序章 勝率1%
すぐ脇で地面が爆ぜた。
砂煙が上がるのと同時に、跳ね上げられた石や砂が機体にぶつかる音がコクピットに響く。
それに続くように次々と光弾が飛んできては、至近に着弾して大地が抉れる。その様をモニターの端で見遣ると、俺は操縦桿を握りしめて正面を睨んだ。
360度全方位を鮮明に映し出すコクピットモニターが、砂と岩と細い樹木だけの見渡す限りの荒野を映す。その遥か彼方、地平の向こうにいる敵は無慈悲に、冷徹に目標を砲撃し続けている。
左右に目線を飛ばすと、俺の両脇に約10メートルほどの身長を持つ人型機械が、地面に張り付くようにうつ伏せ、砲弾の嵐をしのいでいるのが見えた。
それらは『機甲歩兵』と呼ばれる巨大ヒトガタ兵器だ。シュッと尖ったシャープなフォルムに銀色の装甲を持ち、さながら戦闘機のような印象すら受ける。
この近辺には、俺を含め12機の機甲歩兵が作戦行動を行っていた。そしていま正に、この広大な荒野において、敵の機甲歩兵部隊と遭遇し、激しく戦火を交えているのだ。
『えぇい! 何をしている!! ……狙撃班! 早くあの砲台を破壊しろ!!!』
…………まぁ、それも30分前までの話だが…………。
半分ヒステリックになって叫んでいるのは、俺たちのチームを指揮するむの…………いや、中隊長どの。
『……こちらD-2……。 しかし、この砲撃の中、狙撃姿勢をとるのはリスクが高すぎます……』
『そんなコトわかってる! だが、なんとかして敵の攻撃の手を止めなければ我々に勝ちは無いんだぞ!』
そんなことを言っている間に、隊長の横にいた一機の装甲歩兵が、砲弾をもろに喰らい、メンコのように地面に叩きつけられた。人間の何倍もの大きさの機械の巨人。しかしそれは、次の瞬間には『LOST』の表示バナーとともに、破片ひとつ残らず爆散する。
巷で良く見られる、機体が撃破されたときの演出である。
『A-3ロスト! 撃破されました!!!』
『ッ~~~!!! ほら見ろ!!! だから早くしろと言ってるんだ!!!』
もはやヒステリーの塊となった隊長は、イライラとした風に声を荒げて怒鳴る。
……元はと言えばおめぇの指示のせいで不利になってんだろうがよ。なんていう心の声は、深呼吸とともに喉の奥に押し戻した。
俺たちの部隊に配備されていた12機の機甲歩兵は、今や6機にまで減ってしまっている。
予想外の展開を見せた敵部隊に、慌てふためいた隊長がでたらめな指示を出したお陰で混乱が生じ、ろくに戦わずして半数もの戦力を失ったのだ。不満のひとつも出ない方がおかしいというものだ。
『こちらB-1』
頭の悪い怒鳴り声にイライラしていたそのとき、良く聞きなれた声がインカムから流れてきた。俺が小隊を組んでいるBチームの隊長、『シュウゴ』のものだ。
『このままではどう足掻いてもジリ貧です。 一か八か突撃を敢行するしかないと考えます』
『なんだと……。 バカを言うな! こんな弾幕の中飛び出したら、蜂の巣にされるぞ!』
『しかし他に方法もありません。 ……尋常な戦いをしていては、負け戦をひっくり返すことはできません』
シュウゴの声は、いつも通りに平坦で、平常で、冷静だった。圧倒的に不利な状況でも全く取り乱すことのないそのマイペースさは、どっかの誰かと同じ人間とは思えないね。
『だったらお前らが先行して活路を開け! そんなに自分の策に自信があるならな!』
『ですが、それには隊長機に搭載されている大出力のエネルギーシールドが必要です』
『バッ……貴様! まさかこの私に真っ先にやられろと言っているのか…………?』
『そうならないよう、我々も最大限のサポートを致します。どの道、助かるにはこれしか方法がありません』
『ッ…………! 貴様……ふざけるのも大概にしろ! 私はそんな危険な策はまっぴらだ!! 』
『しかし、隊長…………』
『うるさい!!! 行くならお前たちが先だ! さぁ早くしろ、これは命令…………』
そう言いかけた隊長の声は、次の瞬間強烈な爆音とノイズで掻き消された。慌てて耳からインカムを引き剥がす。もしインカムのリミッターが作動しなかったら、鼓膜がやられていたかも知れないほどの音量だった。
耳をさすりながらディスプレイを見ると、隊長機がいたはずの場所にロスト表示が出ている。どうやら、運悪く砲弾の直撃判定を受けたらしい。
まぁ、いくら地面に這いつくばっていたところで、砲弾が確実に避けられる訳じゃない。機甲歩兵ほどの大きさにもなれば尚更である。
俺は「あーあ」、とのんきな調子で呟きながら再びインカムを頭にはめる。すると、丁度シュウゴがチームの皆に何かを伝え終わっていたところだった。
『……というわけだ。残り時間は残り僅かだ。 皆、よろしく頼むぞ』
『『『了解!』』』
『あ……あれ~~~?』
なんか俺の知らないところでいろいろと決まってしまったらしい。なんだかハブられたような気がして少し寂しくなった俺は、シュウゴへ無線を飛ばす。
「なー、シュウゴ」
『なんだ、B-2。 作戦行動中はコードネームで呼べ』
「いや、それよりも……俺を差し置いて作戦会議だなんて冷たくない?」
『…………お前まさか……インカムを外していたのか……?』
「いや、だってうるさかったし。耳が悪くなっちゃうし」
『……実戦でもないのに聴覚にダメージが行くような音量が出るものか。第一、リミッターが守ってくれているから、インカムは絶対外すなと常日頃から言われてきただろうが!』
ここで今日初めてシュウゴが声を荒げた。さすがにおちょくり過ぎたか。
「ぁー……いや、そんな怒んなくてもいいじゃんかよ…………。それで、俺にも作戦を教えてくれよ」
『……全くお前は…………。 まぁいい…………それでは、B-2、今からお前に指令を与える』
「おうよ!」
『とりあえず適当に暴れまわれ …………以上だ』
「えっ」
『よし! では全機、作戦開始! これに勝てば念願の決勝戦だ、気を引き締めろ!!!』
『『『了解!!!』』』
「えっ、えっ、えっ……」
あまりにもあんまりな指示に当惑する俺を他所に、生き残った僚機たちは勢い勇んで飛び出して行く。
そこには、先程までの閉塞感や絶望感は一切感じられない。希望と勇気に満ちた、戦士の背中があった。
…………俺を除いて。
「あー…………えー…………えーと………………」
どんどんと遠ざかっていく仲間たちの後ろ姿。そしてそこへ集中する敵の火力。
「…………あっー!!! ったく……やるよ! やりゃいいんだろ!!!」
考えることがめんどくさくなった俺は、結局シュウゴに言われるがままに行動することにした。
それが一番シンプルで判りやすい。
それに、自分が成すべき役割も分かっていたからだ。
爆撃の中を突き進む仲間の背中を追い、バーにアを吹かして荒野を爆進する。操縦桿から伝わる振動が、インカムから流れる合成音声が、モニターを彩るリアルな景色が、俺の精神を戦いへと誘う。
この瞬間だけは、俺は本物の兵士として戦場を駆け抜けていた。




