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ゆきひめ ~六花天成譚詩曲~  作者: いのれん
Rurifine Part. 傍から側へ、そして……
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167. 夜に花咲く桜は折れない

 スノーフィリアは懸命に戦った。

 親愛なるメイドのルリフィーネを取り返す為に、必死にあがいた。


 しかし、それらは全て徒労に終わった。

 召喚術が一切通じない。

 その事実は、彼女の今までの自信をことごとく打ち崩していった。

 結果、ただ力なく座り込み泣きじゃくるだけの、”ただの少女”と等しい存在に成り果ててしまったのだ。

 このままルリフィーネはマザーと一つなり、強引な謁見をした者達には死の裁きが下る。


「何をやっているの?」

 だが、サクヤはその冷酷な現実を認めなかった。

 涙を流し、声をあげて泣いているスノーフィリアの両肩に手を置き、目と目を合わせてそう問いかけた。


「だって……、だって……、召喚術が……」

 しかしスノーフィリアは、サクヤがそうする意味を理解出来なかった。

 それは、思考を絶望が支配しているせいで、理解する余裕が無かったからだった。


 そんな腑抜けたスノーフィリアを見たサクヤは、ぐっと歯を食いしばると……。


「痛い……」

 ”ただの少女”の頬を強く引っ叩いた。


「あなた、まだ解ってないの?」

「えっ……」

「あなたには全てを覆す力がある。それをまだ全て見せていない」

「やったよ! 召喚術だって使った! でも――」

「まだあるじゃない……」

 サクヤは、懸命に訴えた。

 スノーフィリアには、見せていない力があるという事を。

 ”ただの少女”の、涙に濡れた女々しい反論も無視し、まだ希望がある事を力強く伝えた。


「いいの? このままじゃルリフィーネとあなたは二度と会えなくなるわ」

 最愛の人との別れを、明確に伝えた瞬間だった。

 絶望に暮れていた少女の体がびくりと震えると、折れた気持ちと下ろした腰をゆっくりと上げていく。


「嫌……、私はそんなの嫌! もうルリと離れたくない……。私はどうなってもいいから、だからルリだけは……、ルリだけはとらないで!」

 再び奮い立ったスノーフィリアは、顔を何度も横に振りながら、この現状と結末を否定した。

 仲間や大切な人を失うという終末を拒絶し、幸せになる未来を欲した。


解放する(リリースオブ・サーク)白雪天使のレッドエンジェル・エキスト真髄(ラエッセンス)!」

 そしてその願いと祈り、信念を胸に、彼女は今まで自身でも恐れていた力を解き放った。

 すると、強い気持ちに答えるかのように、スノーフィリア自身から大量の光の波が溢れ出て、瞬く間に女王とその周囲を包み込んでいく。


「六花繚乱! アーク・スノーフィリア聖装解放!」

 やがて光がおさまると、そこには今まで泣いていた少女の姿は無かった。

 煌く長い銀色の髪、大きなパフスリーブと姫袖で可憐さを残しつつ、深いスリットと裾にいくほど透けたスカートで大人びた印象も他者に与えるドレス、神々しい光を放っている背中の一対の翼。


 この瞬間、機械の世界に天使が舞い降りた。


「はぁ……」

 天使スノーフィリアは、自身の沸きあがってくる感情を一つ大きく呼吸する事によって抑えると、強い輝きを宿した明るい緑色の瞳で、マザーへ引き寄せられているルリフィーネの方を見つめ……。


「ルリ、お願い戻ってきて……」

 かつてサクヤと戦った時のように、自身の使用人の方へゆっくりと近寄り、彼女の背中へ覆い被さろうとした。


「ううっ!」

 だが、天使の思惑は外れてしまう。

 ルリフィーネの体に触れようとした瞬間、天使スノーフィリアは蜘蛛の糸にひっかかった蝶のように、翼を広げたまま動けなくなってしまい、それと同時に苦痛の声をあげながら苦悶の表情をしたのだ。


「ほぉ……。まさか空想上の生物が出てくるとは、想定の範囲外です」

 マザーも、まさか天使が降り立つ事は予想外だったらしく、無味乾燥な映像とは裏腹に感嘆の声を漏らす。


「うう……、うああああっ!!!!」

「ですが、ワタシの計画に支障はありませんね」

 しかし、苦しみの叫び声を上げる天使スノーフィリアに対して、マザーはいたって冷静だった。


「無駄と言っているでしょう?」

「くっ……!」

 サクヤは味方に当たらないよう、攻撃を再開した。

 数多の銃撃、幾多の爆撃、無数の砲撃を休み無く続けた。


「くううぅぅ……!」

 武器の召喚には、精神的な負荷がかかる。

 これまで、あらゆる種類の武器を呼び出し続けたサクヤは限界をとっくの前に迎えており、普段から冷静な彼女の顔には、誰の目からも解るくらいに苦痛と疲労が色濃く出ていた。


「こ、こんな場所で……」

 重火器による攻撃が通じず、ついに武器を呼び出すための力も使い果たしたサクヤは、ふらつきながらも捕らわれの天使へと近寄っていき。


「こんな場所で、折角掴んだ希望を手放さない……!」

 そして苦しむスノーフィリアを、力ずくで無理矢理マザーの呪縛から解き放とうとした。


「あああっ!」

「愚かな事を……」

 当然サクヤも、スノーフィリアと同じ様にマザーの罠へとかかってしまい、天使と同じ様に全身が引き裂かれそうな強烈な苦痛に襲われてしまう。

 そんな二人をマザーは、どこか呆れた様子で見下した。


「ううぅ……、ううあぁぁ……」

 二人が苦しむ中、先に罠にかかったスノーフィリアにある変化が訪れる。

 苦しむ叫び声が唸るような声へと変わり、体が小刻みに痙攣し、綺麗なドレスの股部分には小水で漏らした事による染みがじわりと広がっていく。

「残念でしたね。もうすぐ天使は死ぬ。実に愚かでしたよ」

 マザーは、天使の命が風前の灯火である証明である事を分析し判断すると、神にも等しい存在へ立ち向かった者達を嘲笑した。


「お、愚かなのは……、あ、あなたよ……っ!」

 サクヤは、頭がおかしくなってしまう程の苦痛の中でも、まだ諦めなかった。

 自由の奪われた体を、強靭な精神力でどうにか動かしていき、息と意識が途絶えかけているスノーフィリアの体をぐっと掴むと、そのまま自身の体重をかけてマザーから引き離そうとする。


 そして、サクヤの決死の行動が身を結び、二人はどうにかマザーの罠から離れる事に成功した。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

「ほう、ワタシのフィールドから抜け出せるとは……」

 まさか、自ら用意した罠を抜けられると思っていなかったのか。

 マザーは天使が舞い降りた時と、同じ反応を示す。


「サクヤ……、ごめんなさい……」

 二人は罠から脱出出来た。

 だが、スノーフィリアにはもう戦える力は残されていなかった。

 サクヤの手を握る天使の力はとても弱く、このまま放っておけば、マザーが手を下すまでもなく息絶えてしまうだろう。

 光を失った虚ろな眼差しでサクヤの方を見ると、自身の無力さとルリフィーネを奪われる事に対して無念な気持ちを抱きながら、一粒の涙をこぼした。


「大丈夫よ。これで勝機が出来たから」

 二人ともぼろぼろであり、もはや彼女らが得意とする召喚術を使う事は出来ない。

 だがサクヤはそんなスノーフィリアの手を取り、ぎゅっと強く握りながら意味深な言葉を告げた。

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