162. パラレル・ディストピア ~母を訪ねて①~
光がおさまると、全員は機械の世界へ降り立つ。
二つの世界を繋ぐポータルの周囲は、相変わらず生き物の姿が見られない荒野が広がっている。
「本当にあるなんて……」
初めてこの世界へ来たサクヤは、深い呼吸の後にそう呟きながら、僅かな時間だけ目を見開いた。
「ふーん、あなたでも驚くんだ」
いつも平静を保っているサクヤの驚きの表情を見たミズカは、横目で見ながらそう言った。
この時、昔の様に”おねえ”と言わなかった様子から、周囲の人達は彼女には明確な心の溝がある事を再確認させられてしまった。
「ええ、そうですよ。ミズカ」
「気安く名前を呼ばないで!」
そんなミズカに対してサクヤは、かつて新世界で行動を共にしていた時の同じ様に返事をする。
しかし、昔の様に呼び捨てにされた途端、ミズカは顔を真っ赤にしながら、物静かなサクヤとは逆に声を大にして憤りと怒りを露にした。
「ほらほら、早速つっかからないの」
二人の不毛な争いが始まろうとした時だった。
マリネが冷静な口調で二人の間に入り、ミズカの一方的な言い争いを仲裁しようと試みる。
ミズカはここへ来る直前に言われた事を思い出したのか、サクヤに対してそっぽ向いた。
どうにか仲間割れは食い止めたが、この雰囲気の悪さまでは改善されなかった。
「あ、あの、街の入り口まで行けばいいんだよね?」
ユキはこの空気を変えようとするべく、変身と召喚術を使って街まで案内する事を提案する。
「そうね。ユキちゃん助かるわねえ」
「何度も申し訳ございません」
「ううん、歩くの大変だからね」
ユキの言葉に対してマリネは手を合わせて喜び、ルリフィーネは頭を深々と下げた。
彼女達の好意的な態度にユキは少し謙遜すると、意識を集中させて変身し、前回と同じ方法で一行を街まで運んだ。
馬車は前回と同様、とてつもない速度で一行を運んでいき、あっという間に現地へと到着してしまう。
「着いたわね」
「うん」
「これは……、凄いですね」
サクヤは太陽の光を反射する流線型の建造物郡を見て、かつてのユキやマリネと同様に圧倒されてしまっていた。
「うぅ……」
そんな中ミズカはその場で口元を押さえながら、うずくまってしまう。
この時、体を動かしていないのにも関わらず息づかいは荒く、彼女の顔色はあまり良くない。
「ミズカ大丈夫?」
「前は我慢できたけれども……。あの馬車、酔うんだよね……。うぷっ……」
ミズカはどうやら乗り物酔いをしたようだ。
その様子を見たルリフィーネは、ミズカの側へ寄ると背中を優しく何度も擦り続ける。
くろとマリネは今後の事について話し合い、サクヤは一人で遠い景色を見つめ、ユキはルリフィーネの側に居てミズカを一緒に介抱し、各々は仲間が立ち直るまでの時間を潰した。
それから少し時間が経ち……。
ルリフィーネの介抱の甲斐あってか、ミズカはどうにか酔いから醒める事が出来た。
「ありがとう、大分楽になったよ。ユキがメイドさんの事頼る気持ち、少し解ったかも」
「いえいえ、元気になられて何よりです。では、行きましょう」
まだ本調子とはいえないが、ひとりで歩けるには回復したようだ。
ミズカの笑顔で感謝の気持ちに対してルリフィーネが頭を下げた。
その後、道中他の機械にばれないように、一行をアイザック達の居る隠れ家へと案内した。
「よく戻って来てくれた。礼を言う」
「あの、どこまで戦力になるかは解りませんが……、全力で頑張ります」
「感謝する」
そして隠れ家に到着した一行は、水神の国の代表であるユキが機械達の代表であるアイザックと一言ずつ言葉を交わした後に握手をし、互いが力を合わせて目的を達成する意思を確認しあった。
「ねえマリネ」
「どうしたのかしら?」
「結局、魔術が使えない問題は解決したの? このままじゃ足手まといだよ?」
全員は協力する意思のもと、ここに着ているのは解っていた。
しかし、機械の世界では魔術を使う事が出来ない。
当然、その問題の解決策はまだ誰も言っていなかったが……。
「まあ、お楽しみよ。大丈夫、きっと戦力になるわ」
「ほーん」
「そういうミズカはどうなの?」
「私もお楽しみだね! ふふん」
「期待しているわよ?」
ミズカとマリネも、この短期間で何やら対策を考えてきたらしく、互いは腕を組みながら不敵な笑みを見せ合った。
「じゃあ、この図を見てくれ」
その最中、アイザックはそう一声発すると、前回と同じ様にビーズのような物をポケットから取り出し、それから一枚の地図が浮かび上がった。
「前も見せたが、ここが現在の我々の位置で、ここがマザーが居る中央制御室だ」
何も無いところに突如現れた光り輝く地図を指で示しながら、今居る場所とこれから向かうべき場所を説明していく。
「ここまで五枚のセキュリティがある」
そして、彼が指でなぞった通路と思わしき一本の線には、言葉の通り五枚の壁のような記号が書かれていた。
ユキらは、この壁が邪魔をしていて先に進めないのだろうと思いながら、何度か頷きつつ彼の言葉に耳を傾け続ける。
「だが、我々が調べた結果、最初の三枚はルリフィーネだけで開ける事が出来る」
その言葉を聞き終えた一行は、ルリフィーネの方を見る。
全員と目線があった”ユキ達の世界の住人であり、機械の世界で生まれた少女”は、首を少しだけ横に傾けて、何も言わず笑顔で返した。
「どうして、三枚だけなのでしょうか? ルリフィーネはそのマザーにとって重要な存在なはずなのに」
「それは解らない」
「過去に進入したのでしょう?」
「これはその時の経路ではないからな。前使った経路は封鎖された」
マザーの目的は、アイザックら旧世代の機械の処分と、自身の一部となるルリフィーネの奪還である。
それならば、帰ってきて欲しい存在をどうして拒むのだろうか?
サクヤの放った疑問の波紋はたちまち広がっていき、全員は答えの出ない悩みの渦へと飲み込まれていってしまった。
「残り二枚をどうするかだが……」
「ふふん、そこで私達の魔術の出番ってわけね」
その時、サクヤに対抗するかのようにミズカが両手を腰当てながら、鼻を鳴らして言う。
「そうだ」
「力ずくで行くの?」
「それでもいいが、壁は特殊合金で出来ていて熱や衝撃に強い、我々の手持ちの武装ではとても不可能だ」
「私の魔術はあらゆる物質を分解するから、まぁ実際に見てみないと解らないけど多分大丈夫だよ」
「物質の分解まで行えるのか……、一概に我々の科学が勝っているとも思えなくなってきたな」
「でしょー」
ミズカの魔術は、魔術による加工が成された事によって強度を大幅に増したプレートアーマーを纏った騎士すらも、消滅させられる。
まさに”力ずく”で行くにはうってつけだったのだ。
「じゃあ、残り二枚の扉はミズカに任せるとして、そのマザーが居る部屋にたどり着いたらどうするのかしら?」
「この記憶媒体をマザー本体へ差し込めばよい」
アイザックはそう言うと、ポケットの中から一本の、片方が金属むき出しになっている棒状の機械を取り出す。
「それがどういう物かは解らないけれど、意外とあっさりしているのね」
「作戦は単純な方が成功率は高い」
その言葉を聞いた瞬間、今まで笑顔で前向きに話を聞いていたマリネとミズカの表情が曇る。
「……」
「……」
「どうした? 不満か?」
その原因は、かつて新世界のメンバーとして共に行動していた男を思い出したからだったが、当然アイザックはその事を知らなかったため、彼女らの気持ちに変化が生じた事を疑問視していた。
「いいえ、こっちの事だから気にしないで」
そしてミズカは、怒りの眼差しでサクヤの方を睨む。
再び仲間同士の言い争いが始まらないよう、マリネはそう言いながら二人の間に割って入った。
「作戦の説明は終わったようですね。それでは私は別室で休ませて貰います」
「部屋はそこの角を曲がったところに人数分ある、自由に使ってくれ」
この雰囲気を察したのか、サクヤは無表情のまま用意されていた部屋に行ってしまった。
「マザーは毎日の早朝どこかのタイミングでバックアップを取り、防衛プログラムの動作が最低限になる。その時に作戦を決行する」
「ほおほお」
「その時までまだ時間がある、お前達は休むといい」
そして残された人たちも、聞いた話を租借して理解するためや、身体の休息、また心の休息のため、サクヤの後を追う様に部屋のある場所へと向かった。




