131. スノーフィリアの旅 ~傲慢編②~
ブルンテウン地区に到着した一行は、二手に別れた。
ルリフィーネとサクヤは宿の手配へ向かい、ユキはバルディヤ卿の邸宅へと向かう。
そして邸宅の到着したユキは自身を”女王からの使者”と伝え、直接顔を合わせると簡素な挨拶の後に、必要があれば国が孤児院設立を手伝う事を伝えた。
「ほう、それでは女王陛下も私の計画に賛同してくださると言うのですか?」
「はい。その旨を伝えに来ました」
まさかその女王本人が目の前に居るなんて解らないんだろうな。
そんな意地悪な感情をほんの少しだけ持ちながらも、ユキは孤児院設立に協力する事を伝えた。
「これは心強い。住民を説得する良いきっかけとなるでしょう」
卿も、まさか若くして国のトップとなった少女が協力的だとは想像していなかったのか、頬にしわがくっきりと浮かぶほどの笑顔をしながら喜びを表す。
「陛下のお心遣いに感謝すると共に、我々の家は末代まで陛下に忠誠を誓う事を誓約すると、お伝えくださいませ」
「かしこまりました。女王陛下もさぞお喜びになるでしょう」
ユキも卿の惜しみない忠誠を得た事を確信し、スカートを軽くたくし上げて視線を少し落としながらお礼の言葉を告げた。
「話は戻りますがバルディヤ卿。住民の抵抗はそこまでなのですか?」
そして視線を戻すと、自身が気になっていた住民の反発について尋ねる。
「私自身、住民が納得の行くよう何度も話し合いの場を設けて説得してきました。ですが未だ住民の了承を得る事が出来ておらず、お恥ずかしいかぎりです」
「私も、その話し合いに参加してもよろしいでしょうか?」
「それは良いですね。近々ありますので是非お願いします。女王陛下の名代であるユキ殿が来て下されば、説得が上手くいくかもしれません」
何故民衆が卿の活動に対して非協力的なのか。
ユキは直接その目で確かめるべく、卿の許可を得て次の話し合いの場を参加する事を決めた。
――数日後、バルディヤ卿の邸宅内にて。
「今回の話し合いは、こちらに居られる女王陛下の代理人のユキ殿、サクヤ殿、ルリフィーネ殿を交えて始めます」
ユキは共に行動していたサクヤ、ルリフィーネも連れていき、バルディヤ卿と領地内に住む民衆との話し合いの場に参加した。
参加者はいずれも高級な装いであり、地位のある人物か、あるいはその伴侶である事が誰の目から見ても解るほどだった。
「それでは、住民で意見がある方は……」
バルディヤ卿は、住民側から意見を聞こうとする。
それに反応し、複数の住民が手を上げていくと、卿はその中から無作為にある一人の女性を手で指名した。
その人は参加者の中でも特に派手で、着ているドレスは宝石が散りばめられており、髪飾りやネックレス、指輪や腕輪、それら全てが金色に輝いている。
「私は孤児院設立は断固反対ザマス」
「どうしてですか?」
「前々からお伝えしている通り、孤児院なんて物があれば、このブルンテウン地区の品位が落ちるザマス」
だが煌びやかな見た目に反し、口から放つ言葉は鈍色の偏見に満ちていた。
「大体……、親なしの子が何をするか解らない! 怖くて外も出れないザマス」
”この人が喋る方が品位を落とすのではないのか?”
ユキはそう思いながらも彼女の話を聞き終え、どうにか重い気持ちを顔に出さずに済んだ。
「他に意見のある方は?」
話がひと段落し、次にバルディヤ卿が挙手をした人を指名する。
その人は先ほどとはまるで逆で、シンプルな白いドレスと綺麗に編まれた髪が印象的な、清楚で大人しい印象の強い女性だ。
その女性はおどおどしながらも立ち上がり、何度か深呼吸を繰り返した後に話を始めていく。
この人なら、さっきの人とは違った意見を言ってくれるかもしれない。
ユキはそう期待し、彼女の話を真剣に聞こうと姿勢を若干前のめりにした。
「わ、私も反対です。だって……、周りに一流ブランドとか、かわいい服とか……、孤児院の子らから見たら宝の山みたいなものじゃないですか。だから彼らは“絶対に”盗みをする……、と思います。はい」
しかし、ユキの思いはいともたやすく裏切られてしまう。
清楚な装いの彼女も、先ほどの煌びやかな女性と同じく、偏見に満ちた言葉を卿とユキ達にぶつけたのだ。
「……他は?」
ユキは酷く落胆しながら、それもどうにか見た目に出さないよう平静を装おうと努めつつ、次の指名された人の話を聞こうとする。
「儂も反対だ。我々はここへ住む時に高い金を払った。なのに何故、身寄りの無い子を住ませないといけないのか? バルディヤ卿は儂らの尊厳を無視している!」
「そうだそうだ! 我々は野菜一つ買うのにも平民らの十倍の金額を出しているのだぞ!」
「バルディヤ卿は何も解っていない!」
それは、もはや話し合いでは無く、身勝手で一方的な要求を言うだけだった。
そして住民らから見えるのは、孤児院や不幸な境遇の人らに対する偏見、差別、そして自らの驕り、高ぶり、選民意識だった。
こうして、何ら実の得られなかった話し合いは終わり、住民らが去ってユキ一行とバルディヤ卿しか居なくなると、ユキは頭をがくりと下げて酷く落ち込んでしまった。
「これが現状です。情けない限りで申し訳ありません」
「いえ、卿のせいでは無いです」
そして、バルディヤ卿の誠実な態度が余計に悲しくなってしまいながらも、ユキはそれに対して首を横に振って答えた。
「……私は必ず住民らを説得して孤児院を設立し、不幸な子らを救ってみせます」
「ありがとうございます。卿の強いお考えも、ぜひ陛下に伝えさせていただきます」
卿と民衆らの間にある深い溝を感じながらも、とりあえず話し合いが終わったユキは邸宅を抜けて宿へと戻り、少しの合間眠りについた。
――その日の夜、宿にて。
仮眠の後にユキらは食事を済ませると、部屋に戻り今日あった出来事を話し始める。
「住民は全員、偏見と選民意識に囚われている」
「そうですね」
ユキは酷く失望していた。
基本的に誰かを悪く言う事があまり無く、人当たりの良いユキが批評する事は珍しく、その様子にルリフィーネも少し驚きながら主君の言葉に同意した。
「ユキ、それは仕方ないのよ」
「どうして?」
そんなユキの言葉に、サクヤは冷静な眼差しをしながら口を開く。
「彼らは食べる物、着る物、身に着けるもの、家主の職業、それらでしか自分を示せない人だから」
「そんな……! そんなのって!」
「ユキ、誰もがあなたのように自分を強く持っているわけじゃないし、まして強いわけでも、あなたのような絶望を乗り越えてきたわけではない。自分がそうだから、相手もそうなんて考えはやめなさい」
「ごめん……、サクヤ」
サクヤが辛辣に語ったのは、意外にもユキの考えに対してだった。
彼女の言葉は、ユキの雲がかった思考に一筋の光を強く差し込ませ、それによってユキはとても申し訳ない気持ちになったのか、自然と視線をサクヤから逸らしてしまっていた。
「バルディヤ卿を全面的に支援する方向で議会に提出する。これでいいかな?」
「妥当かと」
ユキは住民の意見やバルディヤ卿の思い、それら全てを総括し考えて国としての方針を伝える。
サクヤもルリフィーネもその方針に対して不満は無く、一つ返事をして頷いた。
――翌日の朝、ユキ達が王宮へ戻る支度をしている時。
「た、大変だ!」
身なりから察するに、貴族に仕える使用人と思われる青年が血相を変えてユキ達の前に現れる。
「どうしたの?」
「バルディヤ卿が何者かに殺害された!」
訃報を聞いた瞬間、ユキ達に戦慄が走る。
彼女達は帰る準備を中断し、急いで卿の邸宅へ向かった。




