前2
翌日、プリンはお昼頃になってから起きてきた。
蜂蜜とソーダ水を混ぜた物をジョッキに入れて飲んで、昨日の事を思い出す。
(昨日は大変だったな……)
プリンは妖精サイズのジョッキを飲み干すと、椅子に座り込んだ。
(なんで、キャラメルちゃん川に流されてたんだろう……。なにか……店長さんと何かあったとか? 昨日は私、動転してたから分からなかったけどキャラメルちゃんの羽あったよね? まさか一枚だけとか……もう手遅れとか……。あぁ、悪い方に考えちゃう! キャラメルちゃんに渡すお見舞いの品を探すついでに気分転換してこようかな……)
いつの間にか下を向いていた視線を上に向けると、プリンはクローゼットを開けた。中には色とりどりの服が掛けられており、プリンはその中からお気に入りの一着を手に取る。
出かける準備を済ませ、プリンはドアを開けると人間の街へと飛び立った。
(キャラメルちゃんに渡すとしたら、やっぱりあそこのクレープ屋さんのクレープだろうけど……、何かあったと考えたらそれは止めといた方がいいよね……)
ふわふわとゆっくり飛んでいると、なんとなく見覚えがある猫が建物の中へ入っていくのが見えた。
(あれは……昨日のケットシー?)
プリンは猫が入っていった建物の近くを飛んでみる。
(あれ? この建物、人間の家だよね?)
プリンは首をかしげながら、カーテンが閉じられた部屋の小さなベランダに降り立った。
ガラスの戸越しに小さく聞こえたのは猫の鳴き声。その鳴き声は悲しみに満ちていた。
「にゃー……」
“起きてよ……“
プリンは驚いた。声は昨夜会った猫の声である。
(……なんて、悲しい声。それに、どうして……この建物から妖精の気配を感じるの?)
猫の鳴き声はまだ聞こえる。誰かに呼び掛けているようだった。
しばらくして、猫の鳴き声は聞こえなくなり、気配も遠ざかった。
(……妖精の気配は感じるのに存在は探ってみても見えない。それに、この気配自体がおかしいよ。一ヵ所からしか感じないのにたくさんいるみたい。どういうことなんだろう、すごい違和感ある)
プリンはこっそり糸を出して、建物にいるであろう妖精を捜していた。結果、妖精の気配はあるものの妖精そのものは見付けられなかった。考え込むプリンの頭の中に老婦人の顔が思い浮かぶ。
(そうだ、杏子さんに相談してみよう。あと、キャラメルちゃんのことも!)
プリンは羽を広げると、一路老婦人の元へと飛んでいった。
プリンが飛び込むように老婦人の家のベランダに辿り着くと、老婦人は趣味の手芸を楽しんでいた。老婦人の手が机の上にあるお茶の入ったカップを手に取ろうと動く。
ふと、老婦人の目がプリンを捉える。
プリンが両手を振って存在を知らせていると、老婦人はにこやかに笑みを浮かべて戸を開けてくれた。
「まあまあプリンちゃん。遊びに来てくれたの? 上がってちょうだい。今お茶を淹れるわね」
プリンを手のひらに乗せて、老婦人はソファへと移動する。
「こんにちは、杏子さん。今日はちょっと……相談があって」
老婦人の眉が少し動いた。難しい顔をしてプリンの前に老婦人は腰を下ろす。
「分かったわ。話してみてちょうだい」
老婦人に促されて、プリンは口を開いた。
「あ、あの。前に言ってたクレープ屋さんの店長さんに恋してる親友なんですが、昨日川に流されてて。店長さんと何かあったのかな、て。……今日はまだ会ってないんですが、お見舞い行こうと思ってて。そのお見舞いの品どうしようかなとか、話聞きたいけど聞いても良いのかなとか……話聞くの怖いな、とか……」
プリンは泣きそうな顔で話し続ける。
「昨日は疲れてて気付かなかったんですが、もしかしてもう羽を渡しちゃったんじゃ……とか思っちゃって」
すっかり顔が下を向いているプリンに老婦人が優しく声をかける。
「大丈夫よ、プリンちゃん」
プリンは弾かれたように顔を上げる。
「羽を渡すと……いいえ、両方の羽を抜くとその場で存在が変わる。だからその親友さんが妖精のままだったなら、まだ羽を渡してはいないわ。羽を一枚だけ渡すということも出来ない。妖精の羽は二枚揃って初めて他人に渡せる物になるのだもの。だからその点に関しては大丈夫よ。後は話を聞くことだけど、これはなんとも言えないわね。実際にお見舞いに行ってプリンちゃんが判断しないと」
プリンは先程よりは顔を上げたが、目を伏せた。
「プリンちゃんはその親友さんが好き?」
「大好きです! 人間界に来て右も左も分からない私に町を、食べ物を、人間の街の飛び方を教えてくれたんです。仲良くしてくれたんです」
プリンの目にじわりと涙が浮かぶ。
「なら、大丈夫よ。お見舞いして元気そうなら思い切って訊いてみたら? その親友の子もきっとプリンちゃんに話を聞いてもらいたいと思っているわ」
老婦人の安心感がある笑顔を見てプリンは、自分がいつの間にか体を強張らせていたことに気付いた。
「……そうだと良いな。分かりました。元気そうなら聞いてみます」
ゆっくりと息を吐きながら、プリンはにじんでいた涙を軽く拭う。
強張っていた体をほぐしながら、プリンはふと思い出した。
「あの、杏子さん。親友の話とは関係ないんですが、ちょっと聞きたいことがあって」
プリンは昨夜会った猫のこと、妖精の気配がする建物のことを話す。
プリンの話を聞き終えて、老婦人は少し考えている様子だ。
「……うーん、そうねぇ。私の考えている通りだと、建物に妖精の気配があるんじゃなくて、人間から漂うはずなんだけど」
プリンは首をかしげた。分からないのではなく、思い返してみた。一番強く気配を感じたのは、確かにあの戸の向こうだった気がした。
「もしそうなら、おそらく妖精病にかかってるわね。妖精病っていうのは一つの病気の名前じゃないわ。妖精以外の種族が妖精と接触して発症したり、妖精しか発症しないはずの病気を他の種族が発症する病気の総称よ。特徴としてはどの病気も必ず妖精ではないのに妖精の気配や力、光や匂いなどを発するようになるわ」
プリンはショックを受けた。その顔を見て老婦人はまた安心させるように微笑みかけ、口を開く。
「ちょっと触ったり話したりした程度では妖精病というものにはかからないわ。それはどの種族も同じでそう簡単に発症しない。プリンちゃんも人間の街飛んでいるけど、人間の病気にかかっていないでしょう? それと同じよ。特に成人していると他の種族の力や影響を弾くの。だから妖精病や他の種族の病気にかかるのは大抵子供ね。だからそんなに怯えなくても良いのよ? 妖精病だけじゃなくて、人間病なんてのもあるから妖精だけが怖いものじゃないわ」
老婦人の優しい声にプリンは目を閉じて深呼吸した。
「あの、もしあのケットシーが話しかけていた相手が妖精病だったら……。治す方法はあるんですか?」
プリンの頭の中に猫の悲しみの声が響く。“起きてよ……“と呼び掛けていたということはしばらく寝たきりなのだろう、と考えられた。
「もちろんあるわ。薬と『妖精の贈り物』で治すことが出来るけど、まずはどんな病気にかかっているのかを調べることが必要よ」
プリンは頷いた。
(またあの建物行ってみようかな。ちょっと気になることあるし)
プリンは立ち上がった。そしておいとましようと老婦人に視線を移すと、老婦人は小瓶をプリンに差し出していた。
「え?」
きょとん、とするプリンに老婦人はにこやかに言った。
「プリンちゃん、これ果物の飴なの。親友さんと一緒に食べて」
プリンは小瓶を受け取るとお礼を言って、老婦人の家から飛び立った。
プリンは小瓶を持ったまま、キャラメルの家の前に立った。
(う、なんか緊張してきた。キャラメルちゃん起きてるかな……)
プリンは震える指先を叱咤しながらインターホンを押す。
(うぅ、なんかドキドキと……)
プリンが無意識に小瓶を抱き締めていると、ドアが開いた。
「プリンちゃん、いらっしゃい! さ、上がって~」
ドアを開けてくれたのは焦げ茶色の髪に琥珀色の目が印象的な少女、キャラメルだった。
「えへへ、さっき起きたばっかりでちょっと散らかっちゃってるけど気にしないで~。あ、てきとーに座っててね、今お茶入れるから~」
プリンは頷きつつ、キャラメルの様子を観察した。
(さっき起きた、て言ってたからちょっと髪ハネちゃってるけど、顔も青白くないし、体もしんどそうじゃないし……。大丈夫そうかな? どう、話を持っていこう? 直球で聞いても良いのかな……?)
プリンはキャラメルの様子にひとまず安心した。
(……そういえば、キャラメルちゃんの部屋に入るの久しぶりかも。いつも外で会ってたし。お見舞いじゃなくてもっと楽しい用事で来たかったな……)
プリンが部屋を見回していると、キャラメルがお盆を手に入ってくる。
「お待たせー。プリンちゃんが久しぶりに来てくれたから、秘蔵のお茶淹れてきたよ~。その名もハイビスカスティー! 色が綺麗で一目惚れしたんだ~」
プリンがどう話を聞こうかと悩んでいるとキャラメルはにっこりとプリンに微笑んだ。
「プリンちゃん、その小瓶なぁに? 中に入ってるの、なんかカラフルで美味しそうだね~」
プリンはようやく自分が小瓶を抱き締めていることに気付いた。
(そうだ、この流れで聞こう! ありがとうキャラメルちゃん)
プリンは小瓶をキャラメルに渡しながら口を開く。
「これ、お見舞いなの。キャラメルちゃん昨日川に流されてて……覚えてる? なんとか助けられたんだけど、キャラメルちゃんずっと起きなかったし。私何かあったのかな、て心配になって」
プリンは軽く息を吸ってキャラメルを見つめる。
「ねえ、何があったの?」
キャラメルはプリンの目を見つめ返す。
「……ごめんね、プリンちゃん。心配かけちゃって。それから助けてくれてありがとう」
キャラメルはプリンに頭を下げた。顔を上げてプリンを見つめ口を開く。
「すごく、嬉しいことがあって。それで羽を渡そうって決意して川の近くの木の上で羽を抜こうとしたんだ。……羽を抜くってあんなに痛いんだね……。痛くて体が傾いてるの気付かなくて、冷たい水に落ちたのは覚えてるんだけど、その後は分からないんだ。気が付いたら私、ベッドで寝てたし」
話しながらキャラメルの頭の中に優しげに微笑む女性の姿が浮かぶ。目の前にいるプリンの叔母だった女性だ。
「すごく嬉しいことって?」
プリンの声がキャラメルの思考を中断した。
「店長さんがね、私に“いつもありがとう。君みたいな存在にも好かれているなんて嬉しいよ“って笑いかけてくれたの。私を見て、私に笑ってくれた。嬉しかった~」
キャラメルは口角が勝手に上がるのを止められない。
「優しい笑顔ってあーいうの言うんだな、って思ったんだ~。心の中に日の光が差したみたいにあったかくなって、ドキドキして。えへへ、好きっていいね。今日は行けなかったけど、明日からまた会いに行く予定なんだ~」
キャラメルは店長の笑顔を思い浮かべていたので、目の前にいるプリンの表情には気付かなかった。
「……そう、なの。でもせめて一言欲しかったよ。キャラメルちゃんが川に流されてるの見たとき心臓止まるかと思ったんだよ。呼んでも目を覚まさないし。本当に怖かったんだよ。知らないうちに友達が違う存在になってるなんて嫌だよ」
痛みを我慢しているかのようなプリンの表情に気が付いて、キャラメルは息を詰める。
「あ……本当にごめんね。次からはちゃんと相談するよ」
キャラメルは俯いた。
(……なんだか泣きそう。でも、プリンちゃんが泣いてないのに、心配させた私が泣くのはダメだよね~。……不謹慎だけど、私幸せだなぁ。こんなに心配してくれてる友達がいるんだもん。ごめんね、ありがとね、プリンちゃん)
キャラメルは俯いたまま涙をこらえていると、ふと視線を感じた。顔を上げると、プリンがじっと見つめている。
キャラメルは困惑し、気圧されながらプリンを見る。
見つめあう二人。
キャラメルが何か言おうと口を開く前に、プリンが真剣な顔をして口を開いた。
「これからはちゃんと相談して欲しいな」
キャラメルはプリンと視線を合わせたまま、頷く。
「約束してくれる?」
「うん、約束するよ」
プリンの視線に応えるようにキャラメルもプリンを見つめ返す。
また見つめあう二人。
ふ、とプリンが微笑んだ。
「そっか。じゃあ一緒に飴食べよっ。杏子さんがくれた飴だから期待していいと思うよ」
キャラメルはプリンの笑みにほっと息を吐いた。
「うん!」
キャラメルは小瓶の蓋を開けようとしているプリンに抱き付いた。
「わっ? なに、キャラメルちゃ」
「ありがとう」
驚いた様子のプリンに構わず、キャラメルは抱き付き続けた。
プリンが躊躇いがちに優しく自分の頭を撫でてくれる。その感触にキャラメルは目を閉じた。
(本当にごめんね。ありがとう、プリンちゃん)
その日はプリンとキャラメルの二人だけの飴パーティーで幕を閉じた。
翌日、プリンはキャラメルを見送った。キャラメルは有言実行でクレープ屋に向かったからだ。
プリンはキャラメルを見送ると小さく息を吐き、両手から糸を出す。糸を全身に巻き付けると、プリンはキャラメルを追って飛んだ。
(普通の人間は妖精や精霊は見えないはず。それなのにキャラメルちゃんに笑いかけたって事は見えているんだよね。でも前に私が店長さんを見たときはそんな素振りはなかった……。見えるようになったってこと? どうして? 何か事件でも……いや、そしたらキャラメルちゃんが何かしらの行動を取るし、私がキャラメルちゃんのそんな行動に気付けないとは思えない)
考え込むプリンの前方にキャラメルが、そのキャラメルの前にはあのクレープ屋が見えてくる。キャラメルは後ろを飛んでいるプリンに気付くこともなく、クレープ屋の中へと入っていった。
プリンは中を見やすそうな木の枝に立つと、店長の様子を窺う。
中では、小さくクリームを乗せた苺をキャラメルに渡し人差し指を唇に当てている店長の姿と、貰った苺を大切そうに両手で抱えているキャラメルの姿があった。
(やっぱり店長さんは見えてる。それどころかキャラメルちゃんと会話さえ出来てるように見える。どうしてこんな急に……)
プリンは目の前の事に集中していたため、気付くのが遅れた。
「にゃ~」
プリンの身体が意図せず倒れ込む。
「ふわっ! えっ?」
起き上がろうとしたプリンを阻むように前足がプリンのお腹の上に置かれた。
「にゃ、こんな所で何してるにゃ? 妖精は森に住んでいるはずにゃ。お前はなんでこんな所にいるにゃ?」
ゾッとするような冷たい声がプリンに落ちてくる。
「ケットシー……。どうして。私が見えるんですか?」
プリンを見据える猫の目はどこまでも冷たい光を湛えていた。
「質問に答えろにゃ。どうしてここにいるにゃ?」
ぐっとプリンの身体を押さえつける猫の前足に力が入る。
「……友達の好きな人を見に来たんです」
ようやく出せた声は掠れていた。プリンは自分の声が掠れていることに少し顔をしかめる。
「好きな人?」
猫が怪訝そうにプリンを見つめてきた。
「あそこにいるクレープ屋さんの店長さんが好きみたいで。人間を好きになっちゃうとは意外だったから見に来たんですよ」
プリンは目でクレープ屋を示す。
困惑している猫の目にもキャラメルと店長の姿が映ったようで、困惑の度合いが深まった目でプリンを見つめてきた。
「本当にそれだけかにゃ?」
「はい」
プリンの身体から前足が離れていった。
プリンは起き上がると猫を見上げる。猫はプリンを見下ろし、今度は普通の声色で話しかけてきた。
「にゃー? お前、この前涙入れてくれた妖精じゃないかにゃ。なんで人間の街にいるにゃ?」
「私達妖精は甘いものが主食です。人間の街には色々な甘いものがあるので、社会勉強も兼ねて人間の街に来てるんです。あなたこそなぜこんな場所に? 木の上とはいえ、普通に喋ってるし……ケットシーだってバレますよ」
猫は尻尾を自慢げに動かした。
「にゃふーん。人間やオイラより格下には猫が喋ってる姿は見えてないにゃ。オイラの幻はこの木の下で寝てるにゃ。だから心配いらないんだにゃー」
プリンは木の下を見てみる。そこには木に体を預けて寝ている猫がいた。
「あれ、触れるんですか?」
「にゃ、触れないにゃ。でも人間が近付いたら逃げるようにしてあるから大丈夫にゃ~」
まさに今、木の下にいた猫の幻は子供に追われている。
「にゃ~…、ちょっとまずいにゃ。茂みにでも飛び込むかにゃ~」
大慌てで猫の幻が街路樹脇の茂みに飛び込んだのを見届けてから、プリンは猫に向き直った。
「あの、どうして私が見えたんですか?」
猫が首をかしげたのを見て、プリンは言葉を続ける。
「今、私は姿を隠しています。理由は友達に隠れて友達の好きな人を見に来たから。気配も姿も隠していて見えないはずなのに、どうやって私を見付けたんですか?」
猫の尻尾がプリンの周りをなぞるように動く。
「にゃーにゃ、この辺りが妙だったからにゃ。まるで何もないところを水が不自然に迂回しているような感じにゃ。オイラの尻尾とヒゲと勘はそういうの解るんだにゃ~」
猫は自慢げに胸を張った。
プリンは試しに肘から下に巻き付けていた糸を取ってみる。すると猫が驚いたように目を大きく見開いていた。
「にゃ? 手が空中に生えたにゃ! そこにいるのは分かってても、なんか不気味だにゃ~」
猫の様子にプリンは複雑だった。
(見えてないんだ。本当に力の流れだけを感じ取って襲い掛かってきたってことだよね……。それなのにピンポイントで私の体を倒してお腹に足を置いて……なんてケットシーなの)
そこでプリンは首をかしげる。
(ん? ケットシーってそんなこと出来たんだっけ?)
プリンが考え込んでいると猫が口を開いた。
「にゃー。不気味だけど面白かったにゃ~。ところでちょっと聞きたいんだけどにゃ。妖精は人間を操れたりするのかにゃ?」
プリンが猫を見上げると、猫の目は鋭くクレープ屋の周りを飛んでいる他の妖精達を見つめていた。
「無理です」
プリンは身体中に巻き付けていた糸を取ると、猫に差し出す。
「この糸は確かに色々出来て便利に見えるのかもしれません。でも、例えばこの私の糸は私以外に対しては物理的な力しか持ちません。私が私の身体中に糸を巻き付ければ姿を隠せたりしても、あなたが私の糸を身体中に巻き付けても姿を隠せない。そして私にはこの糸しか使えないし、この糸以外作り出せません」
猫は静かにプリンの話を聞いている。
「他の種族を影響も何も苦にせず操れるとなると、それは強い力を持つ方々だけです」
猫は悲しそうに耳と尻尾を垂らしてしまった。
「にゃ……」
するりとプリンの口から言葉が滑り出た。
「あなたはあの店長さんが妖精が見えるようになった理由を知っているんですか?」
(えっ?)
言った本人でさえ、驚いた。目の前にいる猫も目を見開いて固まっている。
「にゃ。……ついてこいにゃ」
先に復活したのは猫だった。軽やかに木から下りると振り返ってプリンを見た。
「……え。あっ、待って!」
プリンは慌てて猫の後を追って飛び立った。




