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ゆきひめ ~六花天成譚詩曲~  作者: いのれん
First Part. 姫から使用人へ
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13. 暗がりに墜ちた雪は、蝕まれた欲望と対峙する

 ユキが部屋の中へ入ると、背後からゆっくりと扉が閉まる音の後にカチャリと鍵のかかる音がした。

 ”ご主人様”と呼ばれている存在がいるであろうこの場所に閉じ込められた事を何となく察知したが、このまま立ち止まっていても仕方がないのでさらに部屋の奥へ行く。


 部屋の周囲は道中グレッダが持っていたランタンと同じ、魔術で生成された青白い光が辛うじて照らしている程度であり、ユキは見えにくいなりに周囲の様子をうかがいながら恐る恐る奥へと進む。


 この先には誰がいるの?

 私にこんな気持ち悪いものを着せて何をさせるつもりなの?

 ココがしていた大切な仕事って……?


「……て、……て」

 様々な思考が錯綜する中、微かに人の声がする。

 ユキが今居る場所の左手だろうか?

 その声の正体を確かめるべく、ユキは声のする方向へと歩いていく。


「……けて、……して」

 同じ人の声が再び聞える。

 ユキが入ってきた時よりもはっきり聞こえてくるのは、声がする対象に近づいているからと思いながらもさらに部屋の奥へ奥へと進んでいき、そして……。


「ひぃ!」

「助けて……、許して……」

 ユキは眼下の光景を頭の中で理解した瞬間、卒倒しそうになるがぐっと踏みとどまった。

 首輪と両手両足首の拘束具以外は何もつけていない、目隠しをされている女性がうわ言のように許しを乞いていたのだ。


「ね、ねえ。あなたはどうしてここにいるの? なんでこんな目にあったの?」

「助けて……、許して……」

 ユキは息を一つ大きく飲み込んだ後に勇気を振り絞り、拘束具を外して目隠しを取る。

 暗くていまいち解らなかったが、よく見てみると彼女の体はそこらじゅうに酷い傷と痣が出来ていた。


「うーん。つい最近、私と同じピナフォアを着た女の子が来たけれど、知っているかな?」

「助けて……、許して……」

 これで彼女は自由になった。

 しかし、全裸の女性はその場で座り込んだまま、うわ言を続けているだけだった。

 自らを縛る物は無くなったのに、それすら気がつかないかのようだ。

 それどころか、視界が確保されたはずなのに目の焦点はあっておらず、まるでユキに気がついていないようにも見える。

 その様子は、ココと同じであった。


 ユキはただ事ではない状況を目の当たりにし、心を通わした友も近い状況にあったのかと容易に連想し、そして恐怖してしまう。


「そう、そのまま真っ直ぐ……、ヒヒヒ……」

「ひっ、だ、誰なの?」

 そんな最中、部屋のさらに奥から声が聞える。

 妙に甲高く、かと言って若いわけでもなく、かつ不気味な喋り方がますますユキの恐怖を煽る。


「怖がることは無い。ココたんの大事なお友達のユキたんおいで。ヒヒッ」

 ココや私を知っている!?

 もしかして、この声の主がココやこの女の人を……?

 ユキは体を震わせながらも、部屋の奥へと進んでいく。



「あなたは……?」

「やあ、よく来てくれたね」

 声に従いユキは真っ直ぐ、部屋の奥へ奥へと歩いて行く。

 するとそこには崩れた体型に出来物が無数にある顔、にんまりとした口から見える歯はぼろぼろで下着のみ穿いている醜悪な男が鎮座していた。


「僕はコンフィの息子のアレフィだ。よろしくねぇユキたん、ヒヒヒッ」

 旦那様ことコンフィ公爵は、かつて伴侶が居た。

 しかし公爵のだらしない女性関係のせいか世継ぎを残さないまま離婚して、現在は独り身とユキは聞いていた。

 血を分けた子が居るなんて勿論知らない。


「丁度”アレ”を切らしていて、ユキたんの本性が見れなくてとても残念だけれども……」

 いまだに彼が何者か解らない。

 彼が何を言っているかも理解出来ず、その酷い容姿と言葉使いは、ただユキを不安と恐怖へ駆り立てるだけだった。


「単刀直入に言うよ。君はこれから僕の奴隷になるのさ!」

 そんな戸惑いを隠せないユキに対してアレフィは、唾を撒き散らしながら指を勢いよくさして高らかに宣言する。


「そんな!」

「もっとも、僕は奴隷だなんて下賎な言葉で君のような可愛い娘を括りたくない、だから僕は家性婦(かせいふ)と呼んでいる!」

 ユキの頭はまだ混乱していたが、ココがこの場所で何をされたのか、拘束されていた少女がどんな仕打ちを受けてきたかをユキは理解せざるをえなかった。

 その結果、ユキは自然とアレフィから離れるようにじりじりと後ずさりをして間隔を離そうとする。


「さあ、ユキたんも僕の物に!」

「いやあああ!」

 アレフィは自らの巨体を投げ、ユキに覆い被さろうとしてきた。

 ユキは悲鳴をあげながらも、”何とか逃げなければいけない、逃げなければ私もココと同じ目にあわされてしまう”と思いながら、咄嗟に後方へ身を投げてアレフィからの回避に成功すると、よろめき倒れた体を急いで起こして部屋の入り口へ向かう。


「うう、開かない……!」

 何とか扉の前に到着し、入り口を開こうと試みる。

 だがドアノブはまるで動かない。


「お願い開いて……、開いて……」

「ヒヒっ、逃げても無駄だよ」

 ユキは願いをこめて、何度もドアノブを回し続ける。

 そんな慌てるユキを見ながらアレフィは、うすら笑みを見せながら急がずゆっくりとユキを追い詰めてゆく。


「開いた!」

「ヒヒヒっ……」

 必死なユキの願いが通じたのか。

 開かないはずの扉はカチャリと音がした後、ユキは部屋から出る事に成功する。

 それでもアレフィは何故か動揺せず、へらへらと笑い舌なめずりしながら、部屋を出て行ったユキをゆっくりかつ悠然と追いかけてゆく。


「確か、こっちだったはず」

 部屋を出たユキは、ただひたすら屋敷内を走った。

 無我夢中でこの場所から抜け出すための出口のある場所へと向かった。

 捕まってしまえば終わり、私もあのアレフィの手で酷い目にあわされてしまう。

 そんなのは嫌!

 ただその一心で胸が苦しくなっても足が痛くなっても道中何度もこけてもひたすら走り続け、ついにこの屋敷の出口をみつけたユキは扉の取っ手に手をかけようとするが……。


「きゃあっ!」

 ユキの手に電気が走ったようなびりっとした痛みが伴う。

 それと同時に、ユキの体が大きく吹っ飛んでしまい、尻餅をついてしまった。


「無駄だよユキたん。入り口は部屋の扉よりも強力な魔術が施してある。さっきの扉のようにまぐれでは絶対に開かないし、ユキたんに開ける事は無理だねぇー」

 どこからか声が聞えてくる。

 姿はまだ見えないし、そもそも走って逃げたから少しの時間は追いつかない筈なのに!?

 どうして私のした事が解るの?

 ユキはそう思いながら、全身を震わせ涙目になりながらも他の出口を探すべく立ち上がり、再び屋敷内を走る。


「ああ……、一国の”元”とは言え姫君を犯せるなんて、ゾクゾクしちゃうねぇ……。ヒヒヒ」

 やはりそうだ、ココもこの男と交わったんだ。

 グレッダが言っていた大切な仕事というのは、この男の相手をする事だったんだ……。

 もしかしてコンフィ公爵の悪い噂は、この息子のせい?


「そうやってココに対しても酷い事を!?」

「そうさ! この世の中の女の子は全て、僕の性欲を満たすためだけに生きている! 使用人も、貴族の娘も、平民の娘も、そして王女だってね!」

 楽しみながら私を襲おうとしているこいつはまともじゃない。

 歪んでいる、狂っている、何もかもがおかしい!

 こわい……、こわいよう……。


 場所は一切解らないが、確実にユキへと聞こえる場所からするアレフィの声に、ユキは必死に逃げようとする。

 ユキは諦めずにひたすら走り続けて、アレフィの追跡から逃れるべく咄嗟に近くの部屋に入る。

 そこは書庫だろうか、本棚が複数立てており、ユキが隠れるには丁度良い場所であった。


「どこへ行ったのかなー? ここかなー? ヒヒ……」

 声と足音はどんどん大きくなっていく。

 ユキは本棚の隅へと身を小さくして、追ってくるアレフィをやり過ごそうとした。

 体を震わせながら、大声で泣き出しそうな口を両手で塞ぎ、懸命に気配を無くそうと努める。

 小さな体をさらに小さく丸め、”神様私を救ってください助けてくださいお願いします”と何度も何度も祈って懇願続けた。

 あまりの恐怖と呼吸の乱れのせいか、半ば過呼吸になりながらもユキは、このどうしようもなく絶望的な状況が去ることを願い続ける。


 そんな健気でか細い思いが通じたのか、足音は消えてアレフィの声はしなくなり室内が静寂に包まれる。

 もしかして、逃げ切った?

 私はこのまま無事に屋敷を抜けられることが出来る?

 ユキはそう思い、涙で視界のかすんだ目をこすってゆっくりと立ちあがろうとした瞬間。


「そこだー!」

「きゃあああああ!!!!」

 まるでユキが安堵したのを見計らったかのように、アレフィがユキの目の前に現れてユキの両腕をしっかりと掴む。


「残念だったね。そのメイド服には特殊な魔術が施されていてね、ユキたんの場所は手にとるように解っちゃうんだよ」

 元々、ユキはアレフィから逃げることは絶対に不可能だった。

 アレフィは敢えてユキを追い詰めていたのだ。


「実はね、さっきの扉も僕が敢えて開けたんだよ? 一度安心したユキたんの驚く顔がみたくってねぇ……」

 なんて酷い考えを持っているの?

 こんな人がココや、他の女の人をあんな目に……。


「さあ、もう逃げられないよ……、フヒヒヒ」

 醜い笑みを見せる顔と恐怖でひきつった顔の距離がじわじわと狭くなってゆく。

 だがユキは諦めずアレフィから逃げようと何とか抵抗し、どうにかアレフィの手を振り払う事に成功する。

 昔のユキならば、諦めて全てを受け入れていたかもしれない。

 でも、大好きなココから”諦めちゃ駄目”と言ってくれた。

 ”諦めなければ、必ず道は開かれる”と私に教えてくれた。

 だから、私は諦めないんだ!


 なけなしの勇気とココから貰った言葉を糧に、ユキは再び走りだろうとした。

 立ち位置が変わり、走ればまだ逃げられるかもしれない。

 扉が駄目でも、窓からならこの屋敷から抜け出せるかもしれない。


 そんなはかない希望を信じながら、少女は自由へと向かう!


「ど、どうして!? 足が動かない……!」

 しかし、その道は一瞬で途絶えてしまった。

 ユキはその場で再び座り込んでしまう。

 何度も立ちあがろうとするが、足腰がまるで自分の物じゃないみたいに感覚が無い。


「下着に染み込ませておいた薬がようやく効いてきたようだね?」

「えっ、この濡れた下着は……!?」

「体の自由を奪う薬を予め染み込ませてあるのさ。媚薬と併せて使えば効果は抜群だけれども、今はその媚薬を切らしていてね」

 グレッダから渡された下着も含めたピナフォア一式。

 まさか下着までそんな風になっていたなんて!


「ヒヒヒ、さあユキたんも僕の手に……!」

「いやああああ!」

 アレフィは振り返り、ユキへ覆い被さろうと倒れた。


「ぐげぇっ!」

 ユキは咄嗟の判断で、棚にしまってあった分厚い本を抜き取り、アレフィの顔を持てる力の全てを使ってひっぱたいた。

 アレフィは体勢を崩して倒れてしまい、勢いよく本棚の角に頭をぶつけるとぴたりとその場から動かなくなってしまう。


「はぁっ……、はぁっ……、に、逃げなきゃ……」

 まさか死んじゃった!?

 まあいい、この際そんな事はどうだっていい。

 何とかこの屋敷から逃げなきゃ……。

 その思いでユキは、動かない下半身を引きずり体を這わせながら部屋から出ようとするが……。


「ああっ!」

「ひ、ヒヒヒ、そんなんじゃ僕は止められない……」

 倒れて失神していたと思われたアレフィは、白目を向いて体を起こし、逃げようとするユキの足首を掴む。


「い、痛い! 離して……」

「離さない離すものか!」

 アレフィは足首を掴み、次に肩を掴んでユキに覆い被さる。まるで獲物にとどめを刺すため首元を噛んで呼吸困難にさせる肉食獣のように、ユキを自重で逃げられないように固定し、生暖かい呼吸をユキの首元に吐きかけながら話しかけた。


「ユキたんいっただきまーす!」

「いやあああ!」

「フヒヒヒっ! お姫様のお肌スベスベだなぁ!」

「いやあ! 離して! 誰か、誰か助けて!」

 ユキの頭の中では壊れてしまったココやアレフィの部屋に居た少女の姿がフラッシュバックする。

 自分も同じ様になってしまうと確信してしまったその瞬間、今まで必死に押さえつけていた恐怖が溢れ、ユキを支配した。


 いやあ、こんなのいやあああああ!

 助けてお願い、何でもするから酷いことしないで!


「許して! お願い、お願いだから離して!」

 ユキは必死に懇願した。

 今まで生きてきてもっとも誰かに助けを求めた。


「やめてお願い! 誰か助けてー!」

 格好のよさは身の振り方なんて一切考えていなかった。

 ただ、”酷い事をされたくない”それだけだった。

 無我夢中、無意識のうちにユキは誰かに助けを求めた。


 しかし、助けが来る気配は無かった……。

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