第3話 なんか出た
ようやく本体?が出てきました。
俺には全く決定権がなく無理やり「分身起動」を選ばされた結果、
「じゃ……ん…?」
とおっとりとした何かが出てきた。背筋を伸ばし手をY字に広げるポーズは「マジックショーで箱から出てきました!」という感じなんだけど…どこかキレがない。
モフモフできるネコ耳美少女が実体化したり、光る石と共に三つ編みの美少女が降ってきたりする伝統芸能はモブ男子高校生にとって憧れだ。
しかしこいつはジト目でへの字口、銀と紫が混ざったようなボブ髪をした三頭身の「映像」だ。AR(拡張現実)っぽい感覚。ちなみに服は髪色と合う白を基調とした魔法少女っぽいヒラヒラしたものを着ている。なぜか左耳に大きなイヤリングをつけている。輪っか…かな?ついでに背中には薄い紫色をした妖精のような羽も生えている。
「あ…れ…?反応…イマイチ…?」
小首をかしげながら、こちらの反応の弱さにご不満な様子である。ジト目への字口3頭身にどう反応しろと…。
彼女の声は透き通った綺麗なトーンだが、甘さ・幼さ成分が強い。中の人はひょっとすると「い〇りん」ではないだろうか。コミュニケーションがとれそうな感じだったので、とりあえず質問してみる。
「お前は…何なんだ?」
「ボクは…f…ゲフンゲフンッ…ティナ。」
「いや、名前じゃなくて…。」
「あなたは…宿主。ボクは…キミの左眼に宿った魔法生物…みたいなもの…かな?」
と小首を傾げている。宿った…?魔法生物…?しかもとどめに「みたいなもの」と雑過ぎ。突っ込みどころが多すぎ、何から聞いたら良いものか整理できない。
「えーと…。俺の眼に宿ってる?寄○獣?いつか俺、お前に全身乗っ取られたりすんの?」
取り急ぎ、昔読んだ漫画の展開を思い出しつつ、気がかりなことを確認する。
「ボクの目的は……。よく思い出せない。何かあったような…でも大したことなかったような…気もする。宿主を害する目的は…ないと思う。」
よく分からないが、平穏で穏やかな俺のモブ道がピンチに晒されている。二律背反ながら、どこかで密かに憧れていた非日常よ、カモン。
とにかく俺の左眼には何かが宿っている、オーケー。…次は右腕あたりが「シン○チ」とか言い出さないだろうな。
「ティナ、教えてくれ。視界の文字とか分身をオフにすることはできないの?そもそもこれまで文字が見えたり見えなかったりしたのはなんでだ?」
「ティナをオフにするなんて…悲しいことは…言わないで。もう…無理だけど。」
また嫌な事実を知ってしまう。一度アバターを起動すると、ずっと常駐するのか?視界の一部がハックされている、つまり乗っ取られているということと違わないような気もするが。さっき否定されたが本当に俺の脳は大丈夫なのだろうか。
「もう一度聞くけど、文字が見えたり見えなかったりしたのはなんでだ?」
「それは…これまで…ボクが眠っていたから…だよ。ただ、宿主が死ぬと…ボクの使命…そういえば何だったかまだ思い出せないけど…その使命が果たせなくなるから、ボクが眠っていても…『宿主に死の危険が迫っている時は、事前に宿主に警告する』…という機能だけは…働いてたみたい。」
分かったような分からないような。魔眼(雑)とか出たのが最初だったが、あれは何だったんだ?
少なくとも昨日の「警告」については分かった。やっぱりあの男は危なかったのだろう。もしかすると天使様ではなく俺が刺されて死ぬところだったのかもしれない。
誰かちゃんと解説して欲しい。とりあえず今後本当に命の危険が迫った時には事前に分かるということか。残念ながら俺にはトラックにひかれて転生する展開はないようだ。
「でも、さっきの『分身起動』は特に危ない場面でもないのに、いつの間にか表示されていたけど?」
「そろそろ、ボクも眠るのに飽きたから…。昨日のアレで…多少運命値も貯まったし。」
突っ込みどころがある発言だが、どこから突っ込んだものか。とりあえず聞きなれない「運命値」とは何なんだろう。
「おいティナ。運命値って何だ?」
「ヒトやモノなどの存在が…周囲に与える影響と確率を…消滅まで積算して…現在価値に引き直した…数値?」
ん?よく分からん。
「ちなみに…モブい宿主は元々0.01ぐらい。昨日のアレで…今は…瞬間的に5ぐらいかな。そこら辺の飼い猫よりは少し上…。」
命の危機が迫ってようやくその程度かよ!と突っ込みたいが、自分の存在感のなさを客観的に数値化されるとマジで凹むな。もちろん穏やかには生きたいけど、これまで猫より空気な存在だったとは…。
「はあ…。」
情けなさにちょっとため息をついてみたが、まあ、別に俺は偉人になりたいとか、世界の謎を探求したいとか、俺tueeeとかしたい訳でもないし、気にしてもしょうがない。こいつも、もうオフにはできないらしいしなぁ…。
「あと、別に宿主は…声を出さなくてもボクと…お話できるよ。」
「宿主の考えていることは…基本的にボクと共有…できるから。」
早速試しに、やってみた。
(俺の考えたことは全て筒抜けなんだな。ティナ)
(うん。そうだよ。あまり変態的なこととか考えないでね!セクハラダメ、絶対!)
おいおい…。モブ男子高校生から無駄な妄想やエロい妄想を取り上げたら、一体何を思って毎日を過ごせばいいんだよ!
あと、ティナは心の声?だと結構ハキハキしゃべるのな。ただの不精系チンチクリンキャラじゃなかったんだな。
(ちゃんと聞こえてるよ!)
ジト目のアップで言われた。
「そういえば、表示される文字は大きくしたりできないの?読みづらくて困る。」
「”かすたまいず”は…色々…できるよ…。」
というセリフと共に水色の板に白地で“かすたまいず”と書かれたメニューが現れる。メニューの縁が無駄に草花がもつれ合うような凝ったデザインになっているのに気づき微妙にイラっとしたが、順番に見てみると、
・ふぉんと調整(色や字体、大きさが選べます)
・字幕 おん/おふ(言語も選べます)
・てぃっぷす おん/おふ(ひんとを見れることがあります)
(以下、たまにあぷであり)
といったことが書いてあった。ひらがな部分が可愛さを醸し出そうしているのか、スペック的にカタカナ表示ができないのか分からないが、どことなくこれもイラっとする。中途半端なソシャゲのUIか。運営に「無駄なあざとさはやめろ」とひとこと文句言いたいわ。
愚痴っていても仕方がないので、とりあえずフォントは見やすい大きさに変更しておいた。字体はまあ明朝で良いだろう。ティップスもオンにしてみたが、今は特に何の変化もない。
とりあえず母ちゃんからの声掛けを思い出しダイニングへ。視界の中でフラフラ飛ぶティナに気もそぞろになりながら夕食を終えた。ティナは特に話しかけてこなかったが、母ちゃんからの質問に生返事ばかりしてしまったのもしょうがないだろう。
今の所、日本の総理大臣が運命値5000万ぐらいの想定です。まぁ運命値自体はそんなに重要ではない要素の予定ですが。