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0. 姫、最後の日常


 ”天使とは、美しい花をまき散らす者でなく、苦悩する者のために戦う者である”


                  ―― 光を掲げる貴婦人より ――



 世界は、大まかに四つの国に別れている。

 そのうちの一つ、水神の国アクエリア。

 その国を統治する王の一族には、娘が一人居る。

 名をスノーフィリアといい、性格容姿共に可憐で、何不自由ない生活を送り、万人から慕われ愛されていた。


 これは、そんな姫が数奇な運命に翻弄されながらも苦悩し、成長していく物語である。



「おはようございます。スノーフィリア様」

 心地よい日差しがスノーフィリアの肌をくすぐる。

 姫はまだ眠たそうにしつつ、瞼をゆっくりと開けていく。


 姫の居る部屋。

 国内最高峰の職人達が作ったベッドの上には、最高級の寝具が敷かれている。

 窓にかけられたレースのカーテンは優しくひらひらと揺れ、部屋には姫の一番の理解者である宮廷ハウスキーパー・ルリフィーネを筆頭に、複数のメイドが指示を待っている。

 その光景は世界を統治している大国の姫ならば、当たり前の日常だ。


「おはよう。ルリ、みんな」

 スノーフィリアは挨拶を返しながらも、いつも通りの朝の迎える。

 心地良い目覚めを体感し、姫の表情が優しく柔らかになった。


「昨晩はよく眠れましたでしょうか?」

「うん、ルリが側に居て本を読んでくれたからね。ありがとう」

「私には勿体無い言葉です」

 そんな何気ないやりとりを終えると、ルリフィーネは部屋内のクローゼットをゆっくりと開ける。

「スノーフィリア様、今日はどのお召し物に致しましょうか?」

 そこには姫の為だけに仕立てあげられた特注品のドレスが複数着かけられていた。


「こちらの水色も良いですし、白も素敵ですが……。迷ってしまいますね」

「ルリ、今日は水色にするね」

「かしこまりました」

 スノーフィリアは今年で十歳を迎える。

 それを記念し、国の著名な画家達が姫君の為に絵を描いており、今日の朝食後にそれらを鑑賞する予定となっている。

 姫は綺麗な絵の邪魔になってはいけないと、白ではなく水色を選んだのだ。


「では失礼します」

 ルリフィーネを含めた使用人達は、絹で出来た薄手の白いワンピースの上から指定したドレスを慣れた手つきで姫に着せ、寝るために一つに結っていた髪を丁寧に解いていく。

 そして、全体がふわりとした愛らしい水色のドレスと靴に着替え、靴紐をルリフィーネに結って貰うためにスカートをたくし上げた。


「とてもお似合いですよ」

「ありがとう。ルリ、みんな」

「さあ、聖堂へ行きましょう」

「うん」

 全ての準備が終わると、姫君はハウスキーパーを筆頭に複数の使用人を引き連れて私室を出て行き、朝の祈りのため聖堂へと向かった。

 そしてそれらの日課が終わり、朝食を取り終えると、あらかじめ予定されていた絵画の鑑賞をするために王宮の一室へと移動し、鑑賞会が終わると簡単な食事をして町の広場へ向かっていく。

 そして現地へ到着すると、そこにはスノーフィリアを待っていたと思われる子供とその保護者達が姫を歓迎してくれた。


「あっ! スノーフィリア様だ!」

「皆様、ごきげんよう」

「ごきげんよー!」

「ごきげんようー!」

 通った声が広場に響く。

 今まで大人の側で退屈そうにしていた子供達がスノーフィリアの姿を見ると、一斉に駆け寄り可憐な姫を太陽より眩しい瞳で見る。


「最近会えなくて寂しかったんだよー!」

「ごめんね。公務が忙しかったの。でも今日は時間もあるから、いっぱいお話しましょう」

「うん!」

 スノーフィリアもそんな子供達に答えるように、今日の天気のような優しくて穏やかな眼差しで言い返すと、近くのベンチに腰掛けた。


「ねえねえ!」

「はい」

「どうしたらそんなに可愛くなれるのー?」

「本当可愛いよねー、まるで雪花みたい」

「雪花?」

「うんー、おばあちゃんから聞いた事あるの。寒い地方はね、白くて綺麗で羽根みたいにふわふわしたお花が降ってくるの」

「ほおほお、そうなのですか」

 スノーフィリアは町の子供達との会話を楽しむ。

 話をする子供や、聞く子供、姫、姫の従者、周りの大人。

 全員の表情は明るく、この平穏平和で微笑ましい日常を満喫した。


 そしてそんな日常は、日が落ちかけて空が赤くなるまで続いた。

 気温が下がってきた時、随伴していたルリフィーネが促して話を切り上げ、十分に話をして満足げな顔を見せる子供達に一つだけ軽く挨拶をすると、スノーフィリア一行は城へと戻っていった。



 夜。

 今日の公務を終えた父親と母親と合流し、家族全員で食事をする。

 スノーフィリアは絵の鑑賞会の感想を少々と、広間で子供達をふれあった事をたくさん話した。

 

 そして幸福な食事の時間を終え、夜の祈りと水浴びを済ませて寝間着の白い薄手のワンピースに着替えると、睡魔が訪れるまでの間、最も信頼している使用人のルリフィーネとの会話を楽しむ。


「ねえルリ」

「はい、何でしょうか?」

「私に、公爵の妻が務まるかな……?」

 スノーフィリアは十歳の誕生日を迎えると同時に、上級貴族の中でも特に功績をあげているコンフィ公爵の家へ嫁ぐ事が決まっている。

 相手との年の差もあり、世間知らずな姫ですらこの婚約が国の為である事を解ってしまう程だ。

 その一大行事、姫の今後の人生すらも決定してしまうような出来事に対して不安を感じており、それを使用人へと打ち明けた。


「結婚とは、互いを認め合い、互いを支えると誓い合う儀式と習った事があります」

 不安げな表情をして下を向く姫に対し、ルリフィーネは彼女の手をそっと握る。


「最初は大変かもしれませんが、スノーフィリア様なら夫となるコンフィ公爵を支える良き妻になります」

 手の温もり、優しい言葉。

 絶大な信頼を置いている人からのそれら言動は、姫の心の不安を払うには十分だった。


「うん、私頑張るね」

 スノーフィリアは、ルリフィーネの手をぎゅっと握り返す。

 表情の戻った姫を見て、同じ様な笑顔を返した。


「はい」

 こうして、何気ない日常が終わっていく。

 そして、目が覚めれば姫も想像していない非日常が始まりだす。


 スノーフィリアにどのような運命が訪れるかは、まだ誰も知らない。

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