壊し、壊され、最後に治る。
「さあ、目を開けて。そして歩きなさい。真っ直ぐ」
グランカは言われるがままに行動した。
昨日アルルが口にしていた末恐ろしい「楽しいこと」とは何だろうか。
そう考えるだけで四肢が苦しく、足掻くのを感じる。
しかし、手足は辛うじて動けるが捕縛鎖による拘束は続いていた。
「その扉を開けるといいわ」
グランカは大きな扉の目の前に立たされていた。
鋼のような鉱物で作られた扉は押せば簡単に開くものの爆弾を使ったとしても壊れることはない、それほどまでに頑丈な作りであった。
グランカは扉を開け、周りを見渡す。
「……闘技場?」
直径180メートル、円形型のバトルフィールド。
西洋を感じさせるタイルが盛大に使用された床。
上を見ればテラスのような観戦席。
観戦席にはざっと見ると既に170人はいるだろう。
グランカのいる扉の向こう側にはもう一つ同じ扉が存在した。
フィールドの中央には一本の刀と2メートル程の巨大な戦斧が置かれていた。
バタンっ!
扉がひとりでに閉まると同時にグランカの手足を拘束していた鎖がスゥ、と消えていく。
何が何だか未だに理解出来ていないグランカを差し置いて誰かが話し出す。
「今宵もお集まり頂きありがとうございます。皆様、大変お待たせいたしました。我らがオーナー【残虐姫】ことアルル・ネイティア様のお気に入り『グランカ・ホーネット』VSチェイス・オルガ様の付き人『ジェイソン』っ!!」
「「「「うぉおおおおお!!!」」」」
ここでようやく理解する。
自分がサーカスでいうところの"ライオン"の立ち位置だと。
周りにいる観戦者は言わば"客"。
ここにいる連中を楽しまなければならない"商品"と同類。
「……っ! クソッタレどもが!! 僕らを見世物にしてそんなに楽しいかっ! どいつもこいつも死ねっ! 死ね死ね死ね、死ねっ!!」
ここで、後ろから聞こえてくる大きな足音。
グランカが意を決して振り返れば3メートルは余裕で超える背丈、そして仮面を被った巨人がいた。
巨人の名は先ほども叫ばれていた『ジェイソン』で間違いないだろう。
「…………」
ジェイソンは何も言わず徐々に、戦斧に向かって近づいていく。
「ジェイソンは俺の作った最高傑作っ。つまり、【魔改造人間】という訳だっ! 【残虐姫】っ、貴様は俺が潰すっ!!」
チェイス・オルガは自分の"道具"を得意気に褒めちぎる。
いつの間にか特等席まで移動していたアルルは何も言わず、ただ闘技場をじっと見ている。
──回復術師VS魔改造人間
「ジェイソンより先に、武器を取らねーと!」
刀を取るべく走り出す。
幸いにもジェイソンは体が大きい分、移動速度が遅い。
必然的に身軽なグランカの方が武器を装備する速度が速い。
……が。
「っ!!?」
刀との距離約1メートル。
それに対してジェイソンとの距離約10メートル。
それなのに、ジェイソンはグランカの腹を殴り飛ばしていた。
壁にぶち当たり、腹部と背中から違う、強烈な痛みが走る。
腹から熱い何かが意に反して吐き出てくる。
「……って!」
だが、ジェイソンはグランカを休ませはしない。
巨大な戦斧を持ち、体格に似合わぬ速さで間合いを詰めてくる。
一瞬にして目の前まで来たジェイソンは、戦斧を頭上に掲げ振り落とす。
「っ! ……どぅぉわ!!」
間一髪、ギリギリで攻撃を避けたグランカは地面に手を当てて叫ぶ。
「『修復』っ!」
「……"もの"さえも直すことが出来るの?」
グランカには聞こえていないが、遠くにいるアルルは戦いの様子を見て驚きが隠せない。
戦斧は地面に刺さり、しかも地面が修復されたため、簡単に抜くことは出来なくなった。
グランカは1度ジェイソンの足を蹴る。
が、蹴った自分の足の方が痛みを感じたためか、大人しく刀を取るために走り出す。
「ジェェェイソォォォンっ!」
「──オオオオォォォオオオ!!!」
ジェイソンはチェイスの怒鳴りに答えるように咆哮する。
思いもよらないけたたましい咆哮により、グランカは両耳を塞いでしまう。
「っ!? アイツこんなデカい声出せたのかよ! 無口系で突き通すと思ったのに……! なんかショック!」
もう少しで刀に手が届く。
「あと、少しっ!」
「ニガサナイっ」
拳の次は蹴りがグランカを捉えた。
腹ではなく左腕と左脇腹を同時に襲われ、簡単に飛ばされる。
飛ばされた最中にグランカが見たものは、ジェイソンが床を壊して戦斧を強引に引き抜く姿だった。
その瞬間に察してしまった。
(……僕は、コイツに勝てない)
再び体が壁へとぶち当たる。
その時には既に、グランカの戦意が喪失されていた。
(勝てないと分かっている戦いに、本気を出すなんてバカらしい。もう、ここで死んだほうが楽なんじゃないか。僕の人生は、とても儚かった)
覚えている限りの思い出が走馬灯のように頭の中を駆け巡った。
妹がこの世に生まれてきてくれたこと。
自分が9歳になったばかりの誕生日のこと。
仲間と飲食店に行ってバカやらかしたこと。
初めて武器を扱ったこと。
魔法を扱ったこと。
仲間が死んでいったこと。
自分の腕が足が切り取られたこと。
──あの狂った女に会ってしまったこと。
全部が全部、まるで動画のように、頭の中で再生されていく。
その小さな隅っこに人影が見える。
人影は頭を垂れ、涙を流す少年の目の前まで歩む。
そして、問う。
「君は、何のために戦ったの?」
「……分からない」
「君にメリットなんてあった?」
「……ある訳ないだろ」
「今後、君が君であるために、どうしたい?」
「……僕を、僕をっ!」
少年は見知らぬ人影を睨みつけながら、涙を流しながら必死に、心の奥底から叫んだ。
「僕を殺すヤツは許さないっ! グチャグチャにするっ! 壊す! 壊してやる! 僕は! 僕のために生きるっ!!」
「うん。それでいいんだよ。僕は君に力を与える。だから君は僕に乞え」
夢の世界から現実へ。
巨大な戦斧を担いだ巨人が自分に近づいてくる。
10メートル、7メートル、3メートル。
徐々に近づいていき、やっと目の前に。
戦斧を頭上に掲げる。
それは「今からグランカを真っ二つにする」と、宣言しているようにも見えた。
ピクリとも動かない体を見て、ジェイソンは叫ぶ。
「ウオオオオオオ!!」
戦斧を振り下ろそうとしたその時。
後は一瞬のことだった。
動けないはずのグランカが瞬時に体を動かし攻撃を交わす、が左腕を奪われてしまう。
しかし、グランカは痛むどころかジェイソンの顔を見上げ、狂った笑顔を見せる。
その左腕には魔法の詠唱をしていないにも関わらず腕が復活していた。
踏み込み、そのジェイソンの腹を殴り飛ばす。
「「「はっ!!?」」」
そんな光景は、今までガヤガヤと観ていた者達を一瞬にして驚愕へと変えるには十分だった。
アルルだけは身を乗り出して食い入るようにこの光景を見る。
「やっと、やっと目覚めた! あれが『ホーネット家』の一分にだけ伝わる」
──【破壊神シヴァ】の転生者
「今度は僕がアンタを殺す」
既にグランカの髪は真っ白になっており、その両目は、【破壊神シヴァ】のチカラによって紅く染まっていた。