133. スノーフィリアの旅 ~傲慢編④~
野盗達は目を光らせると、持っていた得物を振り上げながら、前へ出たルリフィーネへ一斉に襲い掛かる。
「ひゃっはあ!!」
「ちょっと痛いだけだから我慢しろよぉ!!!」
他人の命を最も軽んじている者達の多角的な攻めは、並みの人間ならばひとたまりも無い。
だが、ルリフィーネだったのが野盗達にとって不運だった。
ユキ専属の最強のメイドは、襲い掛かる野盗達の悪意に満ちた刃を軽々と避け、そして次々と蹴散らしていく。
そして瞬く間に彼女の周囲には、野蛮な者達が横たわっていった。
「な、なんだこいつ!?」
「化け物か!?」
野盗達は、ようやくルリフィーネの強さと、かよわそうな女三人だけで旅をしている理由を認識した。
「ひ、ひぃっ!」
「た、助けてくれ!」
しかし、気づくのが遅かった。
複数の仲間を一瞬で失い、たじろぐ野盗もルリフィーネは次々と倒していく。
相手がどんなに命や許しを乞いても、愛する主君を侮辱した輩を当然許すわけもなく、最後に残った主犯格であろう男へ馬乗りになり、幾度も拳を振り下ろす。
「や、やめてくれ! もう殴らないで……あばぁっ!?」
「じゃあ言いなさい。誰に頼まれたのですか?」
「う、うう……」
当然、ルリフィーネは手加減をしていた。
全力を出せば、主犯格の男の首から上が粉砕されてしまうのもあったが、それ以上にバルディヤ卿の襲撃を依頼した者の正体を掴むため、話を聞きだす必要があったからだ。
「さあ、言いなさい」
「ぐうっ……」
その結果、拳打を数度受けた野盗の顔は、すっかり原型を留めていない。
そして、そうなってしまってもルリフィーネは、無慈悲で無感情な姿勢を一切崩さない。
「い、言うものか……」
「ほう……。そうですか、では仕方ありませんね」
ルリフィーネは野盗の頑固さに思わず感心しながらも、口を割らなかった野盗へさらなる殴打をお見舞いしようとした時。
「待って」
「どうしましたか?」
ルリフィーネの拳が、再び野盗の顔を変形させようとした瞬間、サクヤに呼び止められてしまう。
「私に任せて」
それと同時に錯覚の魔術がかけられた指輪を外し、馬乗りになったルリフィーネへどくよう目線で伝えると、サクヤの思いを察して野盗から離れた。
「な、なんだよ……」
「言いなさい」
サクヤは、ぼろぼろになった野盗の男の胸ぐらを掴むと、野盗へ命令する。
その様は、口調こそ大人しいだが、態度は普段のサクヤからは想像もつかないほどに荒々しい。
「言えるかよ、このクソアマ……」
当然、野盗はサクヤの静かな恫喝を跳ね除けようとする。
「私は秘密結社トリニティ・アーク総帥、絶望の黒桜姫チェリーよ」
だがサクヤは自らの正体を曝け出すと、強気な野盗の顔がみるみると青ざめていく。
「組織の長だった小娘だと!? 何故ここに居る? 流刑になったんじゃないのか!」
「ここに私が居るならば、意味は解るわよね?」
「馬鹿な! 組織から破門されたんじゃないのか!」
「どうでしょうね? それをあなたに言う理由は無いわ」
「……わ、解った! 言う! だから命だけは! 命だけは!!」
裏社会を生きる者にとって、組織への反逆がどういう末路を招くのかは身にしみて理解していた。
女や子供ですら、反旗を翻すなんて事をする者は居ないだろう。
その組織の長への無礼ともなれば、下手な貴族に逆らうより悲惨な結末しか無い事も当然知っていたため、野盗は年不相応に泣き叫ぶと地面に頭を擦りつけながら”既に組織とは手の切れた”サクヤへ許しを乞い続けた。
「あそこ一帯の土地売買を仕切っているブローカー集団リアステートだ」
それと同時に、引きつった顔で無理矢理笑顔を見せながら、今まで頑なに喋るのを拒んできた雇い主の名前を言った。
「リアステート……、なるほどね」
「サクヤ、どういう事なの?」
土地売買をしている人物が、どうしてそんな事をしたのか?
それがまるで解らなかったユキは、サクヤへ質問をした。
「端的に言うと、そのブローカー達が住民を扇動しているのよ」
「何故そんな事を……」
「恐らく、孤児院が出来る事によって土地の価値が下がるのを危惧したのね」
「そうなの?」
「高級住宅街に孤児院が出来る事は前例がありませんから、どうなるか解らないのは事実です」
仮に土地の価値が変わるとしても……。
他人を命を奪うなんて到底許されるわけが無い。
何よりも、他の人を操って自身の手を汚さないやり方が、ユキにとって不快そのものだった。
「ルリ、サクヤ、行こう」
「そうね」
「はい。かしこまりました」
今後の方針は決まった。
ユキ自身がそれを口にしなくとも、ルリフィーネもサクヤも解っており、一行は再びブルンテウン地区へと歩き始めた。
――ブルンテウン地区の、とある場所にて。
三人の目の前には、一際立派な建物があった。
城砦のような頑丈で強固な壁に守られている白く塗られた石造りの館は、とてもいち商館とは思えない程に物々しい。
ユキらはより一層の警戒心を持ちながら、門を潜り館の入り口へと進んでいく。
「国からの命令を伝えるために来ました。直ちにあなた方の代表へ会わせてください」
「……どうぞ中へ」
入り口には見張りの兵士が立っていたため、状況を説明し中へ入れるよう伝え、すんなりと館へ入る事に成功した。
そして商館で働いている者へと案内されるまま奥へと進んでいくと、やたら頑丈そうな扉が取り付けられた部屋へ通された。
「おやおや、これはこれは使者殿。わざわざご足労恐縮の極み」
扉を抜けた先はやたら広く、そして物も無い部屋だった。
そこにはブローカー集団の代表と思われる男が立っており、ユキ達の来訪を独特の抑揚で歓迎した。
「それで、命令とは何でしょうか?」
「あなた方をバルディヤ卿殺害の主犯として拘禁します。それと同時に住民を扇動し不要な騒乱をもたらした罪により、リアステートの解散を命じます」
ユキは、代表と思われる男の言動に嫌味を感じながらも、要点だけを端的に伝えた。
「ほぉ、それは何故ですかねぇ?」
「あなた達は、自らの欲の為に人の命を蔑ろにした。今更許されると思っているの?」
「別にあなた方の許しなんてどうでもいいんですけどねぇ。我々は孤児院が出来る事によってこの地区の価値が落ちるのを避けたいだけなんでねぇ」
「それだけの為に……、バルディヤ卿は……!」
「まぁあなた達の感情はどうでも良いんですよ。それで使者殿、それは国の命令ですかねぇ?」
「はい」
自らの破滅を告げられたのに、代表と思われる男はまるで動じずに爪の手入れをしている。
「それはそれは、困りますねぇ……」
そして、自身の爪垢を息で吹きかけて落とした後にそう言うと、代表の男の目の前に一匹の巨大な物体が天井を突き破って落ちてきた!
「何っ!?」
「賊は退けられたそうですが、これはどうですかねぇ」
その物体はユキ達の身長の三倍以上はあるほど高く、硬質の体を持ち、並の人間なら踏み潰せそうな程太くて大きな二本の足で立ち、この館の壁なら容易に突き破れそうな程の両腕でこちらを威嚇している。
「あれは、ゴーレムね」
ゴーレムとは、かつての世界大戦で活躍したアーティファクト型魔術兵器の一種である。
腕力や脚力は人間とは比べ物にならないほどあり、体を構成する材質によっては剣や魔術もはじき、痛みや苦しみを感じる事無く術者の意のままに動く。
「魔術……、それも刻印術の心得があれば倒すのは容易だけど、多分私達がそうじゃないのを見越して出してきたのね」
ゴーレムが実戦で投入された当初は、多大な戦果をあげた。
だがその分対策を取られるのも早かった。
本体にあるルーン文字を刻む事によって破壊する手法が確立されると、ゴーレムはさほど脅威では無くなったのだ。
だが、ユキもサクヤもルリフィーネも刻印術の心得は無い。
それがどういう意味なのかは、三人とも理解しており苦しい表情を隠せずにいた。
「こんな事をしていいと思っているの!?」
「我々がその気になれば、あなた方を闇に葬る事だって出来るんですけどねぇ」
「国の方針は覆らない。たとえ私たちを亡き者にしてもあなた達の境遇が変わる事は無い!」
「使者殿は、もうちょっと世間を知ったほうがよいかと思いますねぇ」
「どういう事?」
「国の高官に呼びかけて決定を覆す……、なんて事も可能なんですねぇ」
官民に媚び、”対価”を渡すかわりに”便宜”をはかってもらう。
組織と蜜月の関係だった高官を処断してきた今のユキならば、彼の言っている言葉が本当である事を十分理解出来た。
「もう情状酌量の余地は無さそうね」
「……うん。いくよ、二人とも!」
こうなっては仕方ない。
三人はゴーレムとの真っ向勝負を覚悟し、ぐっと相手を見据える。




