とある心霊現象
空気が刺すように冷たい夜、彼は突然目が覚めた。
と、同時に部屋の空気がおかしいことに気がついた。
誰かがいる――――
彼は昔から心霊現象にはよくあっていた。
だから、すぐに部屋の空気がおかしい事にも気付けたのだ。
体は案の上動けない。
金縛りである。
(クソッ、なんでこんな時に)
彼はどこに霊がいるのか、体を上向きで寝かしたまま、顏も動かないので、目線だけで暗い部屋の中を見渡した。
(どこだ、どこにいるんだ)
彼は安アパートに住んでいる。
普通なら、最初に寝た夜から心霊現象にあってしまう。そのはずだ。
住む部屋住む部屋何かしら起こるので、住む部屋を転々とした。
今の部屋にはすでに数カ月住んでいる。
こんなことになるはずは……
(あれは?)
玄関に何かがいる様だ。
気味の悪い、黒い塊が玄関の辺りに存在している。
(あれは、一体?)
確かに存在していた。
まるで、この部屋の闇を集めたらああなるのではないか、という闇の深さだった。
部屋の形は長方形の形になっており、短い辺が玄関と窓である。
彼は頭を窓側にして寝ている。なので、あまりにもおぞましいそれは、足元の先にあるかたちになる。
(一体何だ?)
心霊現象には慣れているとはいえ、怖くなってきた。
彼がこの時一番怖かったのは、「いったいなんなのかわからないもの」に取り憑かれる事だった。
人ならまだしも、訳も分からないものに取り憑かれるのだけは、絶対に嫌だ。
彼には黒い塊がとてもおぞましく感じられた。
(怖い……。本当に何なんだ?)
わからない。
非常に厭な気分だった。
こうしている間にも恐るべき黒き物体は存在している。
離れたい。あれから離れたい。
(金縛りを……解かなくては)
彼は必死に体を動かそうとした。
――――と、その時
ガサリ……
動いた。
黒い塊が身をたじろいだように見えた。
彼は背中が総毛立つのを感じた。
(早く、早く!)
黒い塊が直立した。
縦に長い塊となった。
彼は戦慄した。
彼にはそれがいびつな形に見えた。
直立しても全身が黒く、闇を身にまとっているようだ。
彼には余裕が無かった。
(動け動け!)
それはこちらの方へ少しずつ、少しずつ、近づいてくる。
彼は全身が震えているのが分かった。
冬の寒さにではない。もっと、もっと冷たいものに……
(ああああ、来るっ! 来るっ!)
ついに、足元まで来た。
彼は全身の震えが止まらなかった。
恐怖が、恐怖が近づいてくる。
俺は、俺は、どうなるんだ!?
彼はその時、
「アケミ?」
おぞましい闇の中に見知った顏を見た。
黒い闇の中、丁度頭の部分に白い顏をした元カノがいた。
無表情だった。目の中に光を感じられなかった。
アケミ……束縛がひどくて分かれたアケミ……。
それが何故ここに?
死んだのか?こいつそれでここに?
死ぬわけ無いじゃないか! 俺なんかのために!
アケミの顏が近づいてくる。まるで死んだかのようなうつろな顔で……
彼は完全にパニック状態だった。
おぞましい。ただおぞましかった。
その存在が。闇が。アケミが。
こいつは、アケミの顏して、何をしているんだ?
(こっちに来ないでくれ!!)
闇が覆いかぶさってきた。
アケミの顏したそいつは言った。
「どうして?」
そこで、俺の意識は途絶えた…………。
朝が来てみると、昨日の事が嘘のようだった。
彼は自分の体がどうにもなっていないのをみると、ひどく安心した。
(――――よかった)
もしかしたら、昨晩のことは夢なのではないか。彼はそう思った。
そう思う事にした。
アケミに電話しようと思った。
彼女が生きているかどうか知りたかった。だが、昨日も彼女と付き合っていなかったかのように話をしたし、生きているのは確実だろうと思われた。
しかし、それは今でなくともいい。後にしよう。
何となく、日の光を浴びたくなった。
外に出かけよう。そう思った。
部屋の中に冬の冷たい風が舞い込んで、カーテンを揺らした。
彼は春が来るのもまだまだだな、と思った。
風?
おかしい。何かがおかしい。
風なんか部屋の中に吹くわけがない。
冬なのだ。今は。昨日も部屋の窓は閉まっていたはずだ。
なぜ、風が部屋の中に入ってくるんだ。
彼は厭な予感がしていた。
カーテンを開いた。
窓が開いていた。
窓のカギが破られていた。
窓から誰かが侵入したという証拠だ。
(昨日は、まさか、まさか……!)
彼は今、再び戦慄した。
闇をまとったアレの正体。
あいつはアケミの顏をしていた。
(あいつはっ! あいつはっ!)
彼に震えがまた襲いかかってきた。
この部屋には心霊現象など起こってはいなかった。
ただ、人数が一人増えただけだったのだ。
後ろに気配を感じた。
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