12. 無力な少女の終着点へ
――その日の夜。
悲鳴を聞いて駆けつけたであろうグレッダは、すぐさまココを降ろすと館へ担ぎ手当てをした。
首を吊ってから間も無い事、グレッダの処置が適切であった事。
両方が功を奏したのか、幼き少女の命は何とか終わらずに済んだのだ。
しかしココの意識は戻らず、今もベッドの上で眠りについている。
「一命は取り留めたとして、まさか自殺するなんて……」
事態を重く見たグレッダはココの治療がひと段落すると、館で働く使用人を急遽呼び出す。
「この件に関しては、私から旦那様に伝えておきます。スウィーティ、リメッタ、クレメンティン、ユキは決して他の人に言わない事。いいわね?」
そして集められたユキを含む女使用人達に等しく伝えられた事はただ一つ。
他言無用。
それだけだった。
「ココ……、どうしてこんな事をしたの?」
自ら命を絶つほどに苦しいと感じていたなら、どうして私を頼ろうとしなかったの?
私が何も出来ないただの使用人だから、助けられないと思われていたの?
もしも私が姫のままだったら……。
”ユキ”ではなく、”スノーフィリア・アクアクラウン”だったら!
唯一、この劣悪な環境で心を開ける人がこんな目にあってしまった悲しさと、何も出来ない自分に対する悔しさともどかしさでユキはただ泣き続ける。
「ユキ、私に付いてきなさい」
悲しみの渦中にあるユキに、グレッダはいつもの冷たい表情で話しかける。
それは勿論ユキを慰める優しさの言葉ではなかったが、今この状況で何を言っているのかユキにはまるで理解出来ず、ただ涙目でグレッダを見るだけだった。
「ちょ、ちょっと待ってハウスキーパー。このままじゃ使用人が居なくなっちゃう」
今までユキに率先して嫌がらせと嫌味と言い続けてきたスウィーティであったが、グレッダとユキの間に入り必死に諭そうとする。
「……仕方ないじゃない。”ご主人様”の命令だもの、私達に逆らうという選択肢は無い」
グレッダはそんなスウィーティの顔を見れず、いつもよりも少し小さな声で反論すると、泣いているユキを無理矢理立たせようと手首を掴む。
「スウィーティー……?」
ユキにとって、それは意外な行動だった。
敵だと思っていたスウィーティが、ユキを強引に連れ去ろうとしていたグレッダの手を掴み、引き離そうとしているのだ。
「私は……、散々甘やかされて何の苦労も知らないあんたなんて嫌いなんだよ! でも、あいつはあんた以上に嫌いだ。クレメンティンだってあいつに――」
「滅相な事を言ってはいけません。この館を追い出されたいの?」
スウィーティの言葉を遮ってグレッダが声を張り上げる。
その声から、”いつもとは違う負の感情”をユキは感じてしまい、それを感じたのか、グレッダの手を離してしまう。
「さあ、行きましょう」
「……はい」
このまま逆らっても私は連れられてしまう。
そう思ったユキは、意識を失ったままのココやこちらを悔しそうに見つめるスウィーティ、無言ながら不安そうな顔のままのリメッタを尻目に、訳も解らないままグレッダへとついて行った。
――夜、屋敷内の廊下にて。
それにしても、こんなに夜が更けているのに私をどこへ連れて行くの?
そういえば、ココも同じタイミングでハウスキーパーに呼ばれたような……?
それから使用人の部屋には、しばらく居なかった。
その後、戻ってきたら様子がおかしかったし、着ているピナフォアもいつもと違っていた。
周りの女使用人達の様子も変だった。
ココがどんな仕事をしているのか、彼女らに聞いても一切答えてくれなかった。
それだけじゃない。
連れ去られてから、いつも私に嫌がらせをしてくるスウィーティやリメッタが、妙に優しかった。
ついさっきも、私がグレッダに連れられて行くのを止めようとしていた。
どうしてなの?
……まさか、本当の事を知っていたけど言いたくなかった?
でも何故言わないの?
言ったら何か大変な事があるの?
「着いたわ、鍵を開けるから中へ入りなさい」
廊下を歩き、屋敷を抜け、到着した場所は以前にココと一緒に行ったもう一つの館だった。
相変わらずカーテンで窓は全て遮られており、中の様子が一切解らない。
夜のせいか、この場所のせいか、虫の声すら無く妙に静まりかえっているのがユキの不安感をより煽る。
しかしグレッダはそんなユキを少し見た後、何事もなかったかのように屋敷の扉の鍵を開けて、中へと入っていく。
「さあ、これに着替えなさい」
少し遅れて中へ入ったユキに、グレッダは一着のピナフォアと下着を手渡す。
グレッダが持ってきたランプの青い光がぼんやりとゆらめく中だったが、そのピナフォアはココが身につけていた妙にスカート丈の短くて胸が大きく開いており、異様なまでに大きなパフスリーブと過剰なフリルであしらわれている機能性に乏しい衣装だという事に気づく。
この服を渡されたという事は、ココもこの屋敷に入ったの……?
大事な仕事って、この屋敷の中で行われるの?
「ひっ、下着が冷たい! な、何だか濡れてる……」
恐怖や不安、親しき人の身に降りかかった事件の謎、これから自分に降りかかる漠然とした現実。
心中も周囲もほぼ暗闇が支配する中、ユキは様々な思慮をめぐらせながら今まで着ていたピナフォアや下着を脱いで裸になり、渡された下着を穿こうとした瞬間だった。
局部に不快な湿り気と冷たい感覚がして、思わず声を出してしまう。
「我慢してさっさと穿きなさい。着替えたらすぐに行くわよ」
それでもユキは言われたとおり、無理矢理下着を穿いて渡されたピナフォアを着ていく。
着替えが終わった事を確認したグレッダは、淡々と屋敷の奥へと進んでいき、ユキも遅れないように後ろから付いていく。
歩くたびに濡れた下着がベトベトと張りつく。
短いスカートのせいで、足の付け根にスースーと風が通る。
うう、気持ち悪いよう……。
それでもユキは文句を言えばいつも通り叩かれると思い、何も言わず我慢しつつ、グレッダの背中を見失わないようにする。
それにしても、屋敷の外もそうだったけれど、内はもっと寂しい感じがする。
夜だから人が居ないというよりかは、元々人が居ないのかな。
コンフィ公が普段使っている屋敷とは別の屋敷だから、今は使われていないだけ?
それとも……?
「グレッダです”ご主人様”、例の”かせいふ”を連れてまいりました」
暗闇の屋敷を歩く中、自らの不安を誤魔化すかのようにユキは様々な考察をした。
雲の様につかみどころの無くおぼろげな推測や推理、今までの出来事を頭の中でまとめようとしている時、部屋に入る扉の前でグレッダは立ち止まり一人で扉に向き合って”ご主人様”へと語りかけた。
「ここからはあなた一人で入りなさい。そしてこれから起こる出来事は絶対に誰にも言わない事」
「はい」
なんで秘密にするんだろう?
ご主人様って事は、中に誰か居るのかな……?
ユキはドアノブに手をかけ、扉をゆっくり開けていく。
扉の向こう側も屋敷と同様に暗くて良く解らなかったが、ユキは恐る恐る中へと入っていった。




