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ゆきひめ ~六花天成譚詩曲~  作者: いのれん
Fifth Part. 玉座から処刑台へ
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117. 明るい未来への一歩

 秘密結社トリニティ・アークの幹部を全て倒し、ユキを救う大業を成した新世界の一行は、道中の村で馬車を借りる事に成功した。

 各自は傷つき疲労した体を、馬車の中で休ませながらゆっくりと帰路についている最中。


「それにしても……」

「なんだい?」

「時間を戻す術とか、ちょっとインチキすぎじゃない!?」

 ミズカは、ホタルの刻印術について目を丸くしながら言うと。


「お姉さまのとっておきさ。生涯で一度か二度しか使えないって釘刺されていたからね」

 そんなミズカに対し、ホタルは腕の痛みをだますかのように笑い飛ばしながら答えた。


「えっ、それってさ……」

「あー! それ以上は言わないの!」

 しかしミズカは”ある事”に気づき、酷く悲しそうな顔をしてしまう。

 ホタルも察したのか、ミズカのその先を言おうとした時に大声で彼女の言葉を遮った。


 ミズカを悲しませた”ある事”とは、ホタルの時間を操作する刻印術が用意された理由にある。

 ユキの旅が終わり、全てが終結した時にホタル自身がごく普通の人として穏やかな生活を送るため、悪魔化前の体に戻す目的で使われるはずだった。


 ホタルはそんな平凡で平穏な未来を犠牲にして、ユキを救ったのだ。


「別にいいんだ。ユキが居なきゃ今頃私は良くて共同墓地の下だろうからさ」

 ミズカは、肩を震わせながら無言でホタルの胸へと抱きついた。



 ――新世界の隠れ家にて。


「無事に帰ってきたわね」

「マリネ! ただいま!」

 ユキを取り返す作戦を終えた一行は、怪我人を運びつつもアジトの入り口へ向かうと、そこには帰りを待っていたマリネやロカ、シウバらが立っていた。


「……とりあえず中へ入りなさい。治療するから」

 元気な声で挨拶をするミズカとは逆に、マリネは手際よく傷ついた仲間達をベッドのある部屋へと誘導していく。

 そして全員をアジト内へと迎え入れた後に、一番元気なミズカへ王都で何が起こったかを尋ね、残留組と情報の共有をした。


「ふーん、なるほどねえ」

「そうなんだよー」

 今まで組織に対して散々辛酸を舐めさせられていた新世界のメンバーにとって、今回の作戦成功は蜜よりも甘い。

 しかし、幹部の一人であり作戦立案とサクヤ不在の後の指揮をしていたハーベスタを失った事実が重く圧し掛かり、素直に喜べず微妙な面持ちをなってしまう。


「ホタルお姉さま、大手柄じゃない?」

「そんな褒められると照れちゃうね」

 それでもマリネは、どうにか鬱々とした雰囲気を振り払うべく、今回一番のお手柄であろうホタルを褒め称えた。


「後は、ユキ様が目を覚ませば良いのですが……」

 今まで水神の国全土を氷の大地にして、かつ住民らを雪へと変えていたユキは、帰路でも一切起きる事無く今もずっと眠り続けている。

 このまま永遠に眠りが覚めないのではないのだろうか?

 そう思っているせいか、ルリフィーネは不安を隠せずにいる。


「まあ、組織側も長を失ったわけだから、しばらくは大人しくなるんじゃないかしら? 時間はいっぱいあるし、十分休めば目も覚ますでしょう」

 ユキの最大の理解者をどうにか元気付けようと、マリネは笑顔でそう伝えた。


「そうですね。ここまでやれたのですから、きっと目が覚めますよね」

 そして、そんなマリネを見たルリフィーネは、くよくよしても周りに心配をかけさせるだけと思い、どうにか頑張って笑顔を作って見せた。



 それから数日後。

 水神の国、とある辺境の村にて。


 ミズカ達の目の前には墓が三つ立っていた。

 一つはハーベスタの愛した人が眠っており、もう一つは娘が、そして一番新しい墓には新世界で作戦指揮をしてきた男が眠りにつこうとしている。


 埋葬は簡素でかつ質素に行われていく。

 見送る人もミズカとマリネ、後は一部ハーベスタと縁のあったメンバー二、三人程度だ。


「ハーベスタ、ついにやったよ。これからはトリニティ・アークが無い新たな世界が始まるんだよ」

 王宮での戦いで命を落としたハーベスタを弔うべく、彼の家族が眠っている場所と同じ所へ墓を立てる。

 この提案をしたのは、意外にもミズカだった。

 彼が命を散らす瞬間を見届けたからなのか、それとも他の思いがあるのか。

 理由は誰も聞く事が出来ないまま、また誰にも打ち明けないまま、真意は彼と共に埋葬された。



 さらに数日後。

 ネーヴェが施した氷の封印も、残雪が脇道にある程度になった頃。


「わしらも戻るやね。いろいろ世話になったんよ」

 新世界のアジトで世話になっていたサラマンドラの師シウバと同居人のアルパは、元々住んでいた小屋へ戻ろうと、入り口で他の人々の見送りを受けていた。


「お前さんはどうするんや?」

「俺は火竜の国へ行く」

「へっ、結局玉座が恋しいんやな?」

「誰も居ないんなら、俺が座っても問題ないだろう」

 組織との決着がつき、再び王へ戻る事を宣言したサラマンドラも、同時にアジトから出て行く。


「世話になった。元気でな」

「ありがとう、サラマンドラ」

 彼が居なければ、この作戦は成功しなかった。

 誰もがそう思っており、心強い客人に対して新世界の人々は真剣な面持ちのまま頭を深々と下げた、


「あーそうだ、悪魔娘」

「んー?」

「国へ来たら嫁として迎え入れてやってもいいぞ。お前が気に入った」

 別れ際、サラマンドラは突然振り返りホタルへそう伝える。


「えええっ!? まさかの告白!?」

 その場に居る全員が驚き、当事者のホタルよりもミズカの方が彼の意外な告白に対して、強い反応を示した。


「ん……。王妃様って柄じゃないからパス」

 この時ホタルにはある一つの考えがあった。

 それは火竜の国王の后になる事ではなく、また新世界の人々と共に居る事でもなく、そしてユキと一緒に水神の国へ凱旋する訳でもない。


「えー、もったいない」

 自らが帰る場所がある。

 そんな場所を用意してくれていた人らが待っている。

 ホタルは、昔居た修道院へ戻ろう思っていた。

 姿は変わってしまっても、ホタルは少しも不安がってはいない。

 それは、過去にセルマが言ってくれた言葉が本物であると信じて疑わなかったからだった。


「ありがとうね」

「ふっ、そうか」

 だからホタルは少しはにかみながらサラマンドラの誘いを断り、そして”こんな自分”を娶ろうとしてくれた事に対して一つだけ礼を言った。

 サラマンドラも強要するわけもなく、ほんの少しだけ表情を緩ませるとアジトから去って行った。


「大変だ!」

 新世界の人々が、サラマンドラ一行を見送ったくらいに、メンバーの一人が慌てて幹部らに駆け寄ってくる。


「む、どうしたの?」

「ゆ、ゆ……」

 組織の長はもう居ないし、今更何を慌てる事があるのだろうと全員が思っていた時。


「なに?」

「ユキが目を覚ました!」

 今まで眠っていたユキが起きた事を告げられると、驚きと喜びで動きが止まってしまう。

 その中でもルリフィーネは勢いよく駆けていち早く主の下へ向かって行き、他の人達も彼女を追ってユキが眠っていた部屋へと向かった。

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