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第一話

 マフティカ王国南部の町ティスタ。そこにあるメイヴィル魔導学園はマフティカを中心に活動する魔法使いたちの学び舎である。そして今日新たな魔法使いたちが巣立とうとしていた。

 大理石で造られた広い講堂の中には今年の卒業生たちは集まり、最後の行事に参加していた。壇上には白いひげを蓄えた老人が立っていた。

「本日、諸君は学園を卒業し一人の魔法使いとして独立することになる。各々、自分の信じる魔道を極め、更なる高みへと進むことを願っている」


「やっと終わった。卒業式典長すぎだろ」

 式典が終わり、生徒たちがたむろする講堂をあとにして黒髪の男、エルドはぼやいていた。

「5年間の学園生活、あっという間だったなぁ…って、浸ってる場合じゃねぇな。さっさとあいつらと合流しねぇと」


「ヴィンさん…どうしたらいいっすかね」

 エルドは学生課にやって来ていた。そして職員の一人、ヴィンに泣きついていた。

「どうって言われてもね…仕方ないとしか言えないかな」

「ちゃんと約束してたんすよ‼でもあいつら急に…」

「まぁ自由労働者はねぇ…」

 学園を卒業した後は働かなければいけないわけだが、その選択肢の一つに自由労働者というものがある。一言でいえば『何でも屋』である。稼ごうと思えばいくらでも稼げる職だが、収入の不安定さなどがあり、進んでなろうとするものは少ない。

「その友達たちはどうするって?」

「軍に入隊したり家業継いだりするみたいっす」

「なるほどね。学園側としてもそうしてくれてありがたいね。軍隊は学園の実績になるし」

「俺は良くないんすよぉ~」

「でも今から就職先の紹介もできないしねぇ」

「自由労働者目指してる人とか心当たりないっすか?元自由労働者だったんでしょう?」

 ヴィンは軽くため息を吐くと、メモ帳にペンを走らせ、それをエルドに渡した。

「?何すかこれ?」

「…学園の近くにある『鳥かご』って喫茶店行ってみな」

「何かあるんすか?」

「紹介所」


「ここか…見た目は普通の喫茶店だよな」

 エルドは言われた通り『鳥かご』へとやって来た。特に変わった様子はなく、街の人たちが昼食をとったりしてくつろいでいた。

 エルド自身も何度かこの店に来たことはあったが自由労働者が集まっている様子はほとんど見たことがなかった。

「ホントにここで紹介してもらえんのかよ…」

 店内に入りカウンター席へと向かう。落ち着いた店内には自由労働者らしき人物は一人もいなかった。席に着きメニューを眺めていると、店主らしき人物がやってきた。

「何になさいますか?」

「じゃあ、コーヒーと・・・あとこれを」

「・・・かしこまりました。少々お待ちください」

 ヴィンから渡されたメモを手渡すと、店主はそのまま奥へと戻っていった。

「これで紹介してくれる・・・んだよな?」

 若干の不安を抱きながら待っていると

「準備が整いましたのであちらから下へ降りて、三つ目の部屋にお入りください。こちらが部屋の鍵です」

「どうも・・・」

 指された方を見ると壁にドアが現れていた。魔法で隠してあるようで、鍵を持っていないと見えないようになっていた。

「お飲み物は後ほどお持ちしますので、おさきにどうぞ」

「わかりました」

 ドアを開けると階段があり、降りた先には長い廊下が続いていた。

「三つ目、三つ目っと」

 ドアを開けると中には赤黒い髪の男と茶髪の女が一人ずついた。二人とも学園の制服を着ており、エルドと同じく今年度の卒業生だった。

「えっと・・・はじめまして、かな?」

 赤黒い髪の男が話しかけてきた。

「ここにいるってことは、あんたたちも自由労働者になるってことだよな?」

「じゃなかったらここに来ない」

「・・・まあそうか」

「立ってないでほら、座りなよ」

 エルドが促されるように空いていた席に座ると、すぐに頼んでいたコーヒーが届いた。ウェイターが部屋を去ると再び男が話し始めた。

「まずは自己紹介でもしようか、僕はジェンス。魔装工学を勉強してたよ。よろしく」

「俺はエルド。付加魔法専攻だった」

「マーシャ。魔法薬学専攻」

「僕はどこかの所属じゃなくて、フリーランスの自由労働者として活動したいんだけど、君たちはどう?」

「俺もそのつもりだ」

「私も」

「お、これはスムーズに話がまとまりそうだね。報酬については?」

「「山分け」」

「僕もだ。うん、いいチームが組めそうだね」

「マーシャ・・・だっけ、女一人だが大丈夫か?」

「大丈夫、気にしない」

「じゃあ結成を祝って乾杯でもしようか。コーヒーだけど」

「ああ、これからよろしく」

「よろしく」


 『鳥かご』をあとにしたエルドたちはある場所へと向かっていた。

「そういや二人は魔法使えんのか?魔装工学と薬学だろ?」

「炎の魔法がそこそこ。魔装工学って言っても授業の大半が魔法についてだから」

「私は基礎魔法だけ。そういうエルドは?」

「俺はまったくだ。付加魔法しか使えん」

 エルドの一言にジェンスとマーシャは言葉を失った。誰しも魔法の得手不得手があるのは分かっていたが、まったく魔法が使えないという人物とは初めて会ったからだ。まして同じ学園で学んだ生徒でだ。

「でもあれだぞ、魔力制御での浮遊くらいはできるぞ」

「・・・よく卒業できた」

「座学だけは死ぬほど頑張ったからな、筆記試験は常に上位十人だったぜ」

「それで卒業にこぎつけるなんてすごいね」

「剣術と体術、あと卒業試験で点は稼いだからな」

「・・・本当に魔法だけダメなんだ」

「あきれた」

「体力と力にはかなり自信あるから、そういう時は任せろ」

「それもそうだね、っと見えてきた」

 やってきたのは酒場『ルドイ』だ。『ルドイ』では自由労働者へ仕事を紹介しており、それを請けに自由労働者が集まっている。店内はたくさんの自由労働者でにぎわっていた。

「ここかジェンスが拠点にしたいっていうのは」

「うん、個人で活動するならここが一番いいかなって思ってたんだ」

「どうして?」

「結構仕事の幅が広いんだよね。手紙の配達から猛獣の退治までいろいろあったよ。選べる仕事は多いほうがいいと思ってね」

「ふーん、まあどこでもいいけどよ」

 中を見て回っているとウェイトレスらしき人物が声をかけてきた。

「あら?あなたたち新人さん?」

「一応自由労働者の新人だな」

「ならついてきて頂戴。印をつけないと」

「そんなものあるの?」

「さあ?僕も知らないな。個人なのに印って」

 大人しくウェイトレスについていくと手の甲に妙な模様の印を刻まれた。

「これでよし。あ、水で落ちたりはしないから安心てくださいね」

「これは?僕たち個人で活動するつもりなんですけど」

「自由労働者の証って言えばいいですかね?これがあれば何かあった時、この店に連絡が来るようになるんです。それと、この用紙に名前と有事の連絡先を書いてください」

「・・・親ってことですか?」

「?どうしても無理ならあけておいていいですよ」

「親、というか身内いないのか?」

「縁切ってここにいるからちょっとね」

「なんだ家出でもしてきたのか」

「まあそんなところかな」

「書き終ったら好きな仕事を選んできてください。頑張ってくださいね」


 掲示板に貼り出されている依頼書に一つ一つ目を通していく。ジェンスが言ったように仕事内容は様々だ。報酬も同じようにピンキリだった。

「よさそうな仕事あったか?」

「微妙だね~簡単なのは報酬が少ないし、多くなると内容がね~」

「初仕事だし慎重に選びたい」

 依頼書とにらめっこしていると、マーシャが突然思い出したように話を切り出した。

「二人は住むところってどうするの?」

「なんだよいきなり」

「・・・そっか。寮は出て行かなきゃならないもんね」

「そう。今月中に追い出されるはず」

「そんなに急なのか!?なんにも決まってねぇよ!」

「部屋を借りないといけないね・・・となるとお金か」

「できるだけ高い報酬のやつ行かないと」

 報酬で仕事を絞り吟味した結果、猛獣退治の仕事を請けてみることになった。

「報酬二十万、これがいいところだろ」

「どんな猛獣かまったくわかんないけどね」

「依頼人に聞けば分かると思う」

 依頼書を持って受け付けに持っていくと、青い髪の女性が仕事の手続きをしていた。

 女性は内容を見て少し眉を寄せ、エルドたちのほうを少しだけ見上げた。

「見ない顔・・・新人さんよね?」

「はい。やっぱりこれはさすがに厳しいと思いますかね?」

「さあ、やってみないとわかりませんから」

「なんだそれ、危険な仕事でもほっとくのか」

「私たちは仕事を紹介するだけです。もし何かあれば後始末くらいはしますけど、仕事を止めるようなことは致しません」

「なあここって結構危ないところなんじゃねぇか?」

「少なくとも個人の自由労働者はどこでもこうだと思う。悪く言えば使い捨てみたいなものだから紹介者側は止める必要性がない」

「でも、皆さんが無事に帰ってこられることを祈っていますよ」


 すぐに依頼人の元へ向かい事情を聞くと、町から少し離れたところにある山の麓に例の猛獣が下りて来ていてあまり山に入れないということだった。目撃情報では熊のような体をしているらしい。

 三人は依頼人の荷馬車に乗って山へ向かうことになった。

 しかし式典が終わったのが昼過ぎ、そのまま仕事となるとそれなりに時間が経っているわけで、

「なあ、山に着く頃には日が暮れてんじゃねぇのか?」

「すぐに片付けないと夜になっちゃうかもね」

「まず見つけないといけない」

「日没までに見つけねぇと危険だぞ。夜の山はあぶねぇからな」

「ところでマーシャは何読んでるの?」

「この辺の生態資料。例の猛獣のことが載ってるかと思って」

「そんなもんどこで手に入れたんだよ」

「授業で使ったやつを少しずつノートに写した」

「・・・学園には黙ってないとね」

「それで・・・たぶんこれが猛獣の正体」

 ノートにずんぐりとした熊の絵が描かれていた。何度か接触したのか、少しだけ情報も記載されていた。

「『バルクベア』・・・確かに書いてある情報に近いね」

「『縄張り意識が強く、非常に獰猛な性格』ってこんなの倒せんのかよ」

「どうだろうな~魔法でどうにかできればいいんだけど」

「マーシャ、その鞄何が入ってんだ?」

「作った魔法薬。多分役に立つ」

「エルドはその鉄パイプで戦うつもり?」

「剣は高くて買えなかったんだよ。一応魔法で強化すれば使えると思うぜ」


 しばらくして荷馬車が動きを止め、依頼人が三人の元へやって来た。

「着いたよ。けど本当に今からやるのかい?」

 改めて空を見ると日はすっかり傾いていて日没間近といった時間だった。麓は山というよりは森に近い場所だった。森の中は薄暗く、場所によっては全く見えないような状態だった。

「暗くなった山は危険だから止めておいた方が…」

「大丈夫ですよ。あなたは巻き込まれないよう離れておいてください」

 依頼人をおいて森の中へと入り、周囲に目を凝らしながら山道を進んでいく。しかし少し先を見ることすら難しく、猛獣探しは難航していた。

 時間が経つにつれどんどん暗くなっていく状況に三人は焦りを感じていた。

「暗くてよく見えねぇな。別れて探すか?」

「賛成、一緒に探しても効率が悪い」

「…二人とも『マナカム』は持ってる?」

「あるけど、こんなとこで使えんのか?」

 腕につけている水晶がついたブレスレットのようなものを見つめる。

 マナカムは魔力を通じて情報のやり取りをできる魔装具の一種で、それぞれを同期させて通信できるようにする。学園から支給されるものだが返還義務はないので卒業祝いのようなものとされている。

「たぶんこの山の中くらいなら十分届くんじゃないかな」

「見つけたら連絡して」

「先に襲われるなんてことになるなよ」

 三手に別れて薄暗い山の中で猛獣『バルクベア』の捜索を再開する。


「炎の魔法が使えると便利だけど、山火事にだけは気をつけないと、っと」

 ジェンスは周囲に複数の火を灯しながら、奥へと進んでいた。

 そのジェンスには一つ気がかりなことがあった。

「エルドはともかくマーシャは見つけたとして戦えるのかな?薬使うって言ってたけど」

 一応仲間を気にしながら更に奥へと進んで行く。


「確かこっちの方」

 マーシャは授業で何度かここに来たことがあった。そのときの記憶を頼りに進んで行く。

「ん、あったここだ」

 マーシャは森を抜け、山道の入り口から少しは離れたところに出た。そこにはほとんど木がなく、一面に草花が生えていた。ここは授業で訪れた際に採集用に目をつけていた場所だった。

「二人には悪いけど先に少しだけ採らせてもらう」


「う~ん?・・・ダメだな、ほっとんど見えねぇ」

 エルドはマナカムを作動させその仄かな明かりを使って歩いていた。しかし足元を照らす程度の明るさしかなくあまり役立っているとは言えなかった。

「周りはどんどん暗くなっていくしよぉ」

 適当に見回しながら歩いていると少し離れた茂みで影が動いているのが見えた。目を凝らすと少しずつ影が自分のほうへ近づいてきていることが分かった。

「結構でかい・・・もしかしてバルクベアか?」

 目を離さないようにじりじりと後ろへ下がる。合わせるように影もゆっくりと前へと進んでいた。少しずつ少しずつ、獲物を逃さないように。

 エルドはマナカムに話しかけ連絡を取る。

「エルドだ、獲物を見つけたぞ。どうする?」

『見つかってよかった。う~ん、でも本当にどうしようか?』

「このままだと襲われるのも時間の問題なんだが」

『そうだね・・・頑張って森を抜けてくれる?今から僕も森の外に向かって移動するから』

「森の外?なんでわざわざ」

『今僕がどこにいるのか分からないでしょ?森を出れば合流できるからさ。頑張って逃げてきてね』

 そう言ってジェンスは一方的に通信を切った。そしてエルドは一人猛獣を相手することになった。

「・・・追いかけっこだこの熊野郎!」

 エルドは身を翻し、暗い森を巨大な影と共に駆け抜ける。


 ジェンスは元来た道を引き返しながらもう一人の仲間に通信を入れる。

「もしもしマーシャ?聞こえる?」

『どうしたの?見つかった?』

「うん、エルドが見つけてくれたよ。今は追いかけられてる途中だと思うよ」

『それでどこに行けばいいの?』

「最初森に入ったところに集まってくれる?あの辺で迎え撃とうと思うんだ」

『分かった。すぐに向かう』


「うおおおおおおおおおおおおお!」

 エルドは森の中を全力で走り抜けていた。山道は障害物がなくすぐに追いつかれるだろうと考え、あえて森を進んでいた。

(とか考えてたけどアイツにはまるで関係ないみたいだな!)

 木と木の間を縫うように走ってはいるが、ほとんど猛獣には意味がなかった。その巨体と勢いで木々をなぎ倒しながら追いかけているのだ。むしろエルドの体力が余分に消耗しているだけだった。

(結構戻ったと思うんだがあとどれだけ走ればいいんだよ!)


「さて・・・どうやって相手するかな~」

 一足先に森を抜けたジェンスは一人で作戦を考えていた。

「今は魔装具もないからな~熊、熊ね~」

 自分の魔法に自信がないわけではないが、炎で包んだ程度で倒れるかどうかが分からないというのが悩みの種だった。火達磨になってもすぐに命を落とすわけではない。その間に襲われればどうしようもないのだ。

「やっぱり一つくらいは隠し持っとけばよかったかな~」

 そのとき森のほうから物音が近づいてくる。ジェンスが音のほうを向くとエルドが必死な形相で飛び出してきた。それを追うようにバルクベアがその姿を現した。

 5mはありそうな体長だけでなく、丸太のような太い四肢は猛獣と呼ぶにふさわしいものだった。

「あっ!ジェンス早く何とかしろ!」

「どうなるかわかんないからね!」

 魔力を手のひらに集中させて炎の塊を生み出し、火球を標的めがけて飛ばす。炎に包まれた猛獣は怯んだのか動きを止め、炎を振り払おうとしていた。

「はぁ、はぁ・・・ど、どう、すんだ・・・」

 エルドが息を切らしながらジェンスの元へと駆け寄る。

「なんか策はあんのか?」

「う~ん、あんまり効いてなさそうなんだよね~」

「は?」

 エルドが振り返ると猛獣は牙をむいて二人のほうを睨みつけていた。先ほどより凶暴な目つきになっており、怒りが感じ取れた。

「僕がバックアップするから頑張ってね」

「・・・全力でやれよ」

「わかってるよ」

 猛獣を見据え戦闘体勢をとる。エルドが手にしている鉄パイプがうっすらと白い光を放つ。

「へぇそれが付加魔法なんだ、始めてみたよ」

「これから何回でも見せてやるよ」

 敵意を感じたのか猛獣が二人へ襲い掛かる。

 ギリギリまで引きつけ、横に飛んで突進を避けた。そのとき

『遅れてごめん状況は?』

「ちょっと行ってくるからエルド頑張って」

「ふざけんなおい!」

 マナカムにマーシャからの通信が入り、ジェンスはそのままマーシャの元へと向かう。

 猛獣は残された獲物、エルドへ狙いを定める。

「まずは一発!」

 鉄パイプを頭めがけて思い切り振りぬく。しかし少し頭を振らせた程度で怯むほどのダメージを与えられなかった。

 猛獣はエルドを噛み砕こうと飛び掛る。パイプを噛ませるようにして攻撃を防いだが、その巨体を下から支えるような状態になってしまった。

(くっ!重い、このままじゃ潰される!)

 一方、距離をとったジェンスはマーシャに報告して再び作戦を考えていた。

「打撃も効いてなさそう」

「どうやって倒すかまったくまとまらないね。魔法が効かないんじゃ僕にはどうにも」

「・・・わかった。魔力を思いっきり溜めて準備してて」

「?いいけど何かあるの?」

 マーシャは軽く頷きそのまま猛獣のほうへ走り出す。ジェンスもそのあとに続く。

「エルド!マーシャが何かするみたいだからそのまま!」

「お前ホント無茶言うな!」

 噛み付かれている鉄パイプからミシミシと軋んだ音がなる。

(目一杯強化してんのになんて力だよ!)

「少しの間息止めてて」

 マーシャはかばんの中から皮袋を三つ取り出し、猛獣の顔めがけて投げつけた。袋の中からは黄色い粉末が飛び出した。粉はエルドと猛獣の間をふわふわと舞っている。

「力が緩んだら離れていい」

(それまで息止めて踏ん張れってか!)

 しばらくするとパイプにかかる力が抜けていくの感じたエルドはその場を離れた。すると猛獣はその場に倒れて動かなくなった。

「ぷはっ!死ぬかと思った!・・・しかしなんで急に」

「さっきの粉は麻痺毒。吸うと体がしびれて動けなくなる」

「俺まで巻き込む気だったのかよ!」

「息止めてってちゃんと言った」

「何投げたか位はすぐ言えよ!」

「少しくらいなら指先の痺れくらいで済む」

「まあまあ落ち着いてよ、エルド。あとはどうするの?」

「内側から攻撃すれば始末できると思う」

「えっぐ・・・」

「まあやってみる価値はあるかもね」

「早くしないと薬の効果が切れる」

 ジェンスが猛獣の口に手をいれ魔力を解き放つ。少しして口と鼻から煙が漏れ出し、肉の焼ける匂いが周囲に広がった。

「さすがに死んだよな?」

パイプで軽く突いても反応はなかった。口元に手をかざしても呼吸を感じなくなっていた。

「じゃあおじさん呼んでくる、二人は休んでて」

「ありがとう、悪いね」

「しかし器用なもんだな。てっきり爆散すると思ってたんだが」

「骨が飛んできたら危ないしね。血飛沫なんて浴びたくないでしょ」

「それもそうか・・・なあ」

「うん?」

「この死体持って帰れねぇかな」

「何?食べるの?」

「ちげぇよ、毛皮とか売れたりしねぇかと思ってよ」

「ああ、いいかもね。頼んでみようか」


 仕事を終えた三人はルドイに戻り、夕食を食べていた。

「なんとか無事仕事を終えられてよかったね」

「毛皮もいい値段で買い取ってもらえたしな」

「これで住むところは確保できそう」

「僕はいろいろ買いたいものあるしもっと稼がないとな~」

「俺も剣くらいは買ったほうがいいか・・・」

 三人が話をしていると、昼間の受付の女性が料理を手にやってきた。

「ん?もう何も頼んでませんよ?」

「これは私からの差し入れです」

「おお!あざっす!」

「おいしそう」

「まさか全員無事に帰ってくると思わなかったんです。見直しちゃいました」

「それはどうも」

「実は私も学園の卒業生なんですよ。あ、私フェルメラっていいます」

「あ~そうだったですか」

「だから可愛い後輩が危険な仕事に行くとなると少し心配で・・・」

「安心できるようになりました?」

「少なくとも君たちは。これからも頑張ってください、応援してますから」

「おう、任せとけ」

「何を任されるの」

「ええ、精一杯頑張りますよ」

 こうしてエルドたちの『自由労働者』としての新しい生活が始まった。


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