表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

クレイムクレイズ

「…大丈夫か龍太郎…」

「ああ、昨日はサイアクだったな…」

隣同士、保健室のベッドで二人は天井をぼんやりと眺めながら会話をしている。とりあえず出席だけ取って、直行したのであった。

「火事に遭う確率ってどのぐらいなんだろうなぁ、何も俺らがライヴ行ってる時にならなくてもいいんじゃないか。八神は今日サボりか~俺も休みたかったぜ」

「そうだなぁ…命があっただけでも良かったってオレは思うんだけど」

「ちょい大袈裟だな、放火ってどこのどいつがやったんだ。許せねー。メンバーも皆も無事でマジ良かったぜ」

「ホントだよ、いろいろ大変だったし…」

「そりゃそうだ。気づいたら煙まみれだったもんな。避難訓練って役にたたないのな、出口どっちか方向感覚が狂ったし、皆パニクってたな~。あんな時って自分を見失うもんなんだな~」

「そうだ、見失ったな…その後…」

八神薫子の腕を掴んだと感じた瞬間に、掌が痺れた。瞬間意識が遠のき、気が付いた時には目の前にいたはずのヴァンパイアは消え、煙熖に包まれていたのであった。

会場の外に避難した時分、現場に居た全員がヴァンパイアとの修羅場の記憶を失っていたのであった。那茲も忽然と姿を消していた。

あんなに血まみれだったのに……どっかにクソガキいたのか?茲那兄とか?

どうしてオレら無事だったんだろ。那茲さん大丈夫かな、あんなに腕がなくなって……でも、ナツキさん達が無事で良かった~。何かあったらファンに申し訳たたねー。原因はオレって事になるのか??………もしも、…もしも呼んだらパパ来てくれたのかな……

あ!!オレ八神とキスしたんじゃね?あんまり覚えてねーけど、キスされたんだよな。だよな~。冷たかったな~。それしか覚えてねーや。

「そーだ、家帰ってからナツキさんから電話あったんだ、次のライヴもフツーにやるって。楽しみだな。」

「あぁチョー楽しみ…」

言いながら二人は眠りについた。


「ただいまー」

冷蔵庫に直行した龍太郎に後ろから重いトーンの声がかけられた。

「おかえりぃ」

「ビビった~。暗いなぁ、お前最近暗すぎるぞ」

「そうかな…」

牛乳を取り出して、凪にも勧める。二人は左手を腰に、パックに口をつけて一気飲みを始めた。龍太郎は凪を盗み見た。最近元気がなく食欲も無いらしい。日に日に頬がシャープさを増している。

「お前、やつれてきてんぞ?」

「う…ん………」

口の周りの牛乳を拭い凪は俯いた。

「恋の悩みかぁ、それにしても悩み過ぎだぞ」

「龍はいいよな、悩みがなさそうで」

オレは、一応これからの生涯と人生をかけた選択を迫られてるんだぞ!!

と、声を大にして言いたかったが、龍太郎は耐えた。凪のやつれ具合を哀れだと感じていたからである。実際のところ自分は凪程切羽詰まった状況だとは認識していない。物は食えるし、よく眠れる。喉が渇くのは相変わらずだが。

「越えられない壁か……」

凪の悲痛な呟きがやけに耳に木霊した。

母さんとパパも結局別れたんだよな。人種の壁は厚いのか?人種っつーか、片方人間じゃなかった。

「…壁だ…」

深刻に落ち込む凪の肩に龍太郎は手を回した。

「お前さぁ、アイツ等がヴァンパイアって聞いて何とも思わない?頭のオカシイ連中だとか…」

「全然。カッコイイじゃん。だってヴァンパイアだぜ。話しの流れからいって、俺達が襲われたりする事はないはずだから怖くないし、それに皆超キレー!!」

「あぁ。確かにキレーだけどな。もうちょっと命の危機感とか緊張感あっていいんじゃね?」

「はぁ?龍ってロマンがねぇな。こんな貴重な体験ができるなんて俺等ぐらいだぜ。どーせ世の中どっか狂ってるんだから、こーゆーのもアリだろ」

凪、お前はどこでも生きていける気がするぜ。

「居るの凪だけ?」

「そうだよ。父さんまだ出張だろ」

龍太郎が尋ねたのはヴァンパイア達の方だったが、どうやら留守らしい。二人で夕食の準備を済ませ、テレビを観ながら食事を始めた。メニューはカレーライス。これから3日間はカレーまみれになるであろう。

「昨日の火事どうだった?新聞に放火ってでてたけど、ホントは龍のせいだろ?」

「オレぇ?!オレってよりも八神なんだけどなぁ~オレのせいじゃないぞ」

「そうかぁ?カインちゃん達が急にいなくなったから、龍の一大事だったんじゃないのか?」

「いなくなった?」

龍太郎は思い出そうとした。あの瞬間、記憶がないあの一瞬に何が起こったのかを。

無駄だった。脳味噌が捻じれそうな程頭を使っても、一筋も思い出せない。

「自ら危殆に瀕するまねをするとは僕の諫言も馬の耳に念仏か」

「うぉっとっっ」

気配もなく背後を取られた龍太郎が大げさに驚く。お帰りと凪はいたって冷静であった。しかしカインとはなるべく目を合わせないようにしている努力が垣間見えた。

「お邪魔します。こんばんは龍太郎様。弟君はじめまして北条院です」

カインと共に玄関からリビングへ入ってきた那茲が凪と挨拶を交わしている。兄弟は那茲の右腕に捲かれた痛々しい包帯を心配そうに見つめていた。

「那茲さん、昨日何が起こったか覚えてる?オレ全然思い出せなくて」

「覚えてないの?龍太郎様があのヴァンパイアに触れた瞬間に、閃光が走って龍太郎様が透明な膜に包まれたような気がした。オーロラのようだったけど、覚えてないのか…」

何だったんだろうと首を傾げる二人に、「応龍だ」という無愛想な声が聞こえた。

「え?あ、ああ!!あの龍!!そっか」

一人悦に入った龍太郎は嬉々として三龍の説明を始めた。スゲェという声を挙げた凪のリクエストに応えて三龍を呼び出そうとするが、呼んでも、念じても、現れることはなかった。

「つまんねぇの」

「ウルサイ。調子が悪いだけだ。そういえば八神どーなったんだ」

「処分されました」

可愛らしいカインの声に部屋の空気が凍った。

「え?ちょっと、よく分かんないんだけど…」

「龍の鬚を蟻が狙った結果だ」

「どういう事だ?!八神どうなったんだよ」

「今朝ほど西門からコンタクトがあったのです。昨夜のオトシマエをつけたいというのでシュヴァイツウィンド様と行って参りました」

西門は日本の血族を統治している一族です。那茲が龍太郎の耳に寄せた。

「西門の言い分は、一族の指示で龍太郎様を襲ったのではなく、八神薫子なる者の独断決行との事。そして八神薫子は何者かによって再生不能の状態に陥っているそうです」

「さ、再生不能?」

「私たちの細胞は傷つけられると驚異的なスピードで回復します。北条院程度の傷でしたらその場で元通りになっていたでしょう。カオスの場合も制限はありますが、滅多に死ぬことはないはずです」

あ、そんな事パパも言ってたな。死に繋がることはほとんど無いって。死なないってイイ事だよな、何でもできるし、ずっと生きてられるって楽しそうだ。

「永遠の長さを知らぬ者は、その蒙きを理解できない」

「はぁ?」

自らの呟きをかき消すようにシュヴァイツウィンドが話し出した。

「八神薫子は頭部を切断され、身体は灰塵と化していた。首を切断されたカオスなら息絶えるはずだが、八神薫子は状態でいえばまだ生きている」

「首だけで?生首って事?!」

うぇ、と凪が顔を顰める。

「そうなるな。西門でも誰がやったか見当がつかないでいる。しかし、こんな業ができるのは」

沈黙。

話す必要はないとしてシュヴァイツウィンドは言わなかったが、その首は両耳が削がれ、瞼がちぎられて舌が抜かれていた。それでも生命活動は維持しており、声にならない喘ぎの音を発し何とも見苦しい姿に西門の者は一様に顔を背けていた。眼球がむき出しになった双眸に、この世の全てを凝縮した美が映りこんでも、その感動を伝える手段はない。

「……純血種。それも相当な力を持った、………グァルツィネ王ですね?」

沈黙は時に無言の肯定となる。

「待った!!パ、王ってどういう、一応仲間だろう。何でそんなことするんだよ意味わかんね」

仲間?クスリとヴァンパイア達はせせら笑う。

仲間の定義とは何だろうか、カインは考えた。純血種とカオスは全く違う種であるし、そもそも集団というカテゴリーは不必要である。グァルツィネ様は人間もお嫌いだったが、血族も大層嫌っていた。無駄に存在しすぎると……

「八神薫子が龍太郎様に手をかけたからですわ。グァルツィネ様がお怒りになられたのでしょう」

「そんな…じゃあ八神は、死ぬのか?」

「死んだ方が良かったと思っているはずです。死ねないんですもの」

駆け出そうとする龍太郎を察知してシュヴァイツウィンドが進路を塞いだ。

「どこへ行く?お前が行っても何も変わらない。その女の居場所を知っているとでもいうなら別だがな」

「でも、八神が…場所は、誰かに聞けば…」

「衝動的な行動は慎んでもらおうか。西門はお前を狙うはずだ。甚だ迷惑な逆恨みだがカオスは群れる生き物だからな、仲間とやらの仇打ちをするだろう」

「えっ……オレのせい?」

カインが龍太郎の前に跪いて礼をとった。

「心配は無用です。私達がお守りいたします。龍太郎様のお望みならば、西門一族を滅ぼしましょう」

呆然と突っ立っている兄の手を、凪はそっと握った。微かな震えが伝わってきた。

兄弟の頭には『抗争』の二文字が浮かんでいた。先週観た任侠映画のテーマだった。


「起きてる?」

扉を開け声をかけたが、茲那はテレビ画面に釘付けだった。

「コラ。集中するのはよくないって言われただろ」

頭からヘッドホンを抜き取ると、激しい戦闘音が洩れてきていつかのライヴハウスを思い出させた。

「びっくりした~!!こんな夜中に、面会時間過ぎてるだろ~」

「いいんだよ。話はつけてあるから」

ゲーム機の電源を落とそうとする那茲に、せめてセーブしてから!!と頼み込んだ。

茲那の傷は火傷で爛れた皮膚の移植手術を待つだけだったが、驚異の皮膚再生能力を見せていて医師を驚かせている。どうやら手術の必要はなくなりそうだ。これも純血種であるシュヴァイツウィンドの血のお陰であった。

「お前はまだ使える」

自分も立てない程の傷を負っていたのに、シュヴァイツウィンドは大量の血液を倒れこんだ茲那に浴びせたのだった。喉に流れ込む冷たい液体を嚥下しながら、感情のこもらないたった一言を耳にして茲那の意識は遠ざかった。

「穏便に事が進むはずがないと思っていたけど、大変なモノまで絡んできたよ」

「元老扇?」

「あの方達はグァルツィネ王に絶対服従だったから、寧ろ何をぐずぐずしているんだと急かされているよ。早く龍太郎様を目覚めさせ王にして欲しいんだって」

「へー。あの頑固な老人達が?シュヴァイツウィンド様と仲悪いよな。犬猿ってカンジ」

「お互いにプライド高いからね。しかも元老扇達は純血種じゃないし、シュヴァイツウィンド様は好き嫌いがはっきりしているもんな~」

しばらく双子は、見かけはビスクドールのような可愛らしい悪魔について語っていた。

「初めてお会いした時は西洋画から飛び出してきた天使かと思った俺」

「僕も思った!!純血種の美しさはハンパないね!!性格も純血種だな~って思う」

「良くいえば高貴?人間やカオスなんてただのモノとしか思ってないぜ絶対。純血種の中でもグァルツィネ王は穏やかだったって聞いたんだけどな」

「イギリスの城に籠って滅多に表舞台に出なかったようだしね。血族も人間も嫌いだって噂あったよね」

何故、龍太郎様の母親と……

「!!違うよ、そうじゃなくて、大変なんだって。西門まで出てきたんだよ。大変だよ!日本の血族も絡んできたし、これから忙しくなる…」

「西門って西門綉春?!同じ国に住んでて、会ったことないよな」

「会う必要ある?相手はヴァンパイアだけど僕たちの祖先が誓ったのはグァルツィネ王だ。それに西門一族って暗くて陰険で日本の負のイメージを一心に背負ってるイメージあるんだ。どう思う?」

両腕を組み、茲那は考えた。西門綉春、日本を統べる一族の5代目頭領。噂だけは耳に入ってきた。女癖が悪い。手が早い。見境がない。どっちでもいい。誰でもいい。

「負のイメージっていうか、サイテーだ」

「ま、噂は噂だから。だからベッドで悠々と寝てる場合じゃなくなったよ。早く働くんだよ」

「別に寝たくて寝てんじゃないっつーの!!でも、後二日ぐらいで歩けるようになるかもしれない。凄いよな、純血種ってスゲー」

血液を研究して特許取れたら夢の薬だな~。ウチの会社の株も上がるな~。

「特許取れるかな……」

那茲の呟きに顔を見合せて、双子は笑い合った。

「あー…いたたたた、笑わせんなって」

「茲那が勝手に笑ったんだろ」


眠れない。日付はとっくに変わっていたが、瞼を閉じても眠りは訪れてくれなかった。眠れない夜は月を眺めたくなる。以前も同じことがあった。しかし今までは無かった習慣だ。神経が高ぶって眠れない夜(いわゆる遠足前や、修学旅行の前日)は目が疲れるまでマンガを読んで疲労困憊の状態までもっていき眠りに落ちたものだ。ゲームをやると瞼が重くなっても止められない為、大切な日の前日は封印している。それが今や月を愛でるとは。意識をしなくても何かが変わってきているのだろうか。下弦の月の鋭さが目に痛い。

窓のカーテンを閉めかけた龍太郎の手が止まる。ガラスにもう一つ、子供の顔が映っている。振り向きもせず、ガラス越しに視線を外す。

「あの女は死んだと思えばいい」

「………そんな…お前らは何とも思わないのか?」

「思わんな。人間にとって血族は魔物だ。数が減るのは喜ばしいだろう。何故悲しむ」

「だって、同じクラスだったし、あんまり話さなかったけど……知ってる奴が死ぬなんて嫌だ」

くだらない。と無言のシュヴァイツウィンドから聞こえてきそうだった。

「だったら、もしカインが死んだらどうするんだよ!!仲間だろ!!」

感情的な声をあげ、振り返ったが青白い顔にはどのような表情も浮かんでいなかった。

「無力だった。それだけだ」

龍太郎の眼に涙が浮かんできても、シュヴァイツウィンドの表情は変わらない。涙を見せまいと背を向けたが、ガラスには流れる涙が映っていた。

「ほんとに、…パパがやったのか?別なヴァンパイアとかじゃなくて?」

「首を切断させ尚且つ生かすなど、不可能だ。グァルツィネ様を除いては。そして、グァルツィネ様が気にかけるのは龍太郎だけだ」

喜ぶのは不謹慎だろうか。龍太郎の胸の底がジワリと熱くなった。そんな感情を誤魔化すように月を見上げて溜息を吐く。消えていく吐息と共に自らも消えて無くなりたい、ふと考えた。

後ろ手でドアを閉め、シュヴァイツウィンドは窓から外へでて2階の屋根上に降り立った。

先客達が月を肴に杯を傾けている。カインが抱きかかえている一升瓶は三分の二ほど空いており、ギイにねだられるままに手に余る大きなお猪口に注いでいた。

「如何です?どうぞ」

注がれた酒を一気に呷る。何度か繰り返すが、乏しい表情は変わらない。カインの隣に座り小さい手で杯をもてあましている。

「西門を、葬るか?」

「はい、龍太郎様が望むならば。しかし、望まれないでしょうね。八神薫子の件で相当なショックを受けたようですし、お優しい方ですから」

「最も不必要な感情だな。グァルツィネ様と大違いだ」

「グァルツィネ様は、セツナ様にだけは親切でしたわ」

言いながら空いたお猪口に注ぐ。流れ込む水面に三日月を落とし自嘲する。

「そうだったな」

浮かぶ白銀の月。月色の髪、白金色の瞳、雪色の肌、夜色の髪、闇色の瞳。美しい魔物。

月の光は存在するすべてのモノの輪郭を優しく照らす。

陰にも憂いを与えてくれる…以前グァルツィネ様が仰った。

あれは、そうか、セツナ・サクラザキが亡くなった日だったのか……

グァルツィネ様は何をしようとしているのだ…

月を飲み干したシュヴァイツウィンドの青白い喉が小さく揺れていた。


小さい背中がまた揺れた。今日5回目の溜息だ。如月夕美はカウンターでレジをしている男の子が気になっていた。夜7時過ぎ、混雑する時間帯なので如月夕美もカウンターに入る。

「佳月くん悩み事?」

トレイを拭きながらさりげなく声をかけたが、意外だったようで元々大きな瞳がより一層大きく見開かれた。

「ああ…悩み、悩みありますねぇ…」

悩んでます…と深刻そうに俯いてしまった。

今年の4月からバイトに入ってきた佳月龍太郎は時間を守るし、そこそこ仕事もできるので重宝がられている。ベラベラと憚りなく自分の事を話す人懐こいタイプだった。

お陰で知りたくもないのに、龍太郎の家族構成、嫌いな食べ物、好きなバンド、小学校からの親友、免許を取ったら乗りたい車、どうしても欲しいアクセ、等々変に詳しくなってしまったのである。最近は喉が渇くというので、帰り際こっそりコーヒーも持たせる事もあった。

龍太郎が悩みとやらを話そうとしないので、夕美も追及はしなかった。よっぽど深刻なのだろう。気にせず夕美はコーヒー豆の焙煎を始めた。香ばしさが充満する。コーヒーを飲むよりも夕美はこの瞬間が一番好きだった。さりげなく深呼吸して肺一杯に芳香を詰め込んだ。

「いらっしゃいませ」

こんばんは~と、龍太郎の弾んだ声につられてフロアに顔を向けると、常連客の顔があった。

ほぼ毎日7時すぎるとやってくる長身細身の男。夕美はあまり好きではなかった。ボソボソと喋る声は聞き取りづらいし、整った顔をしているのも気にくわない。何よりも、明らかに自分よりも痩せていて儚げなのが許せない。男のくせに…と目にする度に思う。

龍太郎も分類すれば整った顔になるかもしれないが、綺麗というよりも愛嬌のある可愛い顔で庶民的なのだ。笑顔は、餌をもらって喜んでいる子犬のようである。夕美は飼っているトイプードルを思い出した。

「本日のコーヒーはキリマンジャロモカです」

「あ―、今日は、いいことがあったから…ホットココアに、しよう、かな」

ブラック命なのに珍しい、と夕美は男の顔を見上げた。視線が絡む。男の口端に浮かんだ笑みは思いのほか柔和で魅力的だった。体温が上昇する感覚を覚え夕美の頬が染まる。

「ごゆっくりどうぞー」

ありがとう、と男は禁煙席に向かってゆっくりと歩き出した。

真っ赤になった顔を夕美は早口で誤魔化した。

「雨も降ってないのに今日は暇ねこれだったら早く帰れるし犬の世話しないと言わなかったっけ私犬飼ってるの」

「スズメ君ですよね、オスのトイプー…ん?あっ!!ナツキさん!!!」

店に入ってきた男を目にした瞬間、龍太郎の顔から無数のハートが飛び散ったように見えた。

夕美は思わず「カッコイイ」と声に出していた。カウンターにつくと男が微笑んだ。

「大丈夫か?災難だったな龍太郎」

「そんな、ナツキさん達こそ大変じゃなかったですか?」

ナツキ?……夕美は頭の片隅の龍太郎メモリーを探ってみる。あ、佳月くんが好きなバンドのギターさんね。めっちゃカッコイイって散々言われたけど、確かにカッコイイわ。男が憧れる男ってカンジよね、背が高いし(180ぐらい?)筋肉質だし、首に流れている黒髪がカッコイイ!!鼻高いし鋭い眼差しが痺れるわ!!声も低くてステキ!!さっきの男と全然違う!!

夕美の脳内にはナツキに後ろから抱き締められる図が浮かんでいる。きっと私の旋毛が丸見えね!!ステキ!!!夕美の胸からトキメキ音が発せられた。

「おススメはぁ、スペシャルキャラメルマキアートデコレーションです」

「甘そうだな。龍太郎、甘いのばっか食べてると虫歯になるぞ」

「ちゃんと歯磨きしてますよ~」

歯を剥き出して見せる龍太郎の髪をグシャグシャとナツキが撫でる。

かぁっこいい~~!!!立派な飼い主と忠実な犬がじゃれあってるわ!!

「ちゃんと働けよ」

スペシャルキャラメルマキアートデコレーションを掲げる姿もカッコイイ!!ゴツいブレスも超似あってる!!店から出ていく後ろ姿を見送っていた夕美に龍太郎が一言。

「如月さん、瞳孔開いてるよ」

「っ!?嘘っ!!」

「オレが言ったとおりカッコイイ人でしょ?優しい人なんだ~」

「佳月くん、あの人のライヴ今度連れてって!!」

お願い!と頭を下げる夕美の旋毛を見ながら嬉しそうに龍太郎は承諾の返事をした。

「今度CD貸しますよ。聴いてみてください」

「いらない。買うわ」

「嬉しいなー!!ありがとうございます!!」

お先しますと裏口から出てきた龍太郎は脇に止めていた自転車を動かす。

「お疲れ様です」

「あ、別に来なくてもいいのになぁ~。カインどうすんの?飛んでくのか?」

「後ろに乗せてくださいませんか」

嵩張るスカートに文句を言いながら後部座席に座らせる。

「行くぜー」

「はい。龍太郎様、何かありまして?とても嬉しそうですね」

「おう!ナツキさんが店に来てくれたんだ」

いつもよりちょっと頑張って漕ぐペダルも、自分の好きな(バンドの)話をしながらなら苦にならない。自転車は愉快そうにフラフラと揺れている。

「私も好きですよ、そのバンド。シュヴァイツウィンド様も気に入っている様子でした」

「え?いつ聴いたんだ?」

「一昨日のライヴハウスです」

龍太郎は急に無口になった。ペダルが一挙に重くなった気がする。グロスで光る八神薫子の顔が浮かんできた。

八神、もう学校来ないのか…

「仰って下さい。お答えしますよ」

懊悩する心の内を読まれたらしい。龍太郎は深呼吸をして大きな息を吹いた。

「もしも、もしもだけど、クソガキが誰かに殺されたらどう思うかなーって…」

「相手が強かった。それだけです」

即答。

「えっと…仇を討つとか、ないのか?」

「何故?必要ありますか?」

「……わかんない」

言葉を忘れたかのように黙り込んだ二人の間にこの後、会話は無かった。

…ヴァンパイアの仁義?にオレはついていけない…やっぱり王なんて無理だ…クソガキにパパが王に戻ればいいって言ったのに、忘れてんのかアイツ。

龍太郎が玄関の扉を閉めたのを確認し、カインは夜空へ飛翔する。食事をする為、虜にしていた女の元へ向かうのだ。

仇を討つ?想像したこともない。そもそも今のシュヴァイツウィンドに敵はいないだろう。敵視しているものは血族、人間問わず大勢存在するが。

シュヴァイツウィンド様がグァルツィネ様を葬ったと仰ったけど、失敗したのか…さすが私が仕える王。止めどない賛辞を呈し、駅前マンション9階のベランダへ降り立った。


同じ刻。三日月が雲に隠された暗い夜道を子供が歩いていた。

「こ、ん、ば、ん、は」

シュヴァイツウィンドから1M先の道路端に男が立っていた。ショートトレンチコート、ワークシャツ、タンクトップ、タイトなベルボトム、ラウンドトゥブーツ、目深に被った帽子、すべてが黒い。シュヴァイツウィンドの目線の高さでは素通りしてしまいそうに夜と同化していたが、青白い頬と赤い唇が浮かび上がっているようで酷く目を惹く。目の前で小さい子供が通り過ぎたので男は面倒臭そうに後についてダラダラと歩き始めた。

「何故ついてくる?」

「えぇ~?用事があるから、かな。親善大使のつもり」

振り向こうとする素振りも見せない背中に男は微笑みかけた。男はシュヴァイツウィンドの隣に並び顔を覗き込む。翠色の瞳は一瞥もくれないが、気にもせず話しかけた。

「ええっと、王に謁見したいんだけど、取り次いでくれる、かな?」

「王とは?」

「あぁ、もちろん、グァルツィネ王、です」

無言の侮蔑が返された。懲りずに男は哀願する。

「お願い、いいでしょ?君がダメなら、子供の方に頼もうかな。でも、僕がグァルツィネ王の子供と接触するのは嫌だろうし」

「嫌とは?」

抑揚のない声が、妙なポイントに食い付いたのを男は意外だと感じた。

「?だって、保護、してるんでしょう?王の子供の家に、結界まで巡らせて、護ってる。えぇっと、そこまで大事に、してるなら、僕が近づくのは嫌かなぁ、と思ったの」

「好きにすればいい」

もうっ!!と、男は両手を胸の前で振り回し地団駄を繰り返したせいで、シュヴァイツウィンドに後れをとってしまったが、大股に3歩で追いついた。

「は、速いよ…いぢわるだな。結界が強力すぎて、誰も破れないのに…ダリル・リーが来てから、更に強度が増してる、し…」

「なら王に会うんだな」

男が肩を竦め溜息を大袈裟に吐いて嘆く。

「だから、会えないから、頼んでるの。あ、だったら、伝えてくれる?僕たちは、手を出さないって」

それだけ言うと、男は踵を返し夜の闇へと溶け込むように消えていった。気配が消えてもシュヴァイツウィンドは足を止めず歩き続けた。伝える気など欠片もない。会う手段がないのだから。龍太郎が呼べば姿を現すかもしれないが、八神薫子の件で堪えているように見受けられるので暫く放っておくつもりだった。龍太郎が王になる必要はない、王は今までと変わらず在る。


湿った階段を上るピンヒールの音が真っ暗な地下に響き渡っていた。

「まったく、どこにあるのよ!!お祖父様ったら耄碌しんたんだわきっと」

グレコーリ・タムは靴音以上に悪態を響かせながら地上に繋がる扉を開けて、眩しさに目を細めた。

イギリスにあるグァルツィネ王の城である。偽物成敗を掲げて戻ってきたはいいが、偽物の居場所が分からない。取り敢えず王は本当に死んだのかを確認しようと、元老扇の一人である祖父に頼み込んで、王の灰が納めてある場所を聞き出したのだった。地下13階のアレキサンドライトの棺の中にあると言うが、棺の中には何も無かった。手掛かりはもうない。気分を変えようと中庭に出たついでに、薔薇園に足を伸ばした。

王は、ここがお好きだったのかしら。散策するお姿をよく見かけたわ…咲き誇る何万本の薔薇よりもお美しかった…

瞼を閉じて、甘美な思い出に浸っていると何かに躓いた。

「痛ったいわね!!こんなとこに墓標をたてるなんて!!どこのどいつが……」

言い終わらない内にグレコーリ・タムはしゃがみこみ土を掘っていた。薔薇園の最奥、一際大きく絢爛な薔薇のアーチの中央にひっそりと墓標は存在していた。静かな眠りを薔薇達が見守るように。

間もなく、爪が柔らかい土以外のものに触れる。「Yes」出てきた物は小さな宝石箱だった。箱の形状にビッシリとダイヤモンドが敷き詰められており陽光に照らされ、幾百のプリズムを発している。

「…………これ……」

重く煌びやかな蓋を開けた中には、指環を嵌めたまま白骨化した指とアメジストのピアス。

この骨、あの女の骨?

グレコーリ・タムは知らなくて当然だが、セツナの誕生月は4月。

アーチを飾る薔薇は、アキトの華やかな花形とアストリット・グレーフィン・フォン・ハルデン・ベルクの優雅な花形を併せ持っているようで豊かな香りを誇っている。夢中で気付かなかったが墓標の隣に、その名が飾られていた。

『MOMENTARILY』                    ―――刹那

「気が済んだ?」

グレコーリ・タムは背中越しに声をかけてきた者へ、墓標から目を離さずに尋ねる。

「……これは何?」

「王の所有物」

薔薇アーチまで進み、涼掛珊瑚は宝石箱を取り上げた。中を確認し、丁寧に蓋を閉め終わると、グレコーリ・タムに立ち去るよう促す。

涼掛珊瑚、王の側近の一人。王の傍へ侍ることが許された者。グレコーリ・タムは三人いる側近のなかでは珊瑚が最も好ましかった。声を荒げることのない穏やかな性質故か、王と頭の固い元老扇の繋ぎ役をしていた。王というよりもシュヴァイツウィンドと元老扇が主なものだったが。

男か女か瞬時の判断が困難な外見である。背中まで伸ばされた黒髪を揺らし、珊瑚は裾を気にしながらしゃがみ込み、宝石箱を土の中に戻す作業を始めた。紺桔梗色の着流しがよく似あっている、地味な色を品よく着こなす男だと、グレコーリ・タムは彼の装いを見るたび感心することが多かった。

「勝手なことをすると、怒られるよ。それに、この花園は立ち入り禁止」

「誰が怒るっていうの。口煩い小姑みたいなのは日本に行ってるのに」

丁寧に土を盛っていた珊瑚が不思議そうな顔で見上げた。一重に縁取られた黒い瞳は、似ている。あの子供の瞳の色に。

「お会いしなかったの?」

そういえば、涼掛珊瑚で一つだけ気にくわない事があったわ。あの女と同じ日本人なのよね。

日本は鬼門だわ……

涼掛珊瑚は薔薇園を立ち去るグレコーリ・タムを見送った後、深呼吸をして馥郁を愉しんだ。

オールドローズ、モダンローズ、イングリッシュローズあらゆる品種を集めこの薔薇園は造られた。薔薇が一番好きと笑っていた彼女のために。二人で剪定を行っている時分、彼女の指が刺で傷ついた。

「グローブをしなさい」

「だってぇ、めんどくさいし、グァルツィネだってしてないじゃない」

「私はいいんだ。傷つかないからね」

王は、血が滲みはじめた彼女の傷口に口づける。スゴイ!もう痛くない!!はしゃいだ声をあげる彼女と微笑む王。恋人同士だけに流れるぬるい時間が二人の間にも流れていた。

王には似合わない、けれど幸せそうだった。彼女に溺れる素振りはなかったが、いつでも彼女のことを考えていたように思える。

薔薇園の手入れをするため訪れた最奥の場所に、ひっそりと小さなアーチが造られてあった。彼女が日本に帰った後だ。



「一族の者に手を出されて、黙っているのか」

「うん、迷惑、してるよ。僕の指示じゃなく、あの子が、勝手にした事だし。お陰でオ・ト・シ・マ・エ、つける羽目に、なっちゃったよ」

「オトシマエとは」

「内緒」

いたずらっぽく笑う男は熱いコーヒーの馥郁を確かめ、喉に流し込んだ。目の前の男が首を傾げ何かを言いたそうだったので遮る。

「グァルツィネ王が復活、されたって噂だけど。どう、思う。そもそも、お隠れになったこと自体、アヤシイな」

「グァルツィネ王が復活されても、一度空いた王位は元には戻らない。元老扇の承認が要る」

「そんなもの、純血種様だったら、元老扇なんて、足蹴に、しても許されるよ。特に、グァルツィネ王なら」

クスクス笑いながら男は立ち上がった。

「仕事が残って、いるから、これで、失礼します。御武運を、アルガロイド殿」

「あぁ。お前もな、西門」

「僕は、何もしませんよ。この件は、傍観に徹します」

「そうか。この沈みゆく島国はどの王になろうが独立国家のようなものだろうな。ところで王の御子に会ったのか」

「ええ。可愛い子、ですよ。アルガロイド殿なら、気に入られるでしょう、ね。あの子を」

あの人にそっくりだから…とは口に出さずに、西門綉春は後ろ背に手を振り店を出た。右腕の時計は19時になろうとしている。

あのコーヒー、不味かった、な。

足は駅前のコーヒー専門店へ向かっていた。

アルガロイドは西門が出て行った扉から視線を手元のグラスに移した。半分以上減ったアイスティーに唇を寄せる。

王の御子、佳月龍太郎に接近するにはあの小さい悪魔を何とかしなくてはいけない。

先に接触させたダリル・リーはいつの間にか小さい悪魔の言いなりになっていた。

元老扇の過半数の承認はもぎ取っている。確実に王になるためには邪魔者は確実に排除しなくては。



「復活しました――!!その節はお気遣い頂きましてありがとうございます!!」

深々と頭を下げる茲那に、龍太郎、凪、カイン、ギイが拍手を送る。シュヴァイツウィンドは当然の如く頷いただけである。

「茲那兄良かったな~」

「双子だぁ~ホントそっくりだな~」

佳月兄弟に囲まれた茲那は、完治した裸体を見せびらかしていた。

茲那の全快祝いと銘打った集まりは、佳月宅で日曜日の正午行われた。那茲が呼んだケータリングサービスと、茲那が大量に買い込んできたお菓子とアルコール、炭酸飲料で物が置けそうな場所は食料が溢れかえっていた。テーブルの上の毒々しい色をした菓子を、シュヴァイツウィンドは手に取った。

「おかしな味ですよ」

「健康指向が蔓延していると覚えていたが、毒の塊が流通しているのか、哀れだな」

「私利私欲、利益追求、欲望に素直なんです。可愛らしいものですよ」

カインは笑いながら菓子を頬張って、龍太郎たちの輪に加わった。

リビングのソファに座り、シュヴァイツウィンドは龍太郎を目で追った。ここ最近気づいたが、俯いた横顔斜め45度の角度が似ている。

那茲がビールを片手に近づいてきた。

「龍太郎様は血族を選ぶとお考えですか?」

「あの馬鹿の考えていることはわからんな。しかし、グァルツィネ様は血族を望まれているだろう」

「王は、龍太郎様のお考えを優先させるのではないですか?」

「血族を望まれているはずだ。龍太郎はそっくりだからな。セツナ・サクラザキに」

「それは、王が愛した人の代わりに、永い時間を共に過ごす為に…でしょうか?」

「………」

口を開かないシュヴァイツウィンドの代わりに「そうだよ」と低音の甘い声が二人の耳を擽った。

「グァルツィネ様!!」

「王!!」

変わった空気の色を感じた龍太郎は、振り向き、ソファの背に腰かけている男を目に入れる。

「パパ!!!」

歓喜に弾む龍太郎の声とは裏腹に、凪を筆頭にその場に居る人間の顔が歪んだ。

パ、パパ??????

「どうしたんだ?パパも茲那兄のお祝い?」

駆け寄って飛びつく小さな身体を、グァルツィネは抱きかかえて持ち上げる。「ちょっ、下ろして」と恥ずかしがる我が子の希望を叶え、後頭部の寝癖を弄る。

「なんか、龍がパパっていうと、別な意味のパパにきこえる。夜の空気だ、夜夜」

「ば、バカ!!何言ってんだよ」

血族達は礼を取った姿で控え、双子は僥倖に頬を染めている。テーブルの上のギイが強請るので凪は、掌に載せてグァルツィネに近づいた。口の周りにベッタリついたチョコレートを龍太郎が指で拭ってあげた。「オウダオウダ」とギイも喜んでいる。

「ギイだったらチョコレートのプールで泳げるよなぁ。いいなぁ」

兄弟はフライパンに溶かしたチョコレートの中で泳いでいるギイを想像して、おいしそうだな、と思わず洩らしてしまった。

「グァルツィネ王!!初めてお目もじつかまつります。ほ、北条院那茲と申します!!」

「茲那です!!」

双子が土下座ばりの勢いで頭を下げた。

「頭をあげなさい。私はもう王ではないよ」

「グァルツィネ様、しかし」

口を挟もうとするシュヴァイツウィンドを目で制し

「王は、この子だ」

キッパリとグァルツィネは言い切った。目を見張った龍太郎の頭を撫でる。

「オ、オレが?それはちょっと…」

「無理強いはしない。しかし、王は龍太郎だよ」

それを無理矢理って言うんじゃないのか?

グァルツィネが何かに気づいたようで、手の動きを止めた。

「どうしたんだ?」

「すぐ戻るよ」

頭の天辺から冷たい手の感触が消えて、龍太郎はつい、名残惜しげに見上げてしまった。

「消えたぁぁぁぁぁ」

凪の大声がリビングに響き渡ったが、気にとめるものは誰もいない。


呼ばれた方向に顔を向け、珊瑚は眼を細め美しい姿に微笑んだ。

「申し訳ありません」

「リ・タか……、中身は?」

「変わりありません。説得は無事成功されましたか?」

グァルツィネは口端を上げた。

「なかなか手ごわいな。血族は嫌とみえる。強情な子だ」

「セツナ様にそっくりですね。セツナ様には僕たちも手を焼かされました」

「そう、……似ている。セツナに……」

苦笑する珊瑚につられてか、グァルツィネもゆっくりと微笑んだ。ように見えた。

薔薇アーチの下に移動する姿を目の端に、珊瑚は薔薇園を出て行った。王が想い出に浸りそうだったので気を利かせたのだった。

箱にかかった土を払い、宝石箱を開ける。白骨から指環が抜けかけていたので嵌め直し骨を撫でる。白骨化した指は右の人差し指だった。久遠の刻を縛る指。

赤い唇から囁かれた名前は、薔薇園を甘く、ノスタルジックに覆いつくしていった。

「セツナ、龍太郎は私がもらうよ」


「龍太郎様は、血族を選ぶのかなぁ?」

ターキーを大口に頬張りながら喋る茲那を、器用だと那茲は半分感心して見つめていた。半分は呆れているのだが。

「僕は、人間のままでいると思うな。龍太郎様は王ってカンジじゃないんだよね」

「そうだなぁ~」

馬鹿っぽいもんなぁ。とは口に出さず心の中で思うだけにした。きっと那茲も同じ事を考えているんだろう。二人の視線が交差する場所には龍太郎が、6杯目のクリスタルタピオカフレッシュダージリンティーを飲み干していた。

水分取り過ぎると下っ腹出てくるぞ…茲那は自らの下腹部を軽く擦る。

「もう一度お会いしたいなぁ。血族ってつくづく美しいよね」

「シュヴァイツウィンド様達も美しいけど、あの方は別格だもんなぁ。絶世!!俺、今も少し身体が震えてるよ。感動したぁ」

眼を輝かせながら語る茲那の姿は、3日徹夜でラスボスを倒した時以来みていない。

「すぐ戻るって仰ってたから、待ってよーぜ。何ならこのまま龍太郎様に泊めてもらうぞ」

「そうだね。会社もしばらく何も起きないと思うし元々僕らがいなくても運営チームは大丈夫だし」

「よっしゃ、龍太郎様に頼みにいってくる」

スキップでもしそうな勢いで茲那は龍太郎に近づいて行った。

「重体にさせられたっていうのに、元気だなぁ。何故王はシュヴァイツウィンド様達を攻撃されたんだろう…謎だ」

「知りたいかい?」

何気ない独り言に返された言葉よりも、自分の背中の空気が重く濃くなった事に驚いた。

「…………」

「嫌いなんだ、血族が。それに人間も」

那茲は自分の身体が動かないのは何故だか考えた。

恐怖。畏怖。格が違い過ぎる。

冷たい指先が背後から那茲の首筋をなぞる。甘い香りに、身体の芯が蕩けるようだ。本能が身の危険を察している。

「止めておこう。龍太郎に嫌われそうだからな」

鋭く伸びた犬歯をのぞかせながら軽やかにグァルツィネは微笑んだ。

「飲まれたら如何ですが?北条院なら喜んで身を捧げるでしょう」

左右に首を振り、シュヴァイツウィンドの横を通って龍太郎を目指す。

「パパ」

「おいで龍太郎」

左腕で龍太郎の肩を抱え込み艶やかな黒髪に長い指を通す。

「私と一緒にいこう、一緒に……」

「え?どこ」

龍太郎の声だけがその場に残った。

「!!龍?!龍達がまた消えた――!!!!」

シュヴァイツウィンドの頷きを確認し、カインは姿を消した。

「北条院、僕の陰を追え!!」

「御意」

小さい姿が消えた横で、茲那も足元から自らの陰に溶けていった。


シュヴァイツウィンドはカインの姿を探し確認する。

グァルツィネと龍太郎は店のドアをくぐった所だった。ここは龍太郎のバイト先である。

2人が入った瞬間、店内中の視線が注目した。騒がしかった店内が一瞬で静まり返る。

肩を抱かれた龍太郎は気まずそうに眼を伏せていたが、強い視線を感じて目を上げると、一人で座っていた男と目が合った。

がっしりとした身体つきで薄茶の髪と青い瞳が印象的な男が、驚愕に目を見開いていた。

今月キャンペーンのスペシャルキリマンジャロモカを注文しており心の中で「どーも」と龍太郎は喜んだ。

カウンターでテイクアウトのコーヒーを注文し受け取ると、グァルツィネは龍太郎を連れて男の前に立つ。

「私の可愛い子。龍太郎だ」

「こ、この子が…」

それっきり男は口を開けたまま龍太郎を凝視している。

こんにちは。と龍太郎は一応頭を下げた。行こうか。と促され店を出ると、シュヴァイツウィンドとカインが寄ってきた。

「アルガロイドはこれでこの子に手を出したりしないだろう」

「何故ですか」

「龍太郎が可愛いからさ」

ガシガシと頭を撫でられ「パパ止めて」と親子はじゃれあっていた。

少し話をしようかと、公園に移動する。

龍太郎とグァルツィネが木陰のベンチに座り、シュヴァイツウィンドとカインは脇に佇む。

「私は龍太郎に王になってほしい。王になるとは血族になることだ。人間はいつか死んでしまうからね」

「パパ…」

「時間はまだまだあるから、ゆっくり決めなさい。王位が不在でも私の側近達が何とかしてくれるだろう。頼んだ」

御意とヴァンパイア達は声を揃えた。

シュヴァイツウィンドは親子の会話を見守っていた。全く似てないと思っていたが、やはり似ていないな。

コーヒーを飲み干したグァルツィネは「私はもう帰るよ」と立ち上がった。

「え?どこへ?イギリスの城?」

見上げる龍太郎の頭を撫でる。

「またいつか、逢えるかもしれない。さよなら龍太郎」

優しく撫でられた手の感触が消えたと同時に目の前の姿も消えてしまった。

「パパ?!パパ!!」

勢いよく立ち上がり左右を見回す龍太郎の後ろでシュヴァイツウィンドとカインも気配を探っていた。

「どうだ」

「いらっしゃいません。どこにも」

「グァルツィネ様…」

「なぁ!!パパは?!どこ行ったんだよ」

「…もうお会いすることはできないかもしれない」

「そんな…」

龍太郎とヴァンパイア達はいつまでもベンチを眺めていた。



ベッドに仰向けで寝ている龍太郎の視線はただ空中をさまよっていた。

未だ喪失感から抜け出せないでいる。ほんの少ししか一緒に居なかったのに、別れのダメージから脱出できない。

これが親子の絆ってもんなのか?

ヴァンパイアの事、血族の王になる事、絶えず続く渇望感の事、父親と母親の事。幸福な死と永劫の死。

意味がよく解んねぇなぁ。パパは消えたけど、ヴァンパイアが本当の意味で滅する事はないってカインが言ってたからなぁ~。今呼んだら出てくるのか?

名を呼ぶ代わりに瞼を閉じた。

鮮明に焼き付いた美貌は、このさき忘れる事はできないだろう。今まで、否、これから先もこれ程美しい人には会う事はない。

また人って言っちゃったよ…人じゃないっつーの。

一人で突っ込みを入れている所に、ノックの音が響いた。

「何だ?」

弟だと思い、中に入るように促すが、入ってきた人物を見て龍太郎は顔を顰めた。

「……なんだよ、何の用だ?」

反射的に上半身を起こし、視線をやや下に落とし睨み付ける。

後ろ手でドアを閉めたシュヴァイツウィンドは龍太郎の寝ているベッドに腰をかけた。

このガキ、ちょっとは遠慮しやがれ。

「邪魔をする」

あくまで居丈高な物言いに、龍太郎の眉間がピクピクと反応した。

文句を言おうとした龍太郎は、座っているシュヴァイツウィンドの足が床に着いていない事に気づき急激に憤りが修まっていった。

子供だなぁ……小っちぇ~。

考えてみれば、これ程間近でシュヴァイツウィンドを見るのは初めてであった。

小さな顔に宝石のような大きな翠眼、日本人とは違う鼻筋の高さに、不思議なくらい紅く小ぶりな唇。透き通るかのような白い肌。

うっわ――――――カワイイ!!天使だ。

何?!オレ天使って言った?!ぎゃぁぁぁ~コイツはクソガキなのに!!何てこった……

龍太郎が激しく自己嫌悪に陥っているのを傍目に、シュヴァイツウィンドは口を開いた。

「お前がどちらを選ぼうが、僕はそれに従う。お前の選んだ方が、グァルツィネ様の決定だ」

「…はぁ……」

「まさか選ぶのに50年もかけたりしないだろうな。人間はすぐ死ぬくせに優柔不断だ」

「はぁ?!50年経ったらジジイになっちまう。そんなに長く悩みたくねぇよ」

「どちらを選んでも後悔は付きまとう。いっそ自らに課せられた使命を真っ当するんだな」

「使命?」

「血族の王」

「…………………あのさぁ、お前が王になろうとか、そういうのは無いわけ?一応お前も高貴な純血っつー部類に入るんだろ?」

「僕の王はグァルツィネ様だけだ」

こういうのを盲目っていうんだ。でもパパ相手なら解る、と妙な納得をする龍太郎を、シュヴァイツウィンドは感情の読めない眼で観察していた。

血族を統べる王は必要だ。絶対的なカリスマ性を持った者は今の血族にはいない。

可能性があるとすれば龍太郎が覚醒した場合のみだ。

グァルツィネ様は無理強いを望まれていない。この馬鹿の決断を待つしかないのか……王が不在でいつまでもつか定かではないが。この状態が続けば第二、第三のアルガロイドが発生するだろう。

シュヴァイツウィンドも秘めたる葛藤に悩んでいた。

小さな溜め息が紅い唇から洩れる。

「急かすつもりはない。せいぜい悩むんだな」

勢いを付けてベッドから降りる姿は、無邪気な子供そのものだった。

小さな姿が去って行ったドアを何気なく見つめていた。

何の用だったんだ?……クソガキ、もしかして、励ましに来たのか?パパが頼むって言ったから。

思いっきり頭を振って、龍太郎はベッドから降りた。

「こういうのは考えるもんじゃない!!取り敢えず水でも飲もう」


「いい夜ですわね」

今夜は新月で夜空には一切の輝きが失われていた。絶望にも似た暗い闇夜が最もリラックスできる夜だとカインは考えている。我が身が闇に溶け込みやすい。

「こんな夜は食事もしやすく、過ごしやすいですわね」

佳月宅の2階屋根上である。カインは先客であるシュヴァイツウィンドの隣に腰をおろした。

「グァルツィネ様は、いってしまわれたな」

「そのようですね。セツナ様を、龍太郎様を愛してらっしゃったのでしょう」

「……愛か…僕には理解できない」

グァルツィネ様への盲目なほどの感情をそのように呼ぶのでは?

口に出さなかった。否定されるのは解っている。

「龍太郎様が決断されるまで、私達もここから動けませんね」

「飽きたのか?」

「いいえ。食糧も尽きる事はありませんし、龍太郎様は可愛らしい方で楽しいですわ」

「可愛い?確かに顔立ちは悪くはないが………」

明らかに不満そうなシュヴァイツウィンドを軽くスルーして、カインは夜空を見上げた。

龍太郎様は可愛らしく、魅力的だ。彼が王になるのなら、血族に新しい風を招き入れるかもしれない。例え資質や能力はグァルツィネ様に劣るとしても、キャラクターでどうにかなるだろう。何よりも覚醒すればどうなるか未知数である。

この場所を離れたくない理由は別にある。それはカインの胸の奥底にずっと留めておくつもりだ。


「おはよ」

「おはようございます、龍太郎様。食事の準備が整っておりますので、お席について下さい」

「龍、寝癖すげーぞ。直してこいよ」

「いい。先に食う」

何時の間にか朝食はカインが用意する事が定番となってしまっていた。

どうしてだっけ?と龍太郎は考えたが、きっかけが思い浮かばない。

結局シュヴァイツウィンドもカインも、ついでにギイも佳月家に居候している。

尤も、昼間は学校があるので会う事もなく、夜は夜で彼等はヴァンパイアの本能に従っている為、顔を合わせるのは慌ただしい朝か夕方ぐらいである。

凪は不屈の精神でカインに再挑戦を考えているらしい。

学校の帰りに茲那兄のところ寄ってみようか…

赤毛のおばさんは故郷に帰ったってカインが言ってたから、絡まれる事はなくなったな。良かった良かった。このまま暫くは無事に過ごせます様に。せめて明るい高校生活を送りたい。

「行ってきま~す」

玄関で見送るカインに声をかけ、自転車を漕ぎ出した。

暫く走ると奇妙なデジャヴに襲われる。

自転車が前に進まない。力を込めても全く動かない。

振り返りたくはなかったが、つい、龍太郎は振り返ってしまった。

キレーな外国人の男が腕を組んで龍太郎の全身を嘗め回すように観察している。

うっわ―――!!!この後の展開、オレ知ってるぞ―――!!こんな朝早くからなんて卑怯だ――!!

龍太郎は精一杯、ぎこちない笑みを作る。

「は、ハロー。多分人違いだと思いますがぁ……」

ニヤリと笑った男の唇から、異常に発達した犬歯が除く。

「ぎ、ぎゃぁぁぁああああぁぁあぁぁぁぁ!!!!!」


「愚か者が。また僕に手間をかけさせおって」

上空から嫌味な声が聞こえたが、龍太郎は聞こえなかった振りをする。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ