さよなら
彼女は学校から帰ってきたばかりであった。
自分の部屋に入ると疲れがドッと出てきた。
鞄をベットに置き、その横に自分も座る。
(毎日毎日、疲れるなあ……)
しばらくぼーっとしていると
トン、トン、トン
音が聞こえた。
ドアからではない。自分の背後の窓からその音はしている。ガラスに指か何かで叩いている音だ。
彼女の部屋は二階である。
鳥肌が立つのを感じた。
音は間を開けることなく続いていた。
トン、トン、トン
彼女は後ろを振り向くことが出来なかった。怖かったからだ。窓の外にどんな化物がいるのか確認するのが怖かったからだ。
彼女は正面右にある扉を見た。
(ここから逃げよう……)
彼女は後ろを振り返らないまま部屋を出て行こうとした。そうすることが一番だと思ったのだ。
トンッ、トンッ、トンッ
音が大きくなった。
ガラスを叩くのを強くしたのだ。
彼女に戦慄が走り、早くここを出ようと思ったのだが……
そこで思った。
(こちらが開けない限り、あちらの方も入って来られないのではないか)
トンッ! トンッ! トンッ!
絶対にそうだと思った。これだけ強くガラスを叩いているのになぜあちらは入って来ないのか。
だったら部屋を出ていく前にどんなものがいるのか確認してもいいだろう。
彼女は安心して後ろを向いた。
ネコがいた。
窓のサッシのところに立っているネコがいたのだ。
そのネコは必死に自分の足でガラスを叩いている。
見覚えのある首輪をしていた。
「ミ―コ!」
窓を叩く化物の正体は自分の飼い猫だった。
彼女は急いで窓に近寄り、窓を開いた。
(ああ、自分は何に怖がっていたんだろう。バッカ見たい)
ネコなら二階に外から登って来ることぐらい簡単なのだろう。以前もいつの間にかベランダにミ―コがいて驚いたことがあった。
(こんなに可愛いのに。怖がってしまってごめんなさい)
彼女はミ―コの背中を撫でた。
ズルッ
ミ―コの皮が簡単にむけて、まるでジッパーを開けた着ぐるみの胴体みたいになっている。背中からはむき出しの肌が覗いていた。血でテカテカになっている。
「えっ、えっ」
彼女には、今、自分の目の前で何が起こっているのか分からないでいる。
さらに、ミ―コの腹からジュボッという音がして赤い血にまみれたなにかがたくさん出てきた。一部は下に落ち、べチャべチャッという音を立てている。
ミ―コはニャーンと鳴くと、首あたりから赤い何かが流れ出てきて、首が取れた。それは彼女を見つめながら下の地面に落ちて行った。尻尾もいつの間にかなくなっている。
血まみれになったミ―コは彼女に飛びかかってきた。
ジャンプする瞬間に足が崩れ、まるでミサイルのようになった胴体が彼女に飛んできた。
彼女はそれをキャッチした。
手の中にあるのは血まみれの肉塊。
ミ―コではなかった。
「ニャー」
耳元で鳴き声が聞こえた。
彼女はそこで視界が暗くなり――――
ミ―コが見つかったのはそれから四日後の事だった。
近所の森のなかで血まみれになった何かを森の中で遊んでいた子供達が見つけたのだ。
ミ―コは体中の皮をはがされ、四肢をもぎ取られ、尻尾も切られ、果てには切られたであろう首に噛み跡があったという。
一人の子がそんな惨状の中、見覚えのある首輪を見つけ、彼女の家のミ―コだと分かったのだ。
犯人はまだ見つかっていない。
ミ―コが家に戻ってきても彼女は悲しいだとか復讐してやろうだとかの感情が湧いて出てこなかった。
この間部屋で見たもののインパクトが強すぎたのである。
何日か経った今でも夢に見る。
ミ―コを撫でようとすると、皮がはがれ、臓器が飛び出し、首が――――
そこで目が覚める。
ミ―コは最後にお別れに来たのだ。
彼女は家族の中では一番ミ―コをかわいがっていたという自信がある。だから、ミ―コは自分の首を食べるような変態に殺された後、せめて彼女だけには別れを告げようと、あの日、彼女の部屋の窓を叩いたのだろう。
そうなのだろう。絶対にそうだ。分かっているのだが……。
彼女は震えが止まらなかった。
朝、彼女が起きると、母が泣いていた。父も茫然としている。
「ねえ、一体どうしたの?」
母が目をぬぐう。
「悪いことは続くわね……」
「だから、一体どうしたの!?」
彼女は苛ただしげに叫んだ。
嫌な予感がしていた。嫌な予感が……
母は目を涙で潤わせながら答えた。
彼女ととても仲の良かったいとこが、トラックに轢かれ亡くなったのだという。
彼女が部屋に戻ると、音が聞こえた。
トン、トン、トン
最後の流れが蛇足かも知れないなと少し思いました……
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