11. 心と絆の行方
初めての休日が終わり、そして翌日の朝。
「あれ? ココは?」
屋敷内で働く者達は毎朝エントランスへ集まった後に、グレッダによって誰がどの仕事をするかを決めて指示するのが日課である。
ユキは集まった女使用人達の中から、かけがえの無い休日を共に過ごした友であるココの姿を探したが、望んだ答えが得られる事は無かった。
昨日の夜、ココはハウスキーパーに連れて行かれた。
それから戻っていないの?
夜からずっと行われる仕事でもあるのかな?
「あ、あのハウスキーパー。ココはどうしたのですか?」
何故この場にココがいないか、今は何をしているのか。
その答えをハウスキーパーであるグレッダへと恐る恐る聞いてみるが……。
「彼女は大事な仕事の最中よ。しばらくは帰って来れない」
昨日と同様に、グレッダは何一つ核心となる事を話さない。
ただ”大事な仕事でしばらくは居ない”と、ユキにとって知りたい内容を濁しつつ伝えるだけだった。
ユキはココがどうなったのかを気になっていた。
しかし、嫌いかつ酷い仕打ちをするグレッダに対してしつこく聞く事は出来ず、グレッダのいつもとはどこか様子が違うことから嘘をついているとも思えなかった為、それ以上は何も聞けずに与えられた仕事をこなそうとする。
普段なら仕事中に嫌がらせをしてくるシトラス三姉妹も、何故かココが居なくなってからはユキに関わってこなかった。
そして、居なくなったココに関して何ら情報を得られる事も無く、数日が経った時。
「ココ! お仕事終わったみたいだねー!」
使用人達の小汚い食堂で粗末かつ味気ない昼食をとり終えたユキは、寝室でふと人の気配に気づいて扉を開けると、そこには今まで一切姿を見せなかったココが、ベッドの上で足を伸ばして座っていた。
「ねえココ、どうしたの? 何か変だよ?」
いつもならユキに対しては、明るく元気に接するココであった。
しかし今のココは、焦点のあってない潤んだ瞳のまま体を小刻みに震わせており、また頬を赤らめていて息づかいも荒く、声にならない声で何やらぶつぶつとつぶやき続けている。
ユキの問いかけに対しても返答がなく、まるでユキの姿が見えていない、かつ声も聞えていないようにも感じる。
「どこか具合でも悪いの? ちゃんとご飯は食べたかな?」
さらにココはいつも身につけているピナフォアとは違い、スカート丈は屈めば下着が容易に見えてしまう程に丈が短く、ちょっと激しく動けば肌が見えるくらいに胸元が大きく開いた、必要以上にフリルが使われているピナフォアを身につけていた。
ピナフォアのせいか、胸に谷間が出来ている?
ココってこんなに胸あったかな……?
服装やココの様子の違い、ユキに対する対応。
それらの意味をさらに強く問おうとした時、ベッドの隅っこで雑に置かれていたキャンバスを手に取って見る。
「え、なにこれ……」
ユキはキャンバスに描かれた絵を見て、鳥肌が立ってしまう。
真っ赤な染料と真っ黒な染料でドロドロになるくらいぐしゃぐしゃに塗られている。
何を描きたいのか?
何が描きたいのか?
ユキには一切理解できない。
それは、私を描いてくれた時からはまるで想像がつかない。
乱雑で無秩序な絵らしき物体からは、まるで草食の小動物が圧倒的な力を持つ肉食動物に追い立てられ、怯えて貪られながら食い殺されていくような、果てしなく冷たい恐怖と絶望をユキは感じてしまい、背筋が寒くなってしまう。
「それ以上はやめときな」
「スウィーティ、どうして? ココに何があったのか知ってるの?」
こういう場面ならいつも茶化くるスウィーティは、下唇をかみ締めながらもユキの肩を掴み、話しかけるのを止めさせつつココから引き離そうとする。
そんなスウィーティの態度もおかしいと思ったユキは、大切な友が何故こんな風になってしまったのかを聞いたが……。
「ココはもうココじゃないんだ。解ったらさっさと仕事に行くぞ」
「解らないよ! どういう事なの?」
ユキにはスウィーティが何を言っているのかが全く理解出来なかった。
しかし、ユキの大切な人に”何か”……。
ココの何もかもを潰して壊してしまう”何か”が起きた事だけは漠然と察し、さらなる真実へと深く入り込もうとした時。
「あ、ユキ。居たんだ……。あのね、あたしね……、絵……、描けなくなっちゃったの……。ごめんね……」
「どういう事?」
「ああもううざったい! はやく仕事へ行くよ! グレッダに怒られるの私なんだからね!?」
ココは震えながら、焦点の定まらない濁った瞳でユキの方を振り向いてそう伝える。
ようやくココの声が聞けたユキは、ほんの少し安堵し、もっとココの話を聞こうとしたが、スウィーティは強引かつ無理矢理にユキを連れて部屋から出て行ってしまう。
そしてその日の夜。
仕事から戻ってきた時、ココは再び居なくなっていた。
ユキはスウィーティやリメッタ、クレメンティンに聞いて回ったが、誰も一切口を利かずただユキから目線を逸らせるだけだった。
――さらにそれから数日が経った。
「ふー、今日のお仕事はこれでおしまいかな」
ココはあれから再び居なくなってしまった。
どうしてあんな風になってしまったの?
一体何があったの?
グレッダが言っていた大切な仕事とは何?
ユキはそれらの真意を掴もうとするが何一つ情報は手に入らず、思い通りにいかずただ悶々とした日々を送っていた。
このままじゃいけない、ココがおかしくなった原因を必ず見つけるんだ。
そう思いながらも、仕事を終えたユキは水浴びをしようと最寄の川へと向かう。
ユキは館から歩いて間もない場所にある川岸に到着し、すっかり着慣れたピナフォアを脱いで水浴びの準備をしようとした時にふと何気なく、ほとりに生えている背の高い木へと目を向ける。
「あれ、なんだろ……?」
木の枝に何かが吊られている?
その何かは夕暮れの逆光のせいか、ぼんやりと眩しくて詳しくは解らない。
ただそれはそれなりに大きく、ユキ自身と似たような大きさくらいある。
ユキはその何かが気になり、さらに木へと近寄っていき……。
「あ、ああ……。あああああああ!!!!!!!」
そして吊られている物の正体を理解した時、全身で恐怖し絶叫した。