第1話 モブ男の日常に非日常のスパイスを
2話以降、まだ設定や展開を詰めてる部分もありますが、1話はこんな感じで行きます。よろしくお願いします。
俺の左眼は今まさに曙光の如き光を放ち始め、身体はジョジョ立ち。昔の練習の成果だ。背後にはゴゴゴゴとか書き文字が浮かんでいるだろう。更に右手の指を開き手のひらを意味深げに左眼の前に固定し、決め台詞を放つ。「我が魔ga…」
「pipipipipi」
台詞をぶった切る耳障りな電子音で俺の夢は強制終了。そんないつもの月曜の朝。
「…?」
明るい日差しに少し目が覚めてくると、さっきから何か視界の左下スミでチラチラしていることに気づく。試しに瞼をこすっても取れたりしない。
はっきりしない頭で左下の方を見つめる。分かったのは、ピンピンしているのがどうやら白い線で小さく書かれた漢字のようだということ。フォントで言えば6ptかそれぐらいの小ささ。日常ではまず見ない。本当に見にくい。
「ちっさ。何て書いてあるんだろな…?」と少し事態が理解できホッとしかけたが、もう一人の冷静な自分が突っ込む。「ん?チョット待て。」
俺はこういう事態を夢想したことがなかったとは言わない。中学の頃はいわゆる厨二病的思考に侵されつつも、辛うじて静かに妄想するだけにとどめてきた。
黒歴史ノートなどのアウトプットも作らず、表面上はただのモブとして学生生活を送ってきた。陰謀論とかも大好物だが…没個性ゆえ目立たず、おそらく同級生から「キモイ」とさえ思われてなかったはずだ。
どっちかというと「あん時オマエいたっけ?」といった反応がしっくりくる存在感。自分で言っておいて、そこはかとなく悲しい。
そんな俺も無事高校生になり約2ヶ月。特に目立つ要素もイベントもなく順調にモブ道を歩んできた。
背の順で行けば真ん中あたりになるだろう背丈と、高校入学直後、クラスメイトから早速「中学の時、オマエに似たやついたなぁ。」と言われる顔面没個性。まあ転校した小学生の頃からよく言われてるので慣れたけど。
学力は平均点前後、運動神経についてはチームプレーで迷惑をかけることもないが戦力としてあてにされるほどでもないといったところ。一言で言えば数合わせにぴったり。人数が足りてる場合はそっとリストラされる哀しい位置づけ。
ということで部活は無理せず帰宅部。おひとり様での帰宅なので特にイベントなど起きない、全くもって変化に乏しい日々。好きでやってるのかと言われれば素直に肯定できない面もあるが、特にとりえのない人間にとってモブ道は楽なのだ。
…だが、今日から俺は変わる。雌伏の時は終わりぬ。
「フハハハハ!」
テンションが上がってきた。さあ、このイベントホライズンを飛び超えてしまった俺様には、一体どんなエキセントリックな異変が起こったのか。是非確かめてやろうじゃないか。
…ピン…ピン…っ。こいつ…。高ぶる気持ちとは裏腹に、なかなか視界の隅の文字に焦点を合わすことができない。まさにミジンコピンピン現象。自分の鼻を必死に見ようとするような難しさに近い、といったら分かってもらえるか。いや…かえって分かりにくいか。
手で片方ずつ目を隠したりしながら確認してみたところ、どうやら左眼の視界だけに見えるらしいということが分かる。さらにしばらく視線を躍らせ焦点を変えと格闘しているうちに、母ちゃんが階段下から俺を呼ぶ声。
「サトシ、早く起きなさい~」
その瞬間、ちょうど良い感じに力が抜けたのか、判別した文字列は「魔眼(雑)」と書いてあるようだった。
俺は母ちゃんに返事することも忘れ叫んだ。
「魔g…はぁ?『雑』って…何だよ『雑』って(怒)!」
ひょっとすると、それはモブとして雑に扱われてきた自分自身の生き様が明確に第三者から指摘されてしまったような哀しみからくる、魂の叫びだったのかもしれない。
急いで朝飯を食べ(色々衝撃のあまり覚えていないが、いつも通りパンだったと思う)、着替えその他いつものルーティーンをこなし、自転車を必死にこいで駅まで向かい電車に飛び乗る。
その間も左下が気になって仕方がない。歩きスマホは危ないが、漢字ピンピンもたいがい意識がそれて危ないな。今日も1つ無駄知識を獲得した。
悪戯か何かで眼にシールが貼られているとかそういったことではない…と思う。眼を洗っても変化がなかったし、特に異物感もない。もう少し何か分かるまでは、と母ちゃんにも相談せず家を出てきた。
電車の中はそこそこの混み具合。座席が埋まり、つり革を持っている人が何人か目に入る程度だ。否応なく他人の体温を感じてしまったり、問答無用に若い異性の匂いを嗅がされてしまうような満員状態は嫌なので、いつも早めの電車に乗っているお陰だ。
おまけにこの電車に乗るもう一つの積極的な理由がマイエンジェル様の存在。
名前はまだ知らないし、もちろん聞く勇気もないが、凛とした可愛さとどことなくまとう癒しの空気に、いつしか俺は崇拝に似た気持ちさえ抱いている。
いつも通り不審がられない程度の距離を保ちつつ、電車の入口から少し入った邪魔にならない場所を確保。つり革につかまり、スマホをチェックするフリをしながら、本人に気づかれないよう、彼女がいる右方向をチラッチラッと観察する。
髪は黒髪ロングで、左側をピンで留めて耳を出している。その横顔が穏やかだ。きりっとしているのにどこか少したれ目な感じが大変よろしい。変わったばかりの夏服の袖からむき出しになっている腕が今日もまぶしい。なでなでしてみたい。神々しい脇辺りを拝めたりしたら、しばらく廃人になるかもしれない。
世の中ブレザー全盛時代のような気がするが、やはりセーラー服は良いものだ。下にTシャツを着ずに、へそが見えそうな着こなしだったらもうね…。箒とか武器とかにまたがって飛んでくれるのもアリかもしれない。彼女なら背中に羽を生やして優雅に飛べてもおかしくない。入信します。
どんどん妄想は脱線していくが、真面目そうな彼女にはチラリズムの隙などない。いつもチラ見して確認しているから間違いない。今は目の前に座ったおばあさんと何か会話しているとこを見ると、席でも譲ってあげたのかもしれない。マジ天使…。毎朝見るだけで癒されるわ~。
いつもの天使様チラ見観察・妄想に集中していたせいで、今朝の目覚めと共に発生した小さな非日常を忘れていた。
ふと気が付くと例の視界左下の文字が赤色の2文字になっていた。相変わらず字がちっさいのがストレスを煽るが、どうやら「警戒」と読めるような気がする。
しかもゴシック体のようなカクカクした字体だ。何かヤバいのか。それとも、I can't stop 天使様チラ見ing な俺こそが警戒対象なのか。
「いや、警戒って言われても何に警戒するんよ…」と心の中で突っ込んでいると、俺の左からゆっくりと線の細いスーツ姿の男が現れたことに気付く。
大阪の地下鉄とかに結構おったなあ。強引に車輌を横断するおっちゃんおばちゃん。こっちではあんまり見んけどなあ…。
と小さい頃味わった関西テイストを思い出しているうちに、グレーのスーツを着た男は今にも俺の目の前を通り過ぎようとしている。
無精ひげを生やしているが、まだ30前ぐらいなのかもしれない。背丈は俺と同じぐらいか。よく見るとやたら顔色が悪いような気がする。デスマーチにでも巻き込まれているのか。あんたの会社はブラックなのか。
天使様チラ見観察のクールタイムとしてなんとなく男を目で追い、男の外見から勝手な分析をしていた脳内に突如閃光が走る。
「まさか…これ、ヤツが痴漢常習犯とかで、俺が未然に事件を防いじゃったりして、憧れの天使様とのフラグを立てちゃうっていうイベント発生?超展開バッザ~イ!魔眼バッザ~イ!」と興奮が訪れる。
ただ次の瞬間、「アレ?痴漢とかってどうやって捕まえるの?『ヤツの手が天使様の尊いお尻に触れる寸前、俺が素早くその手を掴んでひねりあげる』とかスタイリッシュな振る舞いって…無理じゃね?」とわずかに残っていた冷静な俺が突っ込む。
スーツ男はゆっくりとした足運びで前に進む。俺の脳内はまだ絶賛審議中。どうしたものかとマゴマゴしながら男の後頭部を見つめる。チョット薄くなっているみたい。南無三。
「このままじゃ、あと2~3歩男が進んだら天使様に手が届く」と考えが至ったのと同時に、意識せず俺の体が動き、いつの間にか1歩を踏み出していた。そこに甲高いブレーキ音と慣性からくる反動。
「ゴッ!」
俺は倒れてきた男の後頭部をアゴに綺麗にくらい、声を出す間もなくあっさり意識が途切れた。
今日2度目の覚醒は駅員さんに担架で運ばれている途中に訪れた。身体のあちこちが痛いのでとりあえずキョロキョロと目線を周りに動かしてみると、担架の足側を持ってくれていた駅員さんが気づいて「まだ安静にしておいて下さい」と優しく声をかけてくれた。
ドナドナと運ばれていくホームでは「何だなんだ?」という野次馬からの視線を浴びる。「俺の人生にもこんな風に注目される瞬間があるんだなあ…」とモブならではの浅〜い感動を味わっていたが、ぶっ倒れる直前の状況を思い出し、目を見開く。
対人スキルが高そうな足側の駅員さんは俺の心中を察したのか、簡潔に疑問に答えてくれた。「あの髪切り犯は暴行未遂で鉄道警察隊に現行犯逮捕されました。最近複数の女性が被害にあっていたのでひと安心です。」
起きた現象だけを見れば俺はモブらしくアゴに一発いいのをもらってぶっ倒れただけだったが、結果的に男がポケットからハサミを取り出し、天使様の長い髪を切ろうとした瞬間であったらしく、俺は倒れながら男ともつれ合い(ヤな字面だ。天使様とのラッキースケベはいつ)、天使様に被害が及ぶのを防いだようであった。
「天使様の髪を切ろうとするとは(…いやできれば俺も欲しいような…?)けしからん。俺、ダメながらよくやった。」と自己満足にひたりつつ、流れ作業でそのまま人生初となる救急車に載せられ、病院へと連れて行かれることになった。
病院内を運ばれている間、「人生初のCTスキャンにかけられるのか?あれ何だか怖そうだよな…」などとヘタれていらない心配をしてみたものの、通常はCT撮ったりはしないらしく、問診その他の診察を受けつつ気が付けばもう昼前。
学校には生徒手帳を見て連絡が行ったようで、スマホには先生と母ちゃんからの留守電と、多くはない友達からのメッセージが届いていた。
診察では特に問題なしとされ、次は警察の事情聴取。これも目撃者が多数いたこともあり、あっさりと同情の視線を浴びながら終了。帰宅を許された。
帰路、ふと「魔眼(雑)」のことを思い出したが、思い出したといっても特に左眼が疼くこともなく、視界の端にピンピンしているものも見つからないようで、異常は全く見られなかった。あれは何だったんだろう…?