113. 言葉と拳
フィレとサラマンドラは、誰も居ない宮殿内を通路を歩いてゆく。
二人の足音だけが、建物内に響いている。
そして程なく到着した場所は、かつて国王が襲撃された迎賓館だった。
祭事をしていないため館内に物は一切無く、ただの広い部屋となっている。
「一つ聞きたい。何故私についてきた?」
フィレもあの場で仲間と逸れる意味を解っており、そしてサラマンドラも自身の行動がどういう危険をもたらすか知っていると思っていたため、敢えて付いてきた理由を問いかける。
「一致団結し、ネーヴェを取り返すのではなかったのか?」
「俺はハーベスタが居る集団がどうなろうと、知った事ではない」
「ならば玉座が恋しいのか?」
「欲しければくれてやる。空席なら貰うがな」
地位も、ネーヴェ姫の身柄もいらなくて、新世界の人達の命も気にしない。
そんなサラマンドラが何故ここへ来たのかが、フィレにはいまいち理解出来ないらしく、腕を組み首を少しだけ傾けた。
「なら何故だ?」
「ほう、不思議だな。解っていると思っていたぞ」
そしてそれについて聞いたが、サラマンドラはまともな答えを返さない。
「お前を負かす。ただそれだけだッ!!」
「愚かな……。それで何が生まれる?」
「その答えは、強さを求め続けたお前なら解るはずだ」
その代わりサラマンドラは、床が砕けるくらい強く蹴り、拳を突き出しながらフィレへと突撃する。
「……やるではないか」
並の人間なら受け止める事なんて絶対に出来ない。
まともに食らえば粉微塵になるだろう。
しかしフィレは、難なく防御してしまう。
サラマンドラとフィレの腕がぶつかると、まるで落雷にあったかのような轟音と衝撃が周囲に広がり、天井の豪華なシャンデリアのかざりとステンドグラスの窓がびしびしと激しく揺れだす。
「こちらからも行くぞ」
攻撃を防いだフィレはそう言うと、空いている足を使って腹部を蹴ろうとする。
それはサラマンドラが先ほど放った剛拳とは異なり、研ぎ澄まされた剣のように鋭い一撃だ。
しかし、その攻撃でサラマンドラの体が切り裂かれる事は無く、もう片方の手で迫り来るフィレの足首を叩いて攻撃を逸らす事に成功する。
「つまらん」
戦いを仕切り直すべくフィレは、後ろへと大きく跳躍して間合いを開ける。
サラマンドラはそんな彼女に追撃を行わず、ただ不満そうにそう言うだけだった。
それに対してフィレは何も言葉を返さず、再び攻勢へと転じる。
両手両足の巧みな動きによる連撃で、サラマンドラを圧倒しようとするが……。
「ふんッ!!!」
フィレの圧倒的物量による攻撃を全て難なくはじき返し、彼女の手首を掴み壁へ叩きつけようとする。
しかし、しなやかな体の動きによってフィレは壁に足から着いて、投げ飛ばされた衝撃を最大限に和らげた。
「さっさと本気を出せ、もう手を抜いて勝てると思うな」
サラマンドラは酷く退屈そうにかつ、呆れた顔をしながら言う。
「それとも、お前の本気はその程度なのか? 俺が強くなりすぎてしまったのか?」
そして手の指を曲げて関節を鳴らすと、太い腕を組み尻尾を地面へ二度叩きつけて苛立ちを露にする。
「……いいだろう、ならば見せてやる。五番目の構えを!」
フィレは彼に答えるかのように両足を広げ、相手をぐっと見据えながら深々と呼吸を始める。
彼女の体からは、湯気のような白くてもやもやした何かがたちこめ、周囲の景色を歪めていく。
「これが私があみ出した構え。千刃竜の構えだ」
自らの力の全てを解き放ったフィレの瞳に、強い輝きが宿っていた。
体から立ちこめていた何かは消え去り、周囲は澄んだ空気に包まれる。
不気味な静けさの意味をサラマンドラは理解したのか、ぐっと腰を深く落として相手の攻撃に備えた。
そして次の瞬間、フィレはサラマンドラの視界から消えてなくなると、彼が気づいた時にはフィレの拳が深々と腹部に刺さっていた。
「ぐっ……!」
激痛に顔を歪ませ、身を引く事すら出来ずその場で立ち尽くしてしまう。
あれだけ相手の攻撃を警戒していたサラマンドラですら、フィレの全力の速さを見切る事が出来なかったのだ。
「私は手を抜く気なぞ無い。お前の本気を出す前に倒させて貰う! 究極奥義、閃刃殲滅乱舞!」
フィレは相手の苦痛を無視し、深々と突き刺さった拳を引き抜くと、手を刀のようにして敵を滅多切りにしてゆく。
最初は腕や腹部を切り刻み、尻尾や太もも、急所である頭や胸部に無数の攻撃を加えていった。
それによりサラマンドラの分厚い筋肉は切られ、鱗は削がれていき、真っ赤な鮮血が噴き出す。
氷の城と化した王宮が、彼の血で深紅の世界になるのにそう大して時間はかからなかった。
「やはり私の攻撃を見切れないか」
フィレの一方的な攻撃は、ごく短い時間で終わってしまったが、サラマンドラの体はズタズタに割かれてしまっていた。
彼の鋼よりも頑丈な肉体を切っただけではなく、あれだけの出血を伴う攻撃を繰り出したにも関わらず、フィレの純白の衣装には一滴の返り血もついていなく、サラマンドラの体を切り刻んだ手は色白な肌が見えたままだ。
それは、彼女の攻撃があまりに速く、そして鋭いからこそ起きる現象だ。
サラマンドラは腕を×字に交差させて防御していたとはいえ、フィレの攻撃を全て受けた。
致命傷は避けたが出血が酷く、即座に絶命するには至らないにしろ、不利な状況である事には変わりない。
今ならこの大トカゲにトドメをさす事が出来る。
そうフィレは思い、最後の一撃を加えようと再び構えた瞬間。
「なっ……!」
「見事だ。いい攻撃だ……」
サラマンドラは低い声で、ゆっくりと話し始める。
あれだけの攻撃を受け、立っているだけでも奇跡的な状況のはずなのに、彼の目はまだ死んでいない。
「それでこそ修行をした甲斐があるってもんだ……」
それどころか、業火のように熱く滾らせた光を宿している。
今の彼は、痛みを超えて破壊と闘争の本能に肉体を委ねた、戦いの神とも言える状態なのかもしれない。
「お前にも見せてやる。俺の力を。覇王竜の構えを!」
サラマンドラの周囲の景色がゆらゆらしだすと、体から流れる血は蒸発して赤い霧が立ちこめる。
逆鱗を撫でられて怒り狂う龍のような形相をしながら、彼は両手を広げて自身があみ出した最強の構えを取った。
「うっ、これ程なのか!?」
彼を取り巻く圧倒的な熱量と、神域に到達した彼の尋常ならざる気迫はフィレすらも退かせてしまう。
「究極奥義、修羅滅龍撃ッッ!!! うおおおおおおッッッ!!!!!!」
フィレが弱気になったほんの僅かな瞬間を、サラマンドラは見逃さない。
彼は目を赤く鋭く光らせると、広げていた両手を引き拳をぐっと強く握り、フィレの方へと勢いよく突き出す。
すると、彼の拳からは赤黒い破壊の波動が放たれ、豪雨で氾濫した川のような濁流でフィレを飲み込もうとする!
「くっ、第三の構えで受け流さね……がっ!?」
フィレはすぐさま立ち直り、極竜の闘法の一つであり相手の攻撃を受け流す構えを取った。
しかしサラマンドラの放った力の奔流は、フィレの防御の構えを真正面から無情にかつ無慈悲に打ち壊してゆく。
「ムウウウンッッッ!!!」
そしてサラマンドラは、そのまま拳を振り切りフィレを撃ち貫く。
貫かれたフィレの手足は本来あらぬ方向へと曲がり、白い衣装が真っ赤に染まる程の大量の出血をしながら、王宮の壁へと激突してしまう。
この瞬間、因縁の対決は勝敗が決した。




