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魔法少女

 先輩は空中で姿勢制御したとしか思えないふわっとした柔らかい着地をして見せると、私をゆっくり廊下へ降ろした。当の私は一瞬の出来事に腰を抜かして尻餅をつく。

「のもざきさんが見たモンスターってアレかな?」

 先輩が指し示す先には昨日見かけたのと同じ甲殻類っぽい人型の化け物……先輩の言い方に倣うならモンスターだ……がいた。

「あ……あれです、昨日私、襲われて。何とか逃げて、でも嘘だって思って、幻覚だって! でも、でも──」

「うん、怖かったよね。大丈夫、守るよ! すぐにやっつけちゃうから!」

「何言ってるんです!? 逃げましょうよ! 壁を砕くような相手なんですよ!? やっつけるって、どうやって!」

「私は魔法少女だから」

 大真面目な表情のまま、こちらに対して身構えるモンスターを睨み付けて先輩は言う。

「貴女もそうだよ、のもざきさん。この空間を知覚出来るのならその素質があるんだよ。でも、まだ覚醒していない。……だから!」

 眩い光を感じて目を細める。その光は先輩の左の太ももから放たれている。

 黒いソックス越しからでも確認できる燦々たる光。それは独特の形をしていて、それが先輩のインシグニアのアザの形である事はすぐに想像がついた。

「暫く私が守ってあげる」

 その声が私に届いた瞬間、先輩の全身を光が包み込んだ。次にその光が霧散するように消えると、先輩は制服を着ていなかった。

 頭の上には小さなシルクハットと白いレースのヘッドドレス。ゴシックな装飾のコルセットスカートに厚底のシューズ。両手はドレスグローブに指を通しており、その右手には節くれ立った杖が握られている。

 私を一瞥した先輩は先刻のような笑みを向けた。首には豪奢なネックレス。四つの色の違う宝石が散りばめられている。

 そのうちの一つ、赤い宝石が輝くのが見えた。

「フレア!」

 呪文らしきものを先輩が口にして杖を振りかざした。杖の先から炎の奔流が投射される。

 その進行方向の先にいるモンスターは腕を交差させて炎を受けると、振り払って掻き消す。

 次にモンスターは昨日私に襲い掛かって来た時の様に一瞬で距離を詰めると、鋭利な爪で一閃する。

 先輩は避けようともせずそれを受けたかに見えた。その後、どうという事もないように後ろに飛び退いてモンスターと距離を取った。モンスターは動かない……のではなく、動けなかった。

 モンスターの爪は深々と氷の柱に突き刺さっており、突然廊下に発生したそれはモンスターの足元まで凍り付かせている。

 先輩の方を確認すると、今度は青い宝石が輝いていた。

 一連の動きを見ていた私は唖然とする。一体何が始まったのか、と。

 先輩は自称した通り、魔法少女の如く変身した。そして呪文を唱えて魔法を放った。目の前で次々起こる出来事が現実世界で呼吸する私を置き去りにして進行していく。

 モンスターは氷の呪縛から逃れようと暴れるが、先輩が召喚したであろう氷は強固で抜け出す事が出来ないでいる。

「そとめちゃん!」

 もがくモンスターを尻目に先輩が叫んだ。

 フレアが炎の何かを意味するのは薄っすらと理解していたが、今度のは全く意味が分からない。

「はああぁっ!」

 私の後方から雄叫びが上がると弾丸のような速さで何かが通り過ぎる。

 それは化け物の目前で少し飛び上がり、振りかぶった拳を渾身の勢いで叩きつけた。

 氷柱は粉々に砕け散り、モンスターはアタックされたバレーボールのように廊下へ叩きつけられ、それでも勢いは止まらずにぶっ飛ばされる。衝撃で廊下には小規模のクレーターが出来上がり、モンスターは毒々しい原色の青い血を撒き散らして転がり続け、数十メートルほどしてようやく止まった。

「やったね、そとめちゃん!」

 先輩がモンスターをぶっ飛ばしたそれに向かって声をかける。

 着地して片膝をついていた呼ばれた人物は立ち上がると、大きく息を吐いた。

 それは少女だった。癖のある長い髪の毛をしていて、先輩と似たような服装に身を包んでいる。明るい色の短めのカクテルドレスからは右肩から先が露出していて、その肩にはインシグニア症のアザがあるのが見えた。先輩が変身した時と同じようにそれは光っていたが、徐々に発光は収まりつつあった。

「いえ、すみません先輩。防御されました。外殻を破壊しただけだと思います」

「そうなの? 凄かったのになあ」

「先輩、見て下さい!」

 モンスターは出血し、特徴的だった甲殻の鎧を損壊しながらも身を立て直し、叫び声をあげるとその場から瞬時に消え去った。

「不甲斐なくてすみません、先輩」

「撃退できたから良かったじゃない。それに今はこの子を助けたかったんだよ」

 先輩がまたしてもふわりと飛びながらやって来て、私の腕を引いて助け起こしてくれた。

「そとめちゃん、この子は二年生ののもざきさんだよ」

「ええと野母崎です。あの、二年二組の」

 先輩の時と同じ自己紹介をしながら、煌びやかな装飾のドレスを纏った二人の少女に対して自分自身が偉く場違いな感じがした。

「はい。あの、私、外海です。……お久しぶりです」

 先程雄叫びを上げて突っ込んで来た人物と同じとは思えないほど小さく微かな声で挨拶すると、彼女、外海さんは小さく会釈した。

 お久しぶりです、と彼女は言った。彼女は私に会った事が有ると言っている。頭の中を検索すると、すぐに思い当たった。

「一年の時の、外海さん?」

「はい、覚えててくれたんですか? 私、存在感無いからてっきり」

 外海さんは恥ずかしそうに自分で自分を抱いた。どうやらこの魔法少女? の衣装が恥ずかしいらしい。そして右肩を手で押さえる。アザを見られるのも嫌なのだろう。

「一体、どうして、何で……? 私、何にも分からない」

「みゃーみゃー、とりあえずあのモンスターが逃げちゃったからこの多重空間が消滅すると思うし、これから買い食いでもしながらお話ししようよー」

「あ……でも先輩。野母崎さんは大丈夫でしょうか。こんな思いをしたばっかりだから、怖いだろうし、疲れているのでは」

「それもそうだね。じゃあ明日のお昼休みに中庭に集まろう! 良いかな?」

「明日、明日ですね。分かりました」

 外海さんの気遣う言葉を聞いてどっと疲れが押し寄せてきた。学校から家まで走って帰った昨日の方がよっぽど運動しているはずなのだが、今日の方が疲労が大きいと感じる。

 既に今の時点で耳に入って来た言葉にも分からないものが混ざっているが、なんもかんも明日にしてしまおう。

 そう思った矢先にしんと張り詰めていた空気が無くなり、学校の放課後の音が聞こえるようになる。

 モンスターが破壊した痕跡も廊下のクレーターも消滅した。

 二人の魔法少女の衣装は消え、ただの制服を着た女子中学生に戻る。厳密には奇病に侵された女子中学生だが。

 こういうカラクリか。いや、カラクリは見当も付かないが、とにかくこうして戦闘の建物への被害は消えていたのか。


 先輩は忘れ物をしたとかで三年の教室へ向かった。

 学校の敷地内ではまたモンスターに遭遇する危険があるかも知れないというので、私と外海さんは二人で帰宅する事にした。

 彼女はほぼ全く自分からは喋らず、こちらから話を振っても柳が風に揺れる程の声で相槌を打つか返事をするだけだった。

 外海さんは気を利かせて、私の知らない諸々の説明を明日にしようと言ってくれたのだろうが、正直すぐにでも知りたい事が沢山あった。が、この調子でまともな返答が帰ってくるとは思えなかった。私は質問するのを諦めて、二人して黙々と歩く事となった。

 ついぞ言葉のキャッチボールは不成立のまま彼女と別の道へ別れる事になる。

「それじゃあ、私こっちだから。今日はありがとうね、外海さん」

「あ……さようなら」

 彼女が伏し目がちに言うとほんの少しだけ手を振った。私もそれに答えると、背を向けて歩き出す。

「あの」

 聞き逃しそうになる微かな声で外海さんが言う。たまたま周囲に走っている車がいなかったから聞き取れた、本当に小さな声。

 私は振り返った。外海さんはそれを認めると、続けて口を開いた。

「野母崎さんって、一年の時、同じクラスだった高島さんを覚えてますか?」

「うん。よく同じ班になったりしてたから」

「……友達だったんです、私。一人だけの、私の友達」

「高島さんも言ってたよ。インシグニア症の話を彼女とした事があって。自分がインシグニア症で、クラスにも名前は言わないけど居るんだって教えてくれた」

「それは多分私の事。私、話すの苦手で。ごめんなさい、退屈させてしまって」

「一年の時も絡み無かったからね。お互いの事知らなくて何話して良いか分からないのは仕方ないよ」

「はい。有難う。高島さんの事も明日話します。ごめんなさい呼び止めて。何か話さなきゃって思って、それで」

「外海さん、さ」

「はい」

「同い年なのに他人行儀過ぎないかな」

「はい。ごめんなさい」

「それそれ! やめようよ、敬語やめよう」

「でも、私……」

「私とも友達になろうよ。折角共通点があるんだしさ」

 私はグローブを外して見せた。

 拳を作って彼女の右肩を軽くこつんとやる。

 彼女は顔を紅潮させ、口を少しだけ開けてまごまごしている。

「うん! は?」

「はい……うん!」

「じゃあまた明日ね! 今日の事もだけど、外海さんの事も色々教えてね!」

「うん! さようなら……また明日」

 こうして私は新しい友達を手に入れた。


 そう、自殺したり失踪したりするこの病気の症例のセオリー通り。

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