122. 聖なる解放
民衆達は、期待していた。
自分達を騙し続け、悪逆非道な行いをしてきたスノーフィリア達が処断される事を願っていた。
「な、なんだ!?」
「おい、あれって……」
しかし、現実は民衆の思い通りにはならなかった!
場外から吹き荒れる赤黒い波動が、断頭台を瞬く間に破壊してしまったのだ。
民衆はアクシデントに対し、呆然としていた。
兵士達は断頭台を破壊した犯人を捜そうと、周囲を窺い……。
「面白い事やってるじゃないか。俺も混ぜろよ」
そして赤黒い波動の発生源と思われる場所には、火竜の国へ向かったはずのサラマンドラが腕を組み立っていた。
「サラマンドラ!」
誰も予想していなかった展開で全員が戸惑わせてしまったが、彼の登場はスノーフィリア達の命を救ったのだ。
「何で火竜の国王が居るんだ!」
「邪魔だひっこめー!」
「処刑中だぞ関係ない奴は降りろ!」
ようやく我に帰る事が出来た民衆は、酷く不満そうだった。
極悪人を助けた火竜の元国王に対し、容赦の無い非難を浴びせた。
それ対してサラマンドラは一切の言葉を口から放たず、罵声と怒声を放つ民衆を見ただけだった。
だがそれによって民衆は蛇に睨まれた蛙のように固まってしまい、今までスノーフィリア一行やサラマンドラを汚く罵っていた口を閉じてしまう。
「ねえ、あなた火竜の国へ戻ったんじゃ?」
ミズカは立ち上がり、服についた木屑を払いながら何故ここへ来たのかを問いかける。
「玉座なんぞいつでも取り返せる」
しかし、サラマンドラはぶっきらぼうにそう言い返すだけしかしない。
「まさか……、助けてくれたの?」
次にマリネが彼に問いかける。
「寄り道をしただけだ」
それでもミズカの時と同じ様に、目線を合わさずそう言うだけだった。
「大人しくしなさい。彼女らがどうなってもいいですか?」
高台の上で、傍若無人な振る舞いを続けるサラマンドラを、サクヤは勿論見逃すつもりは無かった。
何も無いところから銃を呼び出し、引き金に指をかけたまま銃口を火竜の元国王へと向ける。
本来ならば凶器を向けられ、かつ仲間が動けない状態ならば何も出来ない。
それは自分がどんなに強くても、他の仲間に危害が及ぶ恐れがあるからだ。
だからこそ、ルリフィーネ達は今この苦境に立たされている。
剛毅なサラマンドラもそうなるだろうと、捕らえたサクヤも捕らわれた新世界の人らも思っていた。
「ああ、構わない」
だが、そうはならなかった。
サラマンドラはサクヤの言葉を無視し、歩みを止めなかった。
「えっ……」
「ちょっと!」
「自分で自分の運命を切り開けない弱者なぞ、たとえここで俺が助けたとしてもいつか死ぬ」
そしてサラマンドラは、民衆に投げかけたものと同じ目線を、処刑されそうになっていたスノーフィリア達へ向けながらそう言うと、ルリフィーネが倒れている方へと向かっていく。
「ならどうしてこんな事を?」
サラマンドラの言動が理解出来なかったサクヤは、彼に理由を聞いた。
「渡し忘れていたものがあってな」
「何ですか?」
「餞別だ」
「餞別?」
今までの行動の荒々しさとは逆に、サラマンドラは静かにそう答えた。
しかしそれがどういう意味なのかをサクヤは理解出来なかった。
「おい、ルリフィーネ」
そんなサクヤを無視しつつも、サラマンドラはルリフィーネがいる場所に到着し……。
「痛い……」
胸ぐらを掴むと頬をひっぱたいた。
「何を迷っている?」
「ですが……」
「このまま何もせずに終わるのか? 失ってからでは遅いぞ」
サラマンドラは”餞別”を渡すとルリフィーネから離れていき、構えを解いて腕を組むと、遠くで彼らの成り行きを傍観する。
「……解りました」
彼の餞別を受けとったルリフィーネの表情には、もう迷いや悲しみは微塵も無かった。
ゆっくりと立ち上がり、何かを決心した面持ちで今まで懐に隠していた雪宝石のペンダントを取り出すと、スノーフィリアと手元のペンダントを何度か交互に見た後に、姫の居る方へ投げる。
ペンダントは転がっていき、心神喪失状態の姫の前へ落ちた。
それでも姫君は、視点の定まらない瞳で遠い景色を見ている。
「スノーフィリア様、お願いです。私の話を聞いてください」
ルリフィーネは、衰弱しよろめく体を起き上がらせて、主君の方へと向き掠れた声で訴え始める。
「無駄ですよ。もう彼女には何も届かない」
そんな懸命な主張をさえぎるように、サクヤは銃口を向けて冷たく言った。
「あなたはここで終わってはいけません。あなたにはやらなければならない事があるはず」
それでも無視し、ルリフィーネは話を続ける。
今更何を言うのか?
この期に及んでいう事でもあるのか?
辞世の句でも読んでいるのか?
新世界のメンバーも、サクヤも、国の兵士も、民衆ですらそう思っていた。
「どうか、どうか思い出してください……」
それでもルリフィーネは体を震わせ、必死に声を振り絞ってスノーフィリアへ伝えようとする。
しかし、彼女の言動の意味を理解出来なかったサクヤは、無言のままルリフィーネを銃撃した。
「あぁっ!」
急所こそは外れて即死は免れたが、ルリフィーネは倒れて再び地面に突っ伏してしまう。
「断頭台が壊れてしまっては仕方がありませんね。私が死刑執行人になりましょう」
彼女らのやりとりに意味を見出せなかったサクヤは、銃口をスノーフィリアの頭へと向け、そして……。
「さようなら」
引き金にかかる指がゆっくりと動いていく。
今度こそスノーフィリアの命は終わるだろうと誰もが思った。
その瞬間、ルリフィーネは倒れた体を可能な限り起き上がらせ……。
「思い出して!! あなたが……、あなたが天使だった事を!!!!」
そう強く叫んだ。
すると、まるでその言葉に答えるかのように、スノーフィリアの前に落ちていた雪宝石のペンダントが突然強く煌きだし、石から発せらた光は帯状となって憔悴しきっていた姫を包み込み膨らんでいく。
「え、ちょっと!?」
「今度は何が起こるのよ……」
こんな展開になろうとは、誰も想像すらついていなかった。
だが、彼ら彼女らの感情を無視し、姫は光に包まれ完全に姿が見えなくなってしまう。
そして膨張した光はゆっくりと小さくなり、髪や衣服がなびく程度の風を起こしながら、姫の体格と同じ大きさまで収縮する。
「もう立ち上がれないはず、どういう事……ですか?」
この時、光に包まれたスノーフィリアは立っていた。
あれだけぼろぼろで、状況も絶望的で、とても立ち上がる事なんて出来るわけもないと思われていた。
サクヤも例外なくそう思っていた為、今のこの状況にはただ驚くだけだった。
「さっきルリフィーネが天使と言っていた……、まさか!」
心を乱しながらも、サクヤはある結論に至った。
それと同時に、スノーフィリアを取り巻く光は収束しおさまっていく。
「スノーフィリア様……」
光が完全に消え、スノーフィリアの姿が露になると、その場に居る全員が姫の姿を見てただ愕然としてしまった。
ぼんやりと淡い光を放っている輪郭の不確かな白い衣装、腰まである長い銀色の髪、そして背中には一対の白い鳥類の羽。
この瞬間、処刑場に天使が舞い降りた。




