116. 姫から少女へ
ホタルは背後からの気配を感じ、すかさず後ろを振り向く。
「えっ、ルリさん……?」
そこにはネーヴェが呼び出した魔術師風の男にやられたルリフィーネが、息を切らしながらも立ち上がり向かっていく姿があった。
「はぁ、はぁ……。私もユキ様に救われた事は、……たくさんあります。だから、今度はホタルさんと私で、……ユキ様をお救い致します!」
ルリフィーネの言葉はとても力強くて頼もしい。
だが疲労の色は強く出ており、歩くのもままならない状態だ。
「きゃあっ!」
「ちっ、人体兵器がそっちへ向かったぞ!」
そんな中、今までミズカと戦っていたセーラが自身の主の危機を感じたのか、ミズカを乱暴に蹴り飛ばして、立ち上がったルリフィーネへと凄まじい勢いで迫り来る。
「私はどうなってもいい。ユキ様を救う事が出来れば、私は……! 私は……!」
かつてユキと共に行動した仲間とはいえ、セーラは一切手を抜いていない様子だ。
このままいけば、ルリフィーネは切り裂かれ、この場で無残に命を散らせてしまう!
「くっそー!」
「間に合わん!」
「ルリさん!」
全員がルリフィーネの最後を予感した、その瞬間だった……。
ルリフィーネの周囲が、陽炎のようにゆらゆらと揺らめくと同時にセーラの攻撃が空ぶると、一瞬時間が止まったかのように全ての動きが硬直した後に、セーラは大きく後ろへ吹き飛ばされてしまい、壁へと叩きつけられて動きを止めた。
「お、おい。ルリさんどうなっちゃったんだよ!?」
ルリフィーネの強い思いが、奇跡を呼び寄せた。
周りの人間は、そう考えるしかなかった。
「この気迫……、あの時のか!」
だが、サラマンドラだけは見解が違っていた。
彼はこの状況を、既に身をもって体験済みだったからだ。
「あの力を使うなら、これはいけるな」
かつて、海沿いにある洞窟の最奥で修行した時。
修行最後の戦いで、彼女はサラマンドラの新奥義を受けて命を散らそうした中で、本人も気づかないうちに目覚めた力。
その力が、最大の決意と最高の窮地によって再び引き出されたのだ。
「私は……、ユキ様を必ず救う!」
ネーヴェは妖しげに笑いながら、魔術師風の男へ指で命令をする。
男は組んでいた腕を解くと、再びルリフィーネと視線を合わせようとした。
しかしルリフィーネは目を閉じたまま、ゆっくりとネーヴェが居る方へと進んでいく。
目線を合わす事が出来ないと察した男は、手から黒紫色の瘴気塊を発射するが、目を閉じているのにも関わらず瘴気塊を片腕で軽々と弾いてしまった。
弾かれた瘴気塊は壁に当たると爆発し、炸裂した範囲の瓦礫を一瞬で粉々に分解したところを見ると、かなりの威力なのは間違いない。
「お、おいルリさん……」
今までも圧倒的な強さを見せつけてきたルリフィーネであったが、今回は何かが違う。
そうホタルは感じ、話しかけようとしたが途中で躊躇ってしまった。
「我が虚無の力を……、何者……!」
魔術師風の男は、自身の力がまるで通じていない事に対して酷く動揺しながらも、瘴気の塊を連射し続けるが、ことごとく防がれてしまう。
やがて、完全に距離が縮まってルリフィーネが攻撃可能な範囲の入った時、ルリフィーネが目を開き拳を何度か振るうと……。
「ぐぅうああああっ!!!!」
周りの目には二度三度腕を動かしただけにしか見えなかった。
だが、まるで何万発の攻撃を受けたかのように、魔術師風の男は断末魔の叫びをあげながら、体は踊っているかのごとく宙を舞い続け霧散してしまう。
そしてルリフィーネはネーヴェが呼び出した存在を倒すと、真っ直ぐ姫の胸に埋め込まれた雪宝石に手をかけて……。
「胸の雪宝石を掴んだ!?」
そのまま手を引き、一つになっていたネーヴェと雪宝石を分ける事に成功した。
「フフ……、ルリ……」
引きちぎられた箇所から血は噴き出し、ネーヴェは笑顔のまま後ろへとゆっくり倒れていこうとする。
「よし、これで……!」
この時、自身の時間操作術を遮る物が無くなったと確信したホタルは、手甲に籠めていた力をネーヴェへと一気に距離と詰めていき……。
「時のルーン発動!! 戻れええええええっっっ!!!!!!」
紫色に輝く手で、ネーヴェの体に触れる事が出来たホタルは、とっておきの刻印術を発動させる。
水神の国の時間を止めていた姫君の全身が、手甲と同じ色に強く光り輝きだす!
この場に居る全員が、この眩い輝きは永遠に続くような錯覚を受けていた。
光を各自腕や手で遮りながら、術を受けたネーヴェや、術を繰り出したホタルがどうなったかを見守り続ける……。
「やったか?」
「ねえ、どうなったの!」
「ユキ様……」
やがて光はおさまっていき、二人の姿がはっきりと目視できるようになっていく。
そして、全員は目を大きく見開いた。
「ははっ……、やったよルリさん。みんな……」
「ホタルさん! ユキ様!」
そこには、手甲が完全に壊れて片腕が血まみれのホタルと、村娘の格好をしたユキが床で倒れていたのだ。
ホタルは達成感にうちひしがれ、息を切らしながらも笑顔で無事な方の手を天へと突き上げる。
この瞬間、時間操作は成功してユキが無事解放されたことを、各々は確信した。
「気を失っておられますね」
戦いに決着がついたルリフィーネは構えを解くと、すかさずユキへと駆け寄り主君の様子を確かめた。
彼女の安堵した表情から、ユキの命に別状が無い事を全員は察した。
「大丈夫か?」
「あいてて……、ちょっと肩かしてくれるかい?」
疲労困憊でかつ片手が使えないホタルは、一人で立ち上がる事もままならず、近くに居たサラマンドラに手を借りようとする。
「うわっ、ちょっと!」
「アジトまで距離がある。そんな体では歩けないだろう?」
しかしサラマンドラは無言でホタルを抱きかかえる。
「恥ずかしいからやめてー!」
今まで異性にそんな事をされたことがなかったホタルは、顔を赤らめながらどうにか抜けようとしたが、無駄な抵抗を解ると視線を泳がせながら大人しくした。
「戻ろう、私達のアジトに」
「そうだな」
こうして新世界一行は、ネーヴェを倒してユキを取り戻す事に成功する。
ルリフィーネはユキを担ぎながら、ふと外の景色を見る。
外の吹雪は止んでおり、暖かい日の光と共に歓喜の声が溢れていた。




