134. スノーフィリアの旅 ~傲慢編⑤~
「まさか立ち向かうとは、あなた方は馬鹿ですかねぇ」
リアステートの長である男も、ユキら”ただの女王の使者”が魔術兵器相手に戦う気でいるとは思っていなかったらしく、驚きながらも彼女達を嘲笑する。
そんな男をぐっと見据えたままルリフィーネは、自らの周囲の景色を陽炎のように揺らめかせながらゆっくりとゴーレムへと近寄っていき。
「必殺、断鎧絶壁! やあああぁっ!!」
気合と共に手を広げてゴーレムに速く鋭く振り下ろすと、人の手では絶対に壊せないであろう魔術兵器の豪腕と胴体がみるみると離れていった。
「な、なんだと!? 素手で切り落とした!?」
「ふんっ」
ゴーレムは頑強な金属や石材で作られる事が多く、今ルリフィーネの目の前に居る物も例外ではない。
しかもリアステートの長である男が用意したゴーレムは、元々硬度の高い物質で作られており、かつ魔術で弾性と耐久性を補った物理的に相当強い代物だったのだ。
それを何の魔術も道具も使わず、人間の手一本で切断した最強のメイドに対して、驚きを隠せずにいた。
「あれが極竜の闘法ね、なるほど」
その様子を見ていたサクヤは、ふとそう漏らす。
「あれ? フィレの技を知らないの?」
「彼女が戦っている姿を見たことも、直接武芸を披露することも無かったからね」
組織の総帥には、ルリフィーネと同じ闘法を操る者が居る事は解っていた。
しかしサクヤがそれを知らなかった事に、ユキは意外性を感じていた。
「さあ、どうしますか?」
「ふーむ。確かに予想外ですねぇ」
ゴーレムすらも破壊してしまう剛拳の持ち主に対峙したならば、本来ならば震えおののくはずだった。
だが、男は切り落とされた腕を下々を見るかのようなあさましい目で見ると……。
「戻った!」
地面に落ちた腕は空中に浮き、本体と再び接合する。
まるでルリフィーネの攻撃が通じない事をアピールするかのように、ゴーレムは両腕を高らかに上げて間接部から霧状のエーテルを勢いよく噴き出した。
「自己修復能力……、やっかいね」
アーティファクト型の魔術兵器が自分で自分を補修する能力は、戦時中に開発された。
しかし自己修復能力は備えるのに莫大な費用がかかり、また壊れた魔術兵器は直さず、それを利用して新しく作ったほうが手間もコストも安かったので、拠点の守備といった局所的な部分でしか使われる事は無かった。
「そう、戻るんです。腕くらいならば一瞬、全身をばらばらにされても十分再生可能なんですねぇ」
「ならばこれなら……。必殺、残片断乾!」
ルリフィーネは拳に力を入れて強く握ると、今まで全身を漂っていた陽炎が拳へと集まっていく。
そして拳で地面を勢いよく殴り、その衝撃で直進しゴーレムの懐へ一気に迫ると、拳と足による無数の殴打を繰り出す。
彼女の連撃は、ゴーレムをみるみると粉砕していき、瞬く間に原型を留めないほど粉々になってしまった。
「あなた、本当に凄いですねぇ」
男はゴーレムを破壊した勇者に対して、拍手と称賛を送る。
しかし、そんな余裕の様子が気にかかるルリフィーネは素直にそれらを受け取れず、構えを解かないまま警戒し続けた。
そのルリフィーネの予想は的中し、粉々になった破片は次々とくっついていき、大した時間もおかずして元のゴーレムへと戻ってしまった。
「駄目ですか……、これではきりがありませんね」
「さあ、もう終わりですか? ではこちらからいきますよ!」
そう男が言った途端、ゴーレムは再びエーテルの白煙を噴出させると、その巨大な拳をルリフィーネへぶつけてくる。
ルリフィーネは、近接戦闘が出来ないユキやサクヤを気づかいながら、ゴーレムをひきつけようとわざと隙を見せたりして相手の攻撃をやりすごした。
「私たちも力を使わないと駄目みたいね」
格闘術の通じない相手ならば、他の攻撃手段を用いるしかない。
何より、大切な人ばかりに戦わせてはいけない。
そんなユキの思いを汲み取ったサクヤは、そう一声かける。
「うん」
二人は、目を閉じて意識を集中していき……。
「解放する白雪女王の真髄!」
「解放する黒桜天女の真理」
そして解放の言葉を同時に紡ぐと眩い光に包まれていき、今まで着ていた衣装や髪型が変化していき……。
「雪花繚乱! スノーフィリア聖装解放!」
「桜花絢爛! チェリー・ブロッサム装威解放!」
その変化が終わると、今まで身分を隠していた二人は、大国の女王と裏社会の組織の長へと変身を遂げた。
「ねえユキ。こんな時に聞くのも野暮だけど……」
「うん?」
「もう一つの方じゃなくていいの?」
「……」
この時サクヤは、ユキの姿を見て疑問に感じていた。
全てを捨ててでも誰かを守りたいという天使の姿ではなく、姫でありたいと願った頃の姿になったからだ。
「正直、怖いの。あれを使ったら自分じゃなくなる感覚がして……」
「そう……」
ユキは、天使へ変身する事に恐怖を感じていた。
それは、自分自身がどこか遠い場所へ行ってしまいそうな感覚に陥ってしまい、常に心を掴んでいないと消えてなくなりそうだったからだ。
そんな意外な思いを持ったことを知ったのか、それとも別の思いがあるのか。
サクヤは少しだけ表情を曇らせながら一言だけ返事をした。
「申し訳ございません。女王陛下、サクヤさん。私の力が至らないばかりに……」
「ううん、私たちもルリの手伝いをさせて」
ルリフィーネは構えたまま二人に謝ったが、ユキは笑顔でそう伝えると、女王と使用人の二人はこんな状況にも関わらず優しい笑顔になった。
「ま、まさか……、女王と組織の長が組んでいたとは……ねぇ」
「さあ、投降しなさい」
男もまさか使者が女王や組織の長に化けているとは思っていなかったらしく、今までへらへらしていた表情を引きつらせ、大量の汗をかきながら二歩ほど後ろへ下がった。
ユキ達はゆっくりと詰め寄り、男を追い込んでいく。




