官を突き飛ばして石畳の上から追い出すと……。


「だからこそ、私が”お前”を終わらせてやる!」

 再び自身の五番目の構えをとった。


「グゥワァァァーーー!!!」

 フィレの戦う意思に呼応しサラマンドラは、赤黒い波動を纏いながら血に餓えた野獣の如く、散々負かされた彼女へ一切の躊躇いもなく襲いかかった!


「あれは、何……?」

 あれだけぼろぼろだったのに、どうしてまた立ち上がったのか?

 サラマンドラは何故あのように我を失ってしまったのか?


「ふーむ、まずい事になってしまったの」

 そうルリフィーネが戸惑っている時。

 彼女の背後から、懐かしい声が聞こえてくる。


「シウバさん! どうしてここへ?」

 ルリフィーネが後ろを振り返ると、そこには少し前に世話になったシウバとアルパが居た。


「あんなんでも息子だからの。どんなもんかこっそり見に来たんよ」

「なるほど……」

 シウバ老師は身寄りのないサラマンドラを育てて、武術を教えた。

 血の繋がりは無く、傍から見れば悪態をつきあうのが日常だ。

 だがそんな仲だからこそ、血の繋がっている親子と同じくらいに深い絆が二人の間にはある事を感じたルリフィーネは、感心しつつも胸の中を温かくした。


「それで、あの状態は一体?」

 しかし、そんな最中でも石畳の上では獰猛なサラマンドラと冷静なフィレの、激しい攻防が続いている。

 ルリフィーネは、彼の常軌を逸した状態について何か知らないか、シウバへ聞いた。


「あの馬鹿者の五番目の構えというのはな、人間ならば誰もが持っている物を増幅させているんよ」

「誰もが持っている物?」

「勝ちたい、相手を打ち負かしたい、誰よりも優れていたい。その為ならば力ずくでも、たとえ相手を殺してでも成そうとする……」

 この時、ルリフィーネはサラマンドラの今までの言動を振り返る。

 そして、彼が強さと勝利に人一倍執着があった事に気づき、神妙な面持ちのままシウバの方を見返した。


「そんな強い気持ちを昂らせる事で、あいつは前人未到の境地へ至ったんよ」

 ルリフィーネの思考の正しさを証明するかのようにシウバは腰の後ろで自身の手を握ると、ゆっくりと一つだけ頷いた後、サラマンドラとフィレが死闘を繰り広げている場所へ視線を向けていく。


「まぁ気持ちが制御出来ている内はええさね。だが制御できず暴走し、己の感情に飲み込まれてしまえば、獣と変わらないんよ。哀れだの」

 確かに今のサラマンドラの動きは、無秩序で雑然としており、武術の動きや作法を一切無視した、まるで腹を空かせた肉食獣が、餌を狩る時のように残虐で獰猛だ。

 そうルリフィーネは思いながら、再びコロシアム中央へ視線を戻した。


「対してフィレは違った」

「違う? 何が違うのですか?」

「あいつには誇りがあるんよ。あいつには人間としての尊厳と、それを守ろうとする気高く輝かしい心がある」

 怒り狂ったサラマンドラとは逆にフィレの動きは精密正確で、一つ一つの動きがまるで水面の上を優雅に泳ぎ、飛び舞う鳥のようだった。


「……そこまで辿りつけるなんて想像もしてなかったわ」

 彼女の完璧とも言える動きに、ルリフィーネは敵ながら感動しつつも、ある疑問が湧きあがる。


 サラマンドラもフィレも、何故そこまで強さを求め、勝利に拘るのか?

 只ならぬ因縁があるとは感じていた、けれども具体的に二人の間に何があったのか?


 まだ解らない二人の過去について考えている中、サラマンドラとフィレの戦いに異変が生じる。


「くっ……」

 今までフィレは、サラマンドラの攻撃を受け止め、受け流し、そして急所へ幾度も反撃をしてきた。

 だが獰猛な獣と化したサラマンドラは、フィレの拳をどれだけ受けようとも動きを一切止めなかったのだ。


「だが、人としてのタガが外れた者は、人では止められん」

 そんな戦いの変化をシウバも見逃してはおらず、独り言のように意味深な事をつぶやくと、背中や腕を何度か伸ばして準備運動をする。

 それら一連の動作を終えると、側に居たアルパへ目線で一つ合図し、何も言わずコロシアム中央へゆっくりと歩いて行った。

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