中2
買い物を終えて、マンションまで帰ってくると、プリンはあっと声を上げた。
そこには茂みから顔と前足を出した猫がいた。
「にゃ? にゃー」
猫の方もプリンに気が付いたらしく声をかけてくる。猫は老婦人の方に視線を移す。
少し老婦人に警戒している様子の猫に対して、プリンは猫に声をかけた。
「こんばんは、ケットシーさん。この人は悪い人じゃないから安心してください」
猫が改めて老婦人を見ると、老婦人は頭を下げた。
「初めまして、私は杏子といいます。プリンの叔母で、元妖精です。いつもプリンちゃんがお世話になっております」
猫は目を見開いた。プリンを見ると、プリンが頷いている。
「にゃ……。は、初めましてにゃ。半妖のメノウですにゃ。……それにしても、驚いたにゃ。元妖精って……、なるほどにゃ。不思議な雰囲気だと思ったにゃー」
メノウは頭を上げた老婦人をまじまじと見上げる。
「ふふふ。メノウさん、私達、今から夕食なんです。一緒にいかがですか?」
メノウは老婦人の目を見た。
「……メニューは何かにゃ?」
「そろそろ暑くなってきましたがクリームシチューです。私の大好物なんですよ」
メノウは少し考えていたようだが、夕食をごちそうしてもらうことにしたようだ。
「行くにゃ。楽しみだにゃ~」
茂みから出てくると、メノウはその場でジャンプして一回転する。
すると、そこには見慣れない少年が立っていた。なんとなくメノウに似たその少年は絶句しているプリンに話しかけた。
「やっぱりこの大きさだと妖精は小さく感じるな。ん? どうかした?」
プリンは口を開けては閉め、開けては閉めを繰り返している。
「あらあらまあまあ。半妖とはそういうことなんですね。お気遣いありがとうございます。では、行きましょうか」
プリンより先に老婦人が復活した。まだ口をパクパクと開けては閉めしているプリンはさりげなく老婦人が回収した。
部屋に着くと、老婦人はプリンをソファの上に置いてメノウの方を振り返る。
「では私は夕食の準備をしてきますね。もう戻っても大丈夫ですよ」
メノウは頷いた。ぽふり、とどこか気が抜ける音と白い煙を出して、猫の姿に戻る。
老婦人がキッチンに入っていくのを見送ってからメノウはプリンを見た。
「にゃ、何にゃ?」
プリンはメノウが人の姿に変身してマンションの中に入り、猫の姿に戻る今までずっとメノウを見ていた。いや、凝視していた。
「……ケットシーじゃなかったんですか?」
メノウは器用にティッシュを使って足を拭きながら、口を開く。
「にゃ。オイラは半妖にゃ。半分妖精、半分妖怪にゃ。ケットシーは間違ってないけど、大正解じゃないにゃ」
メノウは足を拭き終えると、ごみ箱にティッシュを捨てる。そして軽やかにジャンプしてプリンが座り込んでいるソファに飛び乗った。
「人の姿になるのは……妖怪の力ですか?」
「そうにゃ。にゃ~、このソファふかふかにゃ~。感触が楽しいにゃっ」
ソファに感動しているメノウを見て、プリンはメノウの言葉を思い出していた。
“この辺りが妙だったからにゃ。まるで何もないところを水が不自然に迂回しているような感じにゃ。オイラの尻尾とヒゲと勘はそういうの解るんだにゃ~“
(確か、そう言ってたよね? 力をそんなに細かく感知出来たのは妖怪の力だったってこと……)
考え込むプリンの横でソファの感触を楽しんでいた猫は照れくさそうに口を開く。
「にゃっにゃっ、人の姿に変身出来るようになったのは最近でにゃ、家族でオイラだけが人の姿になれなかったんだけど、この前ようやく出来るようになったんだにゃ~。にゃっふふふ」
プリンはなんとなく話題に乗ってみることにした。
「そうなんですか。何人家族なんですか?」
「にゃ、四人家族にゃ。母さんと父さんとオイラと弟にゃ。アンタは何人家族にゃ?」
「私は一人っ子なので三人家族なんですよ。……でも私は杏子さんも家族だって思っています」
メノウはプリンを見つめる。
「人間になった杏子さんはもう妖精じゃないから親戚どころか赤の他人なんですけど、私がまだ妖精界にいた時から支えてくれて……。叔母さんだけど、もう一人のお母さんのような存在なんです」
プリンは目を伏せた。
(だから、もっと生きていて欲しい。まだ二百年も生きていない。妖精だったら四百年くらい生きられるのに。……キャラメルちゃんが羽を渡したら、人間になったら……やっぱり嫌だよ……。同じ妖精で、親友でいたいよ……)
「にゃ、妖精は大体どれくらい生きるのにゃ?」
メノウの声にハッとしてプリンは慌てて口を開いた。
「大体四、五百年らしいでひゅ」
慌てたせいで舌を噛んでしまった。プリンは痛みと恥ずかしさで顔を赤くして俯くが、メノウは気付いていなかった。
「にゃ……、人間の寿命を大体百年としたら……寂しいにゃ」
プリンはメノウのいつもの声色と違うこと気付いて顔を上げた。
「にゃ~……、母さんの妖気に当てられて父さんはちょっと寿命が延びたらしいけど、それでも父さんは純血のケットシーにゃ。家族の中で誰よりも先にいなくなるにゃ。だから……にゃ?」
メノウは首をかしげてプリンを見た。
プリンもメノウに見つめられて首をかしげながらメノウを見上げる。
「にゃ、名前聞いてなかった気がするにゃ。名前なんていうのにゃ?」
「……プリン、といいます」
メノウは一つ頷く。
「にゃ、プリンにゃ? オイラはメノウにゃ。よろしくにゃ~」
「は、はい」
メノウは“だから……“と続ける。
「オイラはプリンの気持ち分かるにゃ」
プリンは目を少し見開いた。
「……はい。ありがとうございます」
今度は舌を噛まないように気を付けながら、プリンはメノウに笑顔でお礼を言う。
その後、他愛ない話をしながら待っていると、夕食が出来上がった。
メノウがまた人の姿になって席に着いたことにプリンが驚いたり、杏子さんがスプーンではなく箸でシチューを食べる姿にメノウが感心したり、と賑やかな夕食であった。
夕食を食べ終え、メノウとプリンは夜道を歩いていた。
杏子に“近くまででいいから送って行ったら?“と優しい笑顔で言われてしまったからだ。
「にゃ、美味しかったにゃ~! 今日はありがとにゃ」
メノウは猫の姿に戻って歩いている。
「こちらこそ。楽しい夕食でした」
メノウはシチューの味が忘れられないのか、口の周りを舐めている。
メノウは空を見上げた。
「にゃ、お月様が出てるにゃ。……今日は美味しいごはんも食べられたし、きれいなお月様も見たし、満足にゃ~」
プリンもメノウに倣って空を見上げる。
「本当ですね! お月様もきれいに光って……」
プリンの見ている空に見慣れた小さな光が一瞬横切った。
「にゃ? どうかしたにゃ?」
プリンはメノウに何も言わず小さな光を追いかけようか少し迷った。
(ううん、メノウさんにも伝えるべき……!)
「メノウさん、追いながら説明しますので、一緒に来てください!」
プリンは羽を大きく力強く動かし加速した。
「にゃ? どういうことにゃ? ちょっと待ってにゃーっ」
プリンは小さな光、キャラメルを見失わないようにしながら口を開く。
「前に言った、店長さんを好きな友人が飛んでいるのが見えました。店長さんの娘さんから感じた妖精の気配はその友人の物でした。どちらと先に出会ったかは私には分かりませんが、友人は夜に人間の街へは行かないので、何かあるのでは……と思って」
プリンは自分が上手く説明出来ていない、と分かっていたが、キャラメルから意識を離せなかった。
(キャラメルちゃん……、もしかして店長さんの所に? 何をしに行くの?)
方向はクレープ屋へと向かっており、プリンは心配になる。
(夜は人間も休むはずだから、クレープ屋さんには誰もいないんじゃないの?)
メノウは少し考えていた。
「……にゃ、プリンー。来いにゃ」
呼びかけられて、プリンが振り返るとメノウが二匹いた。
「えっ? メノウさんが二人?」
「にゃ、幻にゃ。多分アンタの友人はオイラの、店長の家に来るつもりにゃ。先回りするにゃ」
プリンはハッとする。
「キャラメルちゃんは店長さんの家を知らない……。だからクレープ屋さんから店長さんの家を辿るんだ……。あれ? メノウさん、あの幻は?」
メノウは走り出しており、プリンが後を追う。
「にゃっ、あの幻とオイラは繋がってるにゃ。もし家まで来なくても、プリンの友達が何してたかは分かるようにしたにゃ」
プリンはチラリとメノウの幻を見やる。幻はキャラメルを追ってクレープ屋へと走り去って行く。
「凄いですね。幻って作った本人が近くにいないとすぐ消えてしまうものだと思ってました。それに離れていても幻が見たことを本人も見られるなんて……」
メノウの耳がぺたんと伏せられた。
「にゃ……、弟はオイラより凄いにゃ。オイラ、お兄ちゃんなのにあんまり凄くないにゃ……」
メノウの悲しそうな声にプリンは一瞬言葉を失う。
「にゃ、ちょっとスピード上げるにゃ。ちゃんと付いてこいよにゃっ」
プリンが何か言う前にメノウは走る速度を上げた。
(弟さんのことは知らないけど……あんまり凄くないって、そんなことないと思うけどな……)
プリンも加速してメノウの後を追った。
プリンとメノウが店長の家に着くと、まだキャラメルは来ていないようだった。
「ふう、はあ……、キャラメルちゃんはまだみたいですね。……ふぅ」
少し息が上がってしまったプリンを置いて、メノウは家の中へと入っていった。
「えっ、あの、メノウさん?」
プリンは慌てたが、それほど時を置かずにメノウは家から出てきた。
「にゃ。あの子は今おかーさんとお風呂にゃ。おとー、店長はテレビ見てるにゃ」
プリンはメノウが家の中へ入っていった理由が分かった。
(そっか、見てきてくれたんだ)
不意に、メノウが上を見上げる。
「来たにゃ」
プリンとメノウは家の周りにある垣根の中へと隠れる。
キャラメルは慎重に空中から下りてきた。
キャラメルが、ある窓に差し掛かった時、女性の声が聞こえた。
「髪ちゃんと拭かないと! 風邪引いちゃうわよ!」
続いて子供の声。
「お父さん、髪拭いてー」
そして店長の声。
「おー、一年生になってもまだまだ甘えん坊だなー」
仲睦まじい親子の姿がそこにあった。
プリンから見て、キャラメルは背を向けていて、表情は分からない。しかし震えていることは分かった。
(……キャラメルちゃん……)
キャラメルは窓に背を向ける。髪で表情が分かりにくいが、青ざめているようだった。
キャラメルが帰るのか、羽を大きく羽ばたかせ空に舞い上がった直後、女性の叫び声が聞こえた。
ドアを開けて裸足でキャラメルの方へと駆けてくる女の子。その目は濁っているのに表情は満面の笑みで、プリンは背筋が瞬時に冷えたのを感じた。
「ひっ……、いやっ!」
キャラメルが悲鳴を上げる。
キャラメルの視線は女の子に釘付けで、恐怖のあまり金縛りにあっていた。
女の子の手がキャラメルに向かって伸びる直前、気の抜ける鳴き声が響いた。
「にゃーぁおん」
女の子の視線がキャラメルから足元に移る。
そこにはお腹を見せてゴロンゴロンと左右に転がっているメノウがいた。
「……クロ」
「にゃー」
女の子がメノウから視線を外し空中へと向けると、もう何もいなかった。
プリンはキャラメルの手を引いて杏子の家へと向かっていた。
「……プ、プリンちゃん! ちょっと、待ってっ」
プリンが手を離すと、キャラメルは胸に手を当てて息を整える。
「はあ、はあ……ふー。引っ張ってくれてありがとう。おかげで逃げ切れたよ~」
キャラメルの表情が曇る。
「……あの、プリンちゃん。その。……ごめんなさいっ!」
キャラメルが勢いよくプリンに頭を下げた。
「えっ……キャラメルちゃん?」
プリンはてっきりあの場にいたことを問われると覚悟しており、キャラメルの行動に驚いてしまった。
「大嫌いって言っちゃって。プリンちゃんは嘘なんて言ってなかった……。本当だった。それに……」
キャラメルの目が閉じられ、涙が流れていく。
「……私、あの子……、私を捕まえようとしたあの子知ってた……。あの子が店長さんの子だったなんて……」
キャラメルは体を震わせる。自分の体をかき抱くように泣き出した。
「キャラメルちゃん……。あの、私、今日ね、杏子さんの所泊まろうと思って。だからキャラメルちゃんも一緒に行こう?」
キャラメルは泣きながら頷いた。
杏子の家に着いた時、杏子は泣いているキャラメルを見て驚いていた。
「遅いから心配していたけれど、そんなことがあったんじゃ遅くなるのも仕方ないわね」
プリンが軽く説明をした後、杏子は苦笑しながらそう言ってくれた。
キャラメルはホットミルクを飲んで、少し落ち着いたようだ。
「ごめんね……、泣いちゃって。杏子さんも、驚かせてしまって……」
キャラメルはミルクをテーブルに置いて頭を下げる。
「大丈夫よ。でも、どうしてあんなに泣いていたの? あ、私、席を外すわね」
杏子が立ち上がる前に、キャラメルは杏子を止める。
「いえ、杏子さんも聞いてください。私、杏子さんにも聞いてもらいたい」
杏子が座り直したのを見て、キャラメルは口を開いた。
「私、人間界に来たその日に人間に襲われたことがあるんです」
杏子の顔が険しくなる。
プリンは驚いた様子でキャラメルに訊く。
「えっ! そんなの知らないよ、いつの話?」
キャラメルはプリンを見ながら答える。
「プリンちゃんが来る前だよ」
キャラメルはコップに残ったミルクを見ながら口を開いた。
「人間の街を散策してたら声をかけられて。いきなり羽ごと体を思い切り握られてね。人間は妖精が見えないのが普通って教わったから、もうびっくりしちゃって。とにかく体を握ってる人を見てやろうとしたら、なんか呼ばれたのかな、返事したと思ったらパッと離されて……。上手く飛べないし、糸は使ったけど背中の痛みがひどくて地面へほぼ落ちながら着地したから全身痛くて……」
キャラメルはそこでミルクを飲みきる。
「そしたらまたさっき返事した時に聞こえた声の人が近付いてきて、なんとか物陰に隠れてやり過ごしたんだ。しばらく私を探してたから怖かった……。その時、隠れてる時に見たのがあの子……、店長さんの子だよ」
キャラメルはまた涙を流しながら話し続ける。
「知らなかったよ。店長さんにはもう伴侶がいて、親で、あの子の父親だったなんて。プリンちゃんの話聞いて、あの子が妖精病患ってるって分かった時、わたしっ……」
キャラメルの涙がソファーに水溜まりを作る。
「わたし、あの子の不幸を願ったの……っ。でも大好きな店長さんの子の不幸を願うってことは、店長さんの不幸を願うことだから、って分かってるのに、まだ願う自分がいて……そんな自分が酷くて嫌いっ……!」
また泣き出してしまったキャラメルに、プリンは声をかけるどころか、指一本動かせなかった。
(そんなことが……。不幸を願っちゃう理由はきっとさっきのも関係あるんだろうな。見てただけの私でさえ、あれは怖かった……)
杏子がキャラメルにティッシュを差し出す。
「キャラメルちゃん、だったわね? そんなに泣かないで」
キャラメルはティッシュを受け取り、首を横に振った。
「でもっ、だって……」
「貴女は優しいのね。怖い思いをさせられた相手の不幸を願うことを良しとしない。でもね、それで自分を押さえ付けるのは良くないわ。それじゃあ自分も相手も許せなくなるもの」
杏子は何かを思い出すように遠くを見つめる。
「私もね、自分さえ我慢すれば、心を抑え込んだら丸く収まると思っていた時期があったわ。もちろんそれが正解である時もあるけれど、全てではないわ。私はね、大事なのは自分を納得させられるかどうかだと思うの。キャラメルちゃんは優しいから、これから何をしなきゃいけないか考えちゃうかもしれないけど、それは今のまま……自分を否定したまま出来る?」
杏子はキャラメルのコップに温かいミルクを注ぐ。
キャラメルは目を閉じて首を横に振った。
「……無理、です……。行動自体は出来るけど、無意識に本心が力に作用して妖精病を悪化させちゃうかも」
キャラメルは小さな声でお礼を言うと、またコップに口を付けた。
「そう。なら今はそれをすべきではないわね」
杏子にそう言われて、キャラメルはホッとしたようだった。
「……あ、あのキャラメルちゃん。今夜はここに泊まっていかない? 私も今夜は泊まる予定だったし」
おずおずとプリンはキャラメルに話しかけた。
「え……でも……」
キャラメルが杏子を見ると、杏子は笑顔で頷く。
「そうね、キャラメルちゃんも泊まっていきなさい」
キャラメルはプリンと杏子を交互に見ると、頭を下げた。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
キャラメルは顔を上げて、すっかりくしゃくしゃになったティッシュで涙を拭いた。
「ふふふっ、それじゃあお風呂の準備をしてくるわね」
杏子は今までの空気を吹き飛ばして楽しそうに席を立つ。
キャラメルも杏子につられたのか、小さく笑みを浮かべた。
「……あの、キャラメルちゃん」
プリンはキャラメルの目の前へ飛ぶ。
「どうしたの? そんな困ったような顔して~」
「泊まるの、無理に勧めちゃったかなって。あと……その……」
プリンは少し口をもごもごさせていたが、意を決してキャラメルを見る。
「ごめんね。キャラメルちゃんから話を聞くまではキャラメルちゃんが店長さんを好きになったから、店長さんからキャラメルちゃんの力が流れていってあの子が妖精病になったんだって思ったの。それであの子の妖精病治すためにどうやってキャラメルちゃんに力を貸してもらおうか考えてて……。キャラメルちゃんの意思や気持ちを考えてなかった。ごめんなさい!」
プリンは勢いよく頭を下げた。
お互いの顔が見られなくなる。
「……いいよ。プリンちゃんは知らなかったんだもん。私も、こんなことがなかったら……きっと話さなかったし」
キャラメルは何気なく横腹をさする。
「だから頭を上げて。ほら、妖精ってこっちでは基本的に水浴びだけだからお風呂って新鮮! 楽しみ~」
無理矢理話題を変えたのは二人とも分かっていたが、プリンは話題に乗ることにした。
「結構気持ちいいよ。人間用の浴槽は深すぎるから、杏子さんは違う器にお湯を入れてくれるんだ」
プリンは頭を上げて笑顔を作る。キャラメルはプリンの顔を見てホッとしたような顔をした。
「へえ~、でも浴槽も入ってみたい! 石鹸も使ってみたいけど、使わせてもらえるかな~」
「大丈夫だと思うよ。私も毎回使わせてもらってるし。あ、石鹸を足に付けたまま歩いたり走ったらだめだからね。絶対こけるから!」
プリンがお風呂での注意事項をキャラメルに教えていると、杏子が声を掛けた。
「プリンちゃん、キャラメルちゃん。お風呂の準備が出来たわよ。さあ入りましょう」
キャラメルは緊張した面持ちで杏子に付いていく。
洗面所に着くと、コップになみなみと注がれた水を手渡された。
「お風呂は気持ちいいけど喉が渇くものなの。キャラメルちゃんは泣いた後だからプリンちゃんより多いわ。けど、残しちゃだーめ」
お茶目に杏子がキャラメルにウィンクする。
プリンはキャラメルと目が合うとにっこり笑い、同じように杏子から手渡された水を飲んで見せる。
「いただきます」
水は冷たいが冷たすぎることもなく、キャラメルはあっという間に飲み干した。
浴室に入ると湯気が三人を迎える。湯気に驚くキャラメルを杏子は暖かく見守り、プリンはキャラメルの手を握った。
「うわぁ~、あったかい雨だ~! すごい! 気持ちいい~っ!」
杏子がシャワーを操作してキャラメルとプリンにかけてやると、キャラメルは感動していた。
「プリンちゃん、お風呂って気持ちいいね~っ。シャワーだけでこんなに気持ちいいなら、お風呂だとどうなるんだろ~」
キャラメルは頭を洗いながら熱い視線を浴槽に注いでいる。
「ふふふ、体を洗ったら入れるわ。気に入ってもらえると良いんだけれど」
杏子の笑みに、キャラメルは期待を募らせる。
キャラメルはプリンより先に全身を洗い上げると、まずは人間用の浴槽に入った。
「ふぁ~、なんかお湯のお布団みた~い。あったかい海ってこんな感じなのかな~?」
キャラメルは頬を染め、うっとりしながら首までお湯に浸かる。
「これがお風呂……。幸せ~」
「キャラメルちゃーん」
プリンがキャラメルを呼ぶ。
プリンは自分達用にと杏子が用意した大きな洗面器のお風呂に浸かっていた。
「こっちは座れるんだよ。時々杏子さんがシャワーかけてくれるから楽しいし、こっちにもおいでよ」
プリンは手招きする。それに応えキャラメルはプリンの隣へと飛ぶ。
「あ~、こっちも良いね! 座れるし。こっちはちょっと熱めかな~?」
「うん。私はこっちの方が好みなんだ。ちょうどいいあったかさだし、座れるし」
キャラメルはうっとりと目を閉じた。
「はぁ~、なんかあったかくて気持ちよくて……寝ちゃいそ~」
キャラメルが睡魔に負けそうになっているところで、上から少し熱い雨が降ってきた。
「ひょわ~っ! び、びっくりした~」
キャラメルが上を見上げるとシャワーを持った杏子と目が合った。
「ふふ、眠気は少し吹き飛んだかしら? さぁ、もうそろそろお風呂から上がりますよ」
「はーい」
プリンとキャラメルは軽くシャワーで体を流した後浴室を出た。
「はぁ~、気持ちよかった~」
お風呂から上がり体を拭きながら、キャラメルはじっと浴室を見ていた。
「キャラメルちゃん? どうかしたの?」
プリンは笑いながらキャラメルに問いかけた。
杏子が用意したパジャマに着替えながら、キャラメルは首を軽く振る。
「ううん、何でもないよ~。なかなか貴重な体験したなって思ってね」
「あぁ。人間界では水浴びだけだし、妖精界はあんな足が付かないくらいの深いお風呂なんてないもんね」
キャラメルは嬉しそうに笑みを浮かべる。
それを見てプリンもつられて楽しそうに笑う。
(やっぱりキャラメルちゃんは笑顔が似合うなあ。今日ここに来たときは泣いてたけど、今は楽しそうでなんだか私も楽しい)
その日はプリンもキャラメルも笑顔のまま一日が終わった。




