138. スノーフィリアの旅 ~霧篭りの大賢者編①~
ブルンテウン地区の問題を解決したユキ達は、今回の出来事について従者であるルリフィーネと和気藹々と話をしながら王宮へ戻ろうとしていた。
その時だった。
「そういえばユキ様。一つ面白い話があるのですが」
「なんだろう?」
何かを思い出したように、ルリフィーネは手の平を合わせながらそう言う。
予想しなかった言葉にほんの少しだけ驚きと感心を持ちながら、ユキは親愛なる家族の話に耳を傾けようとした。
「この近くの村に、大賢者が居るそうです」
「大賢者?」
「はい、何でも知っていてありとあらゆる英知を授けてくださるとか」
ユキはその事について何も解らなかったため、ルリフィーネの言葉に目を丸くさせてしまう。
「何でも知ってるなら、ユキが何故天使なのかを聞けるかもしれないわね」
「サクヤも解らないの? 変身出来る事とか」
「私もあなたと同じ様に絶望の淵に立たされた時に変身出来るようになったから、詳しくは解らない」
「うーん……」
「明確な答えが得られなくても、お二人の不思議な力について、何かのヒントが得られればよいかと」
そこまで凄い人なら、ひょっとしたらユキが何故天使としてこの大地に降り立ったのか。
変身する力の正体は何か。
初めて変身した時に聞こえた声の主は誰なのか。
そんな未だに解決の糸口すらない疑問を、解消する手がかりをくれるかもしれない。
「うん、じゃあ言ってみよう」
「はい」
解らなかった事がはっきりとするかもしれないという淡い期待を胸に秘めながら、ルリフィーネを先頭に、大賢者の居る村へと向かった。
それから、村がある方へ半日歩いた道中にて。
「すごい霧、前がまるで見えない」
「お互いに離れないようにしないと、見失うわね」
村があると思われる場所に近づけば近づくほど、周りの景色は白くなり、遠くが見渡せなくなってしまう。
三人は逸れないよう、多少の歩きにくさを感じながらもお互いの手をぎゅっと強く握り続けた。
それでも、握った感覚すら幻であると錯覚させるほどに、周囲の霧は深くて濃い。
「ねえルリ」
思わぬアクシデントに悪戦苦闘の中、ユキはルリフィーネの様子が気になったにので話しかける。
「……」
しかし女王専属の使用人は、主人の呼びかけに一切反応しない。
「ルリ、大丈夫?」
ユキは気になりもう一度声をかける。
「はっ! ええ、大丈夫ですよ」
今度は気がついたのか、ルリフィーネは少し驚きながらユキの方を振り向き、いつもの笑顔で自身が無事である事を伝えた。
「こんな霧の中だから、野盗や動物に襲われたらひとたまりも無いわ。ルリフィーネはきっと集中して周りを警戒してくれているのね」
ユキやサクヤは、変身しなければ年相応の少女だ。
魔術に長けているわけでもなければ、武術の心得もない。
「そっか、話しかけてごめんね」
無防備な二人を、必死に守ろうとしている思いに気がついたユキは、一言謝る。
「謝らないでください。さあ、先へ進みましょう」
「うん」
するとルリフィーネは立ち止まり振り返ると、優しく微笑みながら主君へ返事をして、再び村があると思われる方向へ歩いて行った。
そして、さらに歩いていくと。
「こんな霧の中に村があるなんて……」
ユキ達の目の前には、小さな村が現れる。
そこだけ霧が薄くなっているお陰か、ユキは村の中は見渡す事が出来た。
こんな霧の奥深くにある場所ならば、独自の文化があると思いきや、村は農作業をする夫婦、広場で遊ぶ子供達、家畜の世話をする人達の、この世界ならごく一般的で平凡な平民達の生活の営みが広がっているだけだった。
「あらぁ~、ようこそいらっしゃいましたねえ~」
「こんにちは。ここの村の人かな?」
そんな何気ない日常に違和感を感じていた中、ユキ達の前に村に住んでいる女性が声をかけてくる。
その女性は格好こそ普通だが、容姿は目を見張るものがあった。
「はぁい~、大賢者様が居る村によおこそぉ~」
綺麗な女性は、少し眠たげな表情をしながら間延びした口調でそう答えると、その行為に満足したのかふらふらと村の奥へ去って行ってしまう。
「……様子がおかしいわね」
「うん。やっぱりおかしいよね」
深い霧に包まれた村、住民の言動、それら二つの非日常的な状況とは逆に至って普通な生活風景。
ユキとサクヤは、表情を曇らせながら思っている事を率直に言い合う。
「ルリ、ここどう思う?」
ユキは当然、ルリフィーネの意見も聞こうした。
「……」
しかし、先ほどと同様に返事が返ってこない。
「ルリ……?」
「あっ、ユキ様……」
この時ユキは、ルリフィーネが普段と違う事を確信した。
普段は明瞭で、主君の言葉に対して即座に反応するはずなのに、今はどこか気が抜けたような。
それはまるで、先ほどの綺麗な女性と同じようだった。
「どうしたの? 具合でも悪いの?」
「え、そんな事はないですよ」
ぼうっとしているルリフィーネは、心配そうなユキに対して笑顔で何とも無い事を告げた。
だが、ユキはそんな笑顔さえもいつもとはどこか違う、何かが抜けてしまったような感じがしてしまい、余計に心配してしまった。
「おや、外からの客人かな?」
三人のやり取りの中、村の奥から先ほどとは別の人が現れて声をかけてくる。
彼は、胸や腰に銀のチェーンアクセサリーがついている黒いロングコートを着ていて、口調こそ落ち着いた感じをだしてはいるが、顔つきがどこか幼くいまいち冴えない感じがする男の子だった。
「あぁ~、大賢者さまぁ~」
頼りなさを感じていたユキだったが、先ほど出会った女性が彼の事を大賢者と呼んだ瞬間、驚きながら思わずサクヤの方を見る。
サクヤはそんなユキを横目で少しだけ確認した後、視線を大賢者の方へと戻した。
「可愛らしい旅の方々、ようこそミスティの村へ。ここへ来るまでに疲れたでしょう? 今日はもう休みなさい。そこの君、旅の方々を宿へ招いてあげて貰えるかな?」
「はぁい~」
こうしてユキ達は、村の宿へと案内される事となった。
ユキは大賢者の口調と見た目、そして顔つきのちぐはぐさにどこか奇妙な感覚を残したまま、村人について行く。
サクヤはいつもの落ち着いた佇まいのままだが、やはりルリフィーネは、どこか気の抜けた印象が強かった。




