99. 再起動
眼下に広がる小麦畑は、過去すぎる記憶のせいか色あせて灰色に見える。
しかし、私に微笑む大人達は、何故か色あせてはいない。
口を動かしているけど、声は聞こえない。
でも、私はこの大人達が何を話しているのか理解する事が出来た。
耳鳴りと景色の乱れが二度ほど起きると、今度は石で出来た天井が視界に映る。
今度も風景は灰色で、目に見える大人達は色があった。
けれども、今の大人達はさっきとは違った。
この大人達も何かを話しているという事は解った。
でも私は、話の内容を理解出来なかった。
そして意識は遠くなって、体が自分のものじゃないような感覚が強くなって。
私が、私じゃないような感覚に飲み込まれて……。
次に目に映った景色は色があった。
そして目の前に居る水色の髪の少女にも色があった。
それは、最近の記憶だからなのかもしれない。
「じゃあ家族とか、友達とか、好きな人とかも覚えていないの?」
何を言っているのか解らない。
家族?
友達?
好きな人?
好きな人……?。
「それはなに?」
「う、うーん。この人と一緒に居たいって思える人かな?」
水色の髪の少女は少し困った表情で私に説明をしてくれた。
「それなら居る」
一緒に居たい人が好きな人で、家族で、友達なら。
家族や友達という定義が、一緒に居たい人で好きな人なら。
「誰かな?」
「ユキ」
私は、ユキが好き。
ユキは私の家族であり、友達だ。
そう思った瞬間、体は空中に放り投げられるような感覚になる。
景色は勢いよく乱れ、真っ青になりやがて黒く暗くなっていき……。
目を開くと、薄暗い館内に居た。
そして自身の姉妹機である生物兵器ジョーカードール・アーテスタに惨敗した事を思い出した。
私は立ち上がり、私自身を見た。
アーテスタの攻撃を何度も受け、服はぼろぼろで原型を留めていない。
足元は鮮血の海だ。
しかし、体の傷はまるでない。
痛みも無い。
腕も、足も、指だって動く。
私は胸に手を当てて考えた。
そして一つだけ心当たりを見つけた。
ユキが私に命をくれた時、あの力がもしかしたら作用しているのかもしれない。
ユキ。
私の家族。
私に命をくれた大切な人。
「……ユキを探さないと」
ユキに会わなければいけない。
私は私の大好きな人のもとへ戻らないといけない。
大好きなユキは、待っていてくれる。
だから、だから。
「おい! 誰か居るか?」
どこからか声が聞こえてくる。
それは、聞きなれた声だ。
「おーい!」
声はどんどん近づいてくる。
この声の主は……。
「お前、生物兵器か! 無事か!」
組織に対抗する新世界の幹部、ハーベスタという男性か。
汗をかいていて呼吸も荒い。
慌ててここに来たのか?
「って酷い格好だな……」
でもなぜここに来た?
ユキとルリフィーネと私だけでサクヤの家へ向かうはずじゃなかったのか?
「まあいい、行くぞ。無事な奴が一人でも居ただけマシだ」
私の手を無理にひっぱろうとしてくる。
嫌だ、私はユキを探す。
私はこの男には付いて行かない。
「主人を探したい気持ちは解るが、今は無理矢理にでも連れて行くぞ!」
そう言われて、懐から金属製の腕輪を私に取り付ける。
普通なら、この男を振り払うのは容易い。
でも、それは出来なかった。
腕輪をつけられた途端に力が入らない。
アーティファクトの力を遮断する魔術道具か?
嫌だ、私はユキを探す。
ユキを探す。
探す。
意識は再び深く暗い場所へと落ちてしまう。
私の体からはみるみると力が抜けていき、まぶたも重くなっていき……。
……。
……。
……。
そして次に目が覚めると私は、椅子にくくりつけられていた。
腕輪もつけられたままで、力は入らないままだ。
「すまん、こいつを連れてくるだけで手一杯だった」
「メイドさんと、ユキは見つからなかったの?」
ハーベスタと、もう一人魔術を使う少女。
名前は確か、ミズカと言ったような。
二人は何やら話している。
「見つからなかった。というか、あれ以上探せなかった」
「じゃあ見捨てたって言うの? 何考えてるの?」
「馬鹿言うな、ありゃ完全に組織の巣だ」
「馬鹿はあなたよ。そんな場所へ三人を行かせるなんて信じられない」
「ああ、俺が馬鹿だった。だがなサクヤが裏切って俺達の情報源が無くなり、さらに遠方から狙撃する能力を明らかにしなければジリ貧だぞ」
ハーベスタとミズカは言い争っている。
どちらも不機嫌で不満そうな表情をしている。
「それでも行かせるべきじゃなかった。どうして私に言ってくれなかったの?」
「お前が知ったら、絶対にサクヤ本人に問い詰めるだろ?」
今まで怒っていたミズカは、泣きそうな表情になった。
悲しい表情、ユキもいっぱいしてた表情。
その顔を見ると胸がそわそわする。
何故?
「まあ、ここで言い合っても仕方ない。アジトから脱出した奴等はユキと専属メイドを除いて皆無事なのは幸いだ」
「それでどうするの? ”作戦参謀さん”」
「まずは組織の出方を見てからだな……」
「そんな悠長な事は言ってられないわよ。これを見なさい」
女の格好をした男、名前はマリネと言っていた。
そのマリネが険しい表情で淡く光る水晶玉を持ってくる。
「こいつら……、ここを嗅ぎつけたか」
水晶玉には黒いフードを被った人らが駆け足でどこかに向かっている姿が見える。
流れてくる人数だけでも二十、三十を超えた。
こちらへ向かっている?
「皆を集めろ、今すぐだ」
ハーベスタはミズカにそう伝え、視線を下げて唸りながら考え込んだ。
それからほんの僅かな時間の後、隠れ家に居た新世界のメンバーは全員集まり、ハーベスタを囲んだ。
「時間が無いから手短に聞く。これからお前達はどうするか意見を聞きたい」
手を組み、難しい顔をしたまま静かに全員に問いかける。
「俺達と共に徹底抗戦するか、それとも逃げるか」
徹底抗戦をすれば、恐らくは無事ではすまない。
生きてこの場所を出られる望みも薄い。
「逃げるものは水路に船を用意してある。それに乗ってくれ」
かと言って逃げても生き長らえる保障は無い。
逃げ道に兵を忍ばせて置く可能性は十分にある。
「幸い、俺ら幹部以外の顔はばれていない。新世界に所属していた事を黙っていれば、平穏な日常に戻る事も出来る」
「別に無理強いはしない。どうだ?」
ハーベスタの問いかけに、各々は頭を抱えたり、隣にいた仲間達と相談したりすると、一人が水路の方へと向かう。
それをきっかけに、新世界に所属していた人々は次々と水路の方へと歩いていく。
「結局残ったのはこれだけか」
「それでも、こんなに残ってくれたのはありがたいよ」
十人以上は居た新世界の人々も、幹部を除けば片手の指で数えられる程度になってしまった。
「ああ、そうだな」
「よし、なら組織に一矢酬いてやろうじゃないか!」
この時、私の手かせは外された。
ようやく自由になった。
あのココという新型さえ居なければ、私だけ脱出してユキを探せる。
「ねえ! あれを見て!」
そう考えた時、水晶玉に映る景色に異変が出る。
「な、なんだありゃ!?」
「新手のアーティファクトか?」
こちらへ乗り込んでくるであろう組織の兵が、次々と倒されている。
相手は……、見たこと無い人だ。
「これかな? おーい、聞こえてるかー? そこにユキかルリさんかセーラちゃんはいるー?」
水晶玉には、組織の兵をたった一人で倒した人の顔がアップで映った。
私の名前を呼んでいる?
どういう事?
しかも、ユキの名前も知っている?
ユキの知り合いか?
「ユキ達の事を知っている人?」
「ああ、みたいだな。おい人体兵器、知ってるかあいつ?」
「知らない」
私はあんな人知らない。
ユキが慕ってきた仲間で、あんな見た目の人には会ったことがない。
「まあそうだよな。だってあの姿を見ろ。どう見てもお前……」




