143. 日常という非日常 ~セーラの学校生活編①~
スノーフィリアがルリフィーネやサクヤとブルンテウン地区へ向かう少し前の事。
王都のはずれにある貴族の家にて。
朝。
小鳥のさえずりと、暖かな朝日が窓から漏れる。
少女はその心地よい光と音に反応して目覚めると、一切の眠気を残さず井戸へ行き顔を洗い、自室に戻り寝間着を手際よく脱いでいく。
そして昔仲間が用意してくれた、大きく広がった姫袖と丈の短いスカートとセーラーカラーが特徴的な、可愛らしい衣装へ着替える。
着替えが終わり、服のしわを手で簡単に伸ばすと今度は髪の手入れをしていく。
一つに結っていた髪を解いて梳き、濡れているかのようにつややかで柔らかい黒髪を両サイドに結い、いつものツインテールに仕立てていく。
身だしなみを整え、鏡で確認をし終えると、部屋を出ていき食卓へと向かった。
「おはよう。セーラちゃん」
「おはようございます」
そこには、五十過ぎの老婆が自分のペースで朝食を用意している姿があった。
老婆はセーラに気づき、しわだらけの顔をくしゃくしゃになるくらいの笑顔で挨拶をすると、それとは対照的にセーラは、無機質な笑顔で丁寧な挨拶で返した。
「朝ごはんの準備、私も手伝います」
「いつも悪いわねえ」
セーラは食事の手伝う事を一言伝えると、手際よく準備を済ませていく。
「ごちそうさまでした。じゃあいってきます」
「いってらっしゃい」
そして準備を終えると食卓につき、机の上に並べられた料理を残さず食べきると、空の食器を片付けカバンを持ち家を出て行った。
セーラはスノーフィリアが女王になってから、この家で生活している。
”ただの兵器として改造されてしまった少女に、もっと人間らしい生活をして欲しい”という女王の願いにより、伴侶に先立たれ、身寄りも無く一人で過ごしていたこの老婆と過ごす事になったのだ。
当然老婆はセーラの過去や正体を知っており、女王もこの無味乾燥の少女が容易に引き取られるとは思っていなかった。
だが老婆はスノーフィリアの願いを、快諾したのである。
まさかすんなりいくとは思わなかった故に、セーラを引き取る理由を聞いたが、老婆はあまり多くを語らなかった。
こうしてセーラの日常が始まったのである。
普段は女王や要人の警護の仕事を勤め、それが無い時は国内の教育機関の最高峰である”箱庭”の付属幼年学校へ、自身の過去を隠して学生として過ごしている。
これは、そんなセーラのごく日常を描いた話である。
――箱庭付属幼年学校にて。
「おはよ! セーラちゃん!」
教室に入ろうとしたセーラを、背後から呼ぶ快活な声が聞こえてくる。
セーラは振り向くと、そこには明るいオレンジ色のショートヘアと同色の瞳の、セーラより小柄の少女が居た。
「おはようございます。とりてあさん」
彼女の本当の名前はトリーティアである。
しかし、本人が”可愛いけれど格式ばってて嫌だから”という理由で、セーラにはとりてあと呼んで欲しいと言ったのだ。
以降、セーラは彼女をそう呼んでいる。
「はい、とりさんだよ! ってもー、相変わらずよそよそしいなあ」
元々セーラは孤独だった。
それは、親切にされても心無い事をされても反応に人間味が無いからだ。
その結果、入学当初は物珍しさで関わろうとする人も居たが、今ではこのとりてあただ一人になってしまったのである。
無感情なセーラに、どうしてここまで接するかを誰も理解出来ず、今ではそんな健気なとりてあも奇特な目で見られてしまっている。
「ささ、教室にはいろ!」
「はい」
それでもとりてあは気にせず、セーラに関わり続けていた。
そして今日もまた、いつもの一方的な付き合いが始まろうとしている。
――本日の授業が終わり、生徒達が家へ帰ろうとしていた時。
「ねね、セーラちゃん」
「はい、なんでしょうか?」
セーラは淡々と支度を済ませて帰ろうとしていた時、とりてあに呼び止められしまう。
「セーラちゃんって、普段は女王様の警護やってるんだよね?」
「はい」
「女王様ってどんな人なの? 見た目は……、すっごい可愛いけれども話したこと無いからなあ」
その質問に対しての明確な答えをセーラは持っていなかった。
何故なら、セーラは”そういう目”でスノーフィリアを見た事が無く、またセーラ自身もそういった感情が無かったからだ。
「スノーフィリア陛下は、私の大切な人です」
それでも無言のままでは悪いと思い、作った笑顔をしながらそう一言だけ答えた。
「ほおほお、忠義が厚いねえ! ”陛下! 私がお守りします~!” とかかっこいいっ!」
そんな答えに対してとりてあは、セーラとは逆に目を輝かせ何度も頷きながら耳を傾ける。
「じゃあさ、その可愛い服はどうしたの? 女王様から賜ったの?」
「これはスノーフィリア陛下の仲間の方から譲り受けました」
「きっとセンスいい人なんだろうなあ、いいなあ」
「あの、とりてあさん」
「はい、とりさんですっ! って呼び捨てでいいのに~。それでなぁに?」
「どうして私の事をそんなに聞くのですか?」
セーラはずっと気になっていた。
このとりてあという少女が、自身と関わる事で周囲から変人扱いされている事は解っていた。
自分が組織の手で生み出された生体兵器ジョーカードールであり、そのせいで本来人に備わった感情が無いのも自覚しており、普通の人なら”そんなつまらない人形”をこうも執拗に相手するわけがないと信じていたからだ。
だからこそ、自身を大切に思ってくれているのは、いろんな意味で特別なスノーフィリアだけで、それ以外の”普通の人ら”は真に打ち解けるなんてありえないと疑わなかった。
「セーラちゃんって、周りからは怖いとか何考えているか解らないとか、まるで人形のように冷たいとか言われてるけれど」
とりてあは、少し遠い景色を見ながら口を開く。
「セーラちゃんはそんな人じゃなくって、本当はすっごく優しくて温かい人なんだって思うの」
そして、少しはにかみながら、自身の胸の内を語った。
それは本来ならば、心が揺れ動く行為であったかもしれない。
しかし、セーラの思いは変わらなかった。
むしろ根拠の無い漠然としたとりてあの思いを理解出来ず、どんな表情を作ればいいか解らなかった。
「あとはー、可愛い子と仲良くなりたいからかな?」
「答えてくれてありがとうございます」
「いえいえっ」
そしてそれ以上に追求しようとせず、語ってくれたとりてあに冷めたお礼の言葉を告げると、そんな味の無い感情とは逆に、満足そうな笑顔をセーラに見せた。
「あ、そうだ。セーラちゃんの家って西の住宅街の方だよね?」
「はい」
「私もそっちの方の家だから、学校へ行く時と帰る時は一緒に行こう。そうしよう!」
「解りました」
セーラは”よく話題が変わる人だ”と思いながら、特に生活に支障が無いと思い、とりてあの願いに対して快諾する。
この時も人形には、いつも通り感情がまるで見えなかった。




